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ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第2章 強化兵

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22話

 「次だ。機体。これは問題ないが、欲を言えばもう少し運動性が欲しい。既製品でまわすのでは、今の調整がギリギリだろうがな。我々の神経デバイス側と思考操縦の精度を上げて対応する事を検討したい」


ラヴァリーは、淡々と述べていく。


「装備要求について、システム系。今のところ文句ない。AI補助の予測系もファイアコントロールも使いやすくて好みだ。だが、精度が良くなることに越したことはない。光学観測と射線予測系のセンサー強化と予測AI微強化の改良開発を急がせたい」


「了解、リストに加えます」


「防御系は対戦車兵器の対抗策が欲しい。歩兵にやられていられないからな。アクティブ防護システムハードタイプだろうな。電力には余裕があるからレーザー型で何回も使えるタイプが欲しいところだが。レーザータイプは繊細で壊れやすくてしかも高い。次点で指向性破砕短グレネード。弾数が少ないお守りだな」


「反応装甲はどうですか?」


都市の防衛隊の通常対応を提案してみる。


「爆発反応装甲は動きが鈍くなるから嫌いなんだ。同理由でシールドに貼り付けるのも避けたい。それと事故が怖い。そうそう発生しないだろうが、精神的にあれはよろしくない。他ではソフトキル型は論外だ。誘導装置を持たないタイプは未だに多いからな」


ラヴァリーは顔をしかめていた。


「機械兵の技術は新旧入り乱れているからな。第二次世界大戦辺りの戦車を多脚化してたり、どこかに趣味的なやつがいて選んで作っているようにしか思えん。おまけに多国籍で実に節操がない。浮気しすぎだろう。せめて一つの国に、一つの時代に絞るべきではないのかね?」


「俺に敵性体の意見を求めないでくださいよ。連中の考えることなんて、わかりませんって」


八郎太は思わずそう言ってしまった。


「敵を知らなければ勝てない。常に研究してくれ。整備側の意見もあることだろう。そういったものも戦術に活かしたい」


思考を巡らせあれこれと提案してくるラヴァリーに頼もしさを感じる。


彼女らに十分な補給と指揮権を与えたら、この戦線なんて簡単に勝利に導けるのではないかと考えていた。


「それほど我々は強くないぞ。常に綱渡りで、たまたま勝利の女神に気に入られているだけだ。いつ、そっぽを向かれるかわからない。女神様は気まぐれだからね」


と、八郎太はラヴァリーに見透かされた。


だが、八郎太は思った。アンタが勝利の女神そのものじゃないのかと。だが、これを言うのは無粋だなと何故か感じて胸のうちにしまった。


「強化兵について聞いてもいいですか?」


強化兵のアルヴァが目に入り、思わず頭に浮かんだことを、そのままに言ってしまった。


「答えられる範囲でな」


「金髪銀髪が多いのにはなにか理由でもあるんですか?」


「ナノマシンの定着でこんな感じになる。戦闘技能を焼き付ける技術の副産物というか……記憶や感情と一緒で薄くなるんだ」


ラヴァリーは強化兵の子たちを見て顔を曇らせた。


見かねたマッツが代弁してくる。


「一度死の淵をさまよった彼らは、無理やり蘇生させられたようなものだ。色々なところに無理が出る。今回のラーズも惜しいことをした。少し感情が戻り始めていたのに。高度修復ナノマシンがなければ、彼は死んでいた。他の子たちも、皆一度は同じ道を辿っている」


八郎太は無言になった。


「我々は我々のために改造兵を強化兵にした。私利私欲でこれを行った。罪を償わなければならないことを理解している。お嬢をあまり責めないでくれ。自覚はしている」


「そんなつもりはありません」


ラヴァリーは咳払いをして話し始める。


「未だ感情が完全に戻ったものはいないが、改善して戦場から外れたいと意思を持つ者は、安全なところで暮らせるように手筈は整えている」


「俺の契約書に書いてあった、辞めた後の流れみたいにですか?」


「そうだ。契約書にある通り、しばらく拘束することになるが、その後の斡旋先や諸々の面倒は我々が見よう。我々の協力者や、現地で潜伏中に恨みを買った者たちと同じ扱いになる。彼らは安全な場所で保護され、生活できるようになる。ゆくゆくは感情が戻った強化兵たちには、心身ともに回復できるような社会復帰プログラムを提供し、自由に自分の人生を歩んでほしいと思っている。もちろん、そう簡単にいくものではないがね。そうはままならないがな」


「お辛いですね」


「その言葉は、我々が言ってはいけない言葉なんだ。早々と愛想が尽きたかね? 薄汚いとか邪悪だとか罵ってくれても良いのだよ。それくらいは言われてもおかしくないことをしている」


「いいえ。入ったばかりですけど、乗りかかった船です。それに関しては正直わからないことばかりですので、俺は俺でやれることをします。それに、なんかアルヴァに気に入られてしまったようですしね。清濁飲み干します」


八郎太はそう言って、グラスに残っていた高い酒を一気に煽った。


「期待する」


ラヴァリーはそう言いながら笑う。


「八郎太君」


「ハチでいいですよ」


「では、ハチ。ほかに質問はあるか?」


「気分を害されたらすみません。えっと。淫乱お嬢様と言われても気にしないのですか?」


「そこに食いついたか」


と、ラヴァリーは言う高らかに笑った。


「まあ、気が滅入る話よりは気楽に話せるな」


「すいません」


「良い。気になるのならば仕方がない。私はこれでも見目が麗しいだろう?」


「それは否定しません。お美しゅうございます」


ラヴァリーはドヤ顔で満足そうな笑みを浮かべていた。


「だから求婚が絶えないのだ。一応は爵位持ちの一族に属してもいるからな。色々と魅力的に見えるのであろう。下手に断ると揉めることもある。そういった者の陰口から始まったことなのだ。だから、汚名を利用してやっている。汚れていると知っていれば、気高い方々は近づいてこないものだからな。それと、悪徳貴族や下衆なものから身体を求められることも多い。これもまた面倒なのだ。だから言ってやるのだ。私は一人では満足できません。それに普通では満足できませんともな」


綺麗な人にはそれなりの苦労があると聞くが、こんなにも大変なものなんだ。


「プライドの高いお貴族様や上流階級のものは、大抵はこれであしらえる。殿方は通常、自分の大きさを比べられるのを嫌がるし、刺すのは好きでも刺されるのは、ごめんだというものが大半だからな」


「でも、物好きもいますよね。趣向は多種多様ですし。あ、いや、お嬢さんにこんな話は失礼でしたね」


「何を今更。聞いてきたのは君だろう、ハチ」


「それはそうですね」


「だろう?」


先ほどから人の心を読んでくる人だな。俺はそんなに分かりやすい顔でもしていたのだろうか。


「中途半端はいけない。疑念を抱かせたままではいけない。お互いのためにもな。では、続けるぞ?」


「はい」


「どこまで話したかな?」


「物好きのところですね」


「そうだった。そういう特殊な輩には秘密を握って使い倒す」


「犯罪じゃないですか?」


「いやぁ、違うぞ? 向こうから協力させてくださいと言ってくるのだ。もっとも、断ったら不思議なお手紙や映像が出回ったりするけどね」


ラヴァリーはクスクスと笑う。


「悪い奴に慈悲なんぞはいらない」


八郎太はそう断言した。


「ああ、それに、舐めたら教育さ」


どこかの野蛮人みたいなことを言い出した。怖い。


「ちなみにね。強化兵のこの子たちに、いかがわしいことは出来ないからな。その、なんだ、君はしないとは思うがね。一応ね。知っておいてほしいのだ」


「何ですと?」


「尊厳を守るようにと、脳内の学習域にそういった教育を施されている。強化兵の間は、欲望の消費すら思考が働かないものなのだ。ああ、睡眠とか食欲とかは問題ない。健康を維持するようには組まれているのでな」


八郎太は恐ろしさを感じる。底知れない闇を。


「単なる暴力者や、卑怯な取引をしようとする犯罪者からなどは、実力で排除すればいい。我らの行動を見て、自分で考え、真に理解する者。そのような審美眼を持った者は、向こうから寄ってきてくれる。汚名も利用すれば便利なものだ。これで疑問は晴れたかな?」


「でも、それでも汚名があると支援者とか集めるの難しくないですか?」


「ハチ君、ここは異世界だ。以前の世界の常識に囚われてはいけない。時代も文化も違う者がいる世界だ。価値観は様々だ。悪い評判でも、支援者は出てくるのだ。それに我々は強いからな。私の一族や新鋭勢力、それに大貴族派閥からも支援がある。バランスを取るには具合が良いらしい。そうなるように立ち回ってきたからな。独立性を保ちながら、他勢力に飲み込まれないようにね」


「難しい立ち回りですね」


「意外と、敵対派閥同士でな、互いに協力することもあるのだ。連なる者たちで何か事業や計画を進める時に必要なテクノロジーや人材の流れ、資金や資源。そういった流れををやりくりするには、干渉地のようなバッファがあるとやりやすい。そうだ、我々のようなものが必要となるのだ。どこにも属していないが、どこへでも属せる。これは危険にも見られるものでもあってな。諸刃の剣でもある。だから、こうやって常日頃から鍛錬し鍛え、警戒をしているわけだ」


「それでこんな娼館を利用するわけなんですか」


「それほど悪い場所でもない。なにせ防音だからよく眠れる」


「たしかにプライバシー守られてますものね」


「それに、我々には評判など気にしないだけの実力がある。だからこそ、自由が利くのだ」


視界の端で、マッツが静かに首を横に振っていた。


ラヴァリーの発言に対し、彼は相当苦労しているのだろう。八郎太はそう察した。


「そう言えば。もうすぐ、俺、宿舎を追い出されるんですけど。福利厚生で住居とか何とかなりませんか?」


「コンテナがある」


「ああ、ハンガーの隣とかにコンテナを置いてますよね」


「アレはアレで意外と生活できるのだぞ。居住環境はそれなりに整っている」


「トレーラーハウスみたいなものですか?」


「そんなところだ。倉庫として使っているところを開けておいた。そこに入るが良い」


「助かります」


「我々は援軍であるが、時には歓迎されないこともある。我らの本体が来てくれれば一通りの問題は解決するのだがな。道中の安全が確保できないとなれば、当分はこちらに来れないだろう。結局のところ、支配勢力にとって、我々はどこに行っても他所者なのだ。歓迎されてチヤホヤされるケースは稀なんだ。傭兵みたいなものだからな」


ラヴァリーの携帯端末が鳴った。


シーケイが申し訳無さそうな顔をしてラヴァリーに視線を送っていた。


「送ってくれたレポートだが。シーケイはそのまま調査を続けてくれ。私の方でも動いてみる」


「わかりました。お嬢様」


「俺の方もよいか? コード情報は解析中だ。もう少し時間がかかると思う」


「以前に聞いてたやつだな。任せる」


「さて、制限時間まであと僅かとなったな。大事な話は終わったかな」


ラヴァリーは皆を見回した。


「では、あとは飲むだけ飲んでしまおうか」


グラスに注がれる酒はとにかく美味かった。宴は終わりとなった。



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