23話
風が運ぶ砂塵の音だけが響いていた。
地平線は揺らめく陽炎の中にぼやけ、どこまでも単調な地表が広がっている。その茫漠たる景色の中、遥か遠方に小さく、しかし確実に動く影が見えた。
それは、砂漠の波を蹴立てる船のように、土煙を白く引きずりながらこちらへ向かってくる。
進んできた数台の車両とVFが、金属の軋みと、熱を帯びたエンジンの静止音が響かせる。
やがて、動きを止めた。
車両の荷台から降ろされたのは、周囲の風景とはあまりにも不似合いな、精密に組み上げられた板の集合体だった。
作業員たちは慣れた手つきでそれを広げていく。外側には金網が内側には厚手の布が張られており、まるでアコーディオンのように折りたたまれていた。広がると長方形の箱がいくつも連なったような奇妙な形が現れた。
指揮官の短い号令が飛び交い、次の瞬間、別の大型重機が砂を掘り起こし、その箱の中へと怒涛の勢いで流し込んでいく。
空だった布製の袋がみるみるうちに膨らみ、瞬く間に土色の巨大な塊へと変貌していった。一つ、また一つと、塊が隙間なく並べられていく。
人手では数日を要したであろう防御壁が、わずか数分でその姿を現し始める。
彼らはこの土の塊を積み重ね、塹壕通路や掩蔽壕を作るために、曲げたり、二重に重ねたりして、敵からの攻撃を防ぐための堅牢な陣地を築き上げていった。
それはまるで、巨大な積み木で壁を組み立てるかのようだった。
この壁が、次の夜明けを迎えるための、確かな礎となる。
彼らは、太陽が天高く昇るその下で、作業者たちが黙々と集まり砂まみれになって工事をしていた。
「土を詰める箱コンテナ。あれは、コンテナ式の防壁で、ヘス? ヘコス? なんと言うんだったか?」
ラヴァリーはそう言いながら、モジュールが展開されていく様子をVFのコックピットから眺めていた。
VFでの塹壕構築作業は一区切りつき、休憩がてら開けたハッチから顔を出し、土埃の匂いを吸い込む。
視線の先、砂煙を上げて複数のVFが移動していくのが見えた。彼らは紋章貴族の部隊だ。演習場での訓練に向かっているのだろう。
その時、一機のVFが動きを止め、ラヴァリーの機体に通信を送ってきた。
回線を開き、将校のランク表示がモニターに映り、声が聞こえる。声には不満と苛立ちが滲んでいる。
「また貴様か、ラヴァリー。貴様は戦場を勝手にうろつきすぎだ。配置が固定されておらんのなら、我らとて活躍できるというのに」
無視すればよいものをいちいち突っかかってきて、お可愛いこと。
「その声は、フォーヴェル隊長でしたかな。モニターにお顔が映りませんが……音声通信だけで失礼します」
「貴様の顔など見たくないのでな」
「あら、珍しい人ですね。皆さん、私の容姿については褒めてくださるのですが。貴方はお気に召しませんでしたか? フフッ!」
ラヴァリーはワザと鼻で笑う様子を通信に載せた。
先日、ブチのめしたことでも根に持っているのだろう。このまま怒らせて何か情報を掴めるとよいのだがな。
騎士のプライドを傷つけたのだから、なにか反応があるはずなのだが、意外にも耐える精神を持っているのだろうか?
貴族子飼いの紋章騎士であれば、独立性を持つヴァリーの部隊とは違い、規律と格式を重んじるあまり、臨機応変な行動を取れない。それで、戦果で差をつけられたことが悔しくて文句をつけてくることが多いのだが……この男はどうだろうか?
ラヴァリーはその考えを表情には出さずに、自然に振舞、相手の様子を見た。
「訓練にでも行かれるのですか?」
「巡回だ。貴様はせいぜい穴掘りを、全うすることだな」
その言葉に、青年将校の怒りを読みとけるようであった。
「訓練なら、ワタクシがお相手しましたのに。残念です」
こちらから揺さぶってみるか?
「貴様などと手合わせする必要はない」
「随分と手厳しい。もしかして、私に負けるのを懸念されています? 手加減いたしますよ。訓練ですから」
「貴様っ!!」
挑発的な言葉に、ラヴァリーは肩をすくめる。
「悪いが、お前の相手などしていられるか。今は巡回任務があるからな」
「ならば、私とおしゃべりなどされてないで任務に戻られては?」
ラヴァリーはそう言い終えるか終えないかのうちにワザと不敵な笑みを浮かべた。
好都合な状況だ。これならもっと揺さぶり苛立たせれば何か出てきそうだな。さて、その仮面の下には何があるか……。
「武器は……これで構いませんね」
そう呟き、ラヴァリーは機体の背中のスコップを機体に装備させる。
武器は貧弱だが、ある意味、丁度良いかもしれない。一応は味方機だ、壊しすぎないことが重要だからな。
機体の手に持たせてみると、VF用の大型スコップでも何やら物騒な武器に思えてきた。
さて、お相手はどう出るか?
相手の反応を待っていると、相手は無言で通信を切り、去って行った。
「残念、煽りが足りませんでしたか」
ラヴァリーは首を傾げ、自然と時分の肘辺りを擦る。
走り去る機体を見送ると作業監督の通信が入ってきた。
「お嬢さんたち、休憩にしよう」
「少々お待ちを」
「ん? どうした?」
「いえ、なんでもありません。休憩にしましょう」
ラヴァリーは通信を終え、アイリンクに映る工事進捗情報をチェックする。
観測所の増強工事と、それを守る補給路および塹壕通路の拡張工事は、休憩なしの急ピッチで進められていた。
作業員たちの愚痴が通信回線に乗って流れてくる。
「まったく、休む暇がねえな。交代制とはいえ、昼飯中まで動いてるんだから」
「そりゃ、逃げ出すやつも多いわけだ。観測所の方じゃ、特にひどいらしいぞ」
観測所での逃亡者が多いという話に、ラヴァリーは内心で呟く。
あそこは、見るべきではないものを見てしまった者が、消されると言う噂が絶えない場所だ。シーケイも当たりをつけて調べているところだったな。
やはりなにかありそうだが、少々露骨過ぎる気もする。調査報告を待とうかと思いながら休憩所に移動した。
昼休憩に入った作業員たちが集まっていた。
機体からを降りて、食料配布員から昼食を受け取る。
「あんたたちが来てくれて、作業がずいぶん捗るよ」
「VFは元々作業機械ですからね。土木工事にも役に立ちますから。貢献できているのなら嬉しいです」
ラヴァリーはそう答えながら、差し入れのレーションを受け取る。
「この塹壕が私たちを守ってくれるのですから、作るのにも気合が入ります」
「そうだな。おかげでこの忙しさも、少しは耐えられるってもんだ」
適当な座席に座り、昼食を食べる。作業員たちとの身内話に耳を傾けていると、マッツが通信で声をかけてきた。
「少しいいか? ラヴァリー、最近、アルヴァたちに変化があると思うのだが、気のせいだろうか? 今日の雰囲気はどうだ?」
「ええ。ハチが整備の時によく話しかけているようですから、それが刺激になっているのでしょう。おっしゃる通り多少の変化が見られます。周りをよく見るようになってますね」
「数値的にも少しずつですが上昇してる。いい傾向だ」
マッツの声がわずかに弾む。
「ほんの少しだがな」
「それでも、彼女たちにとって大きな進歩です」
「それにしてもラヴァリー。あまり煽るなよ? 通信を聞いていたが、巡回任務の際に向こうから通信を送るとは何か様子をうかがっているようだった。それにしても、憎まれ口すらも面白みのない男だったな」
マッツの問いかけに、ラヴァリーは不敵な笑みを浮かべる。
「つまらない相手でも、社交しなければなりません。面白く遊ぶのも私の流儀ですから」
「だから狂犬とよばれるのだ」
「相手は選んでいますよ」
「そのお相手だが、砲撃の警戒は解いても良くなりそうだ」
「担当者が更迭にでもなりましたか?」
「そうだ。流石に露骨すぎた。防衛隊にも被害が出ているから、クレームが多く入った。それで貴族派閥から防衛隊派閥の者に変わる。それに貴族の青年士官たちがVFで戦場に出ることになった」
「彼らには危険だからと待機命令が出ていたのに」
「少し小突いたら、出撃許可だ。司令部のやつら、青年士官に押し切られたようだな。ふざけた話だ。そんな馬鹿な理由で前線に出すなどと」
「戦力差も開いていますから手頃な実戦訓練くらいに考えているのでしょう。実戦の強さを知らない兵士としてよくある行動です。それに彼らが出撃することにより、砲撃を気にしなくても良くなるのであれば、いくらでも出撃してもらいたいところです。戦闘に集中できますから」
「まぁ、そうだな。っと、食事の時間を邪魔して済まなかった。通信を切る」
「ええ、情報をありがとうございます。それでは」
さてと、早く昼食を終わらせてハチの様子を見に行かなければな。
ラヴァリーはそう思いながらも上品に昼食を進めた。
周辺の作業員達は、その優雅さに見惚れ休憩所には似合わない空間ができていた。




