21話
「酔ったふりでもしないとやっていられないのだ」
ラヴァリーはグラスの酒を煽りながら、どこかおかしな様子で呟いた。
「開発の連中は、いつも私に変な武器を送ってくる」
そう言う割には、とんでもない兵器を嬉々として持ち出し、戦場に出ていっていたような気がする。
自分が止めても持って行った、あの巨大な錨のことが頭に浮かんだ。
「大型の対戦車ロケットランチャーが欲しい。補給が近い防衛戦でなら使っても良いだろう? 侵攻戦の場合は弾数が少ないから持っていきたくはない。巨大な敵が出てくるようになることもなければ送ってこないだろうがな。装甲目標を遠距離から倒せる物が欲しいのだ」
あれ? 俺のグラスを間違って持っていないか?
ラヴァリーの口調は、酒のせいかどんどん早口になっていく。
「アサルト。問題なし。贅沢を言えば大容量マガジンが欲しい。ミニガン。掃討用に使える。装甲目標来ると厳しいけど、僚機が片付ける前提の運用だからセーフだ。ショートレールガンは、もう少し様子見したい。使えなくはない。装甲貫通できるのはありがたい。改造案としてパイルに電磁機構を移植してみてもと考えたが、あれを使うには繊細すぎる。衝撃で回路がやられるので打突には使えないだろうな。パイルバンカーシールドは評価が難しい所だ。戦車の天板は抜けるが、そもそも近づくのが厳しい。でもお守り代わりで持っておく意味はある。パイルバンカーを短距離砲にしてはどうかな? いや駄目だ。シールドとパイルでそもそも重い。ガードしながら突撃して突き刺すのは良い。一緒にする意味ある? パイルを腕につけて、その上にマウントできるように砲身を付けたら? パイルバンカーは分解して色々な所に使う感じではどうか? パイルはパイルで気に入ってるのだが、これをパイルを使うことに集中したほうが良いか? まぁよい。アンカーのことを話したい。弾数を気にしなくてよいからな。振り回せば敵を撃破してゆく。アレは良いものだ。だが、対人戦で使いたいが動きが単調になる。アレを使えるようにするにはどうしたらよいものか? 君はどう考える?」
舌っ足らずで取り留めなく早口になったラヴァリーの言葉を、八郎太は呆然として聞いていた。
グラスの中身は、どうやら本物の酒だったらしい。
「ラヴァリーさん?」
「ラヴァリーでいい」
「ラヴァリー。俺の酒を飲んでます」
「コレは失礼した。どうりで口がよく回ると思った。体内プラントでアルコールを分解することにしよう」
ラヴァリーが腕の端末を操作している間、なんとなくアンカーのことが気になったので運用データを眺めることにした。
「え? 船のアンカー使ったんですか?」
八郎太は、データ端末を指差しながら尋ねた。
てっきり動力のない戦車を引っ張ったりして運ぶためかと思っていた。
「え? VFで振り回した? よく壊れませんでしたね。VFの耐久度を超えてませんか?」
「フレームが強化型だから問題ない。敵が吹き飛ぶさまは実に楽しかった。だが、装甲の厚い敵には威力が足りない。威力を増やすには背中に背負える程度の質量では無理だろうな。あれより大型にしては流石に扱えない。君の方で改修案を出してみてくれないか?」
ラヴァリーは流暢に語る。
「まじですか? 一応考えてみますが……ところで、なんでこんなにパイルバンカーがあるんですか?」
「国の兵器工廠がな、民間に押され気味で形勢が悪いのだ。開発者は実績を挙げねば前線送りとなる。開発が順調な局は良いが、駄目な所は無理して尖った兵器を出してくるはめになる。悪循環しているんだ。秘密兵器というやつだ。戦況が悪化した軍や、滅亡末期な所によく見られるやつだ」
「お国の工廠がそんなことになってたとは……」
「まあ、だが安心して良い。別に国が末期症状なのではない。開発局が問題なのだ。それに民間軍事関係の会社が元気だから問題ない、そのうち吸収されるかもしれんが、せいぜい入れ替わるくらいで対処するだろう。どちらがどちらを吸収されるのかはわからんがな」
ラヴァリーは、一息ついて言葉を選び直した。
「表立っては言えないが、二つの問題がある。1つ目は開発局に友人がいてな。そいつがまた偏屈だが優秀でな。使い所に困るものを送りつけてくる。使えると言えば使えるのだが、限定的な状況とかそういう類の物をな。開発局が可能な範囲で対装甲兵器を考えてみたわけなんだ」
「つまり、開発局が浪漫に振ってきた結果がパイルバンカーだと?」
「実際に使えてしまったからな。私が優秀というのもあるが」
八郎太は溜息をつく。
「他のヤバそうなやつは実戦に持っていかないでくださいよ?」
「無論だ。レポートには限定的な条件下での運用しか認めないと送った」
「しっかし、なぜ、こんなもんを」
「なぜそんなことをするか? 彼女は戦争が嫌いなのだよ。そこに偏屈が入ると妙な化学反応を起こすわけだ、下手に使える兵器を権力者が持ったら、子どもがおもちゃを得たように、はしゃいで戦争に使ってしまう。そう考えているんだ」
「対人戦闘を検討し始めた。野党などが相手ではない。国VS国の正規戦だ。敵性体がいるというに実に馬鹿げている。そのような物を要求してくる連中が嫌いなのだ。彼女はね」
ラヴァリーは嬉しそうに彼女のことを語っているように見えた。
「開発が許されているのは敵性体相手では色々と使えるからだ。敵の思考パターンの隙をついたりして接近が可能だからな。使い道が出てきてしまうのだ。あんなもの対人戦では接近する前に蜂の巣になるだろうからな」
「よくそんな人が開発局にいられますね」
私の心配をして対VF兵器をたまに送ってくれるのはありがたいのだがね」
「対VF戦闘が起こると?」
「可能性の話だ。紋章騎士と決闘になるくらいは頭に入れておいてくれ。なにせ私は狂犬令嬢でもあるからな」
「お、おぅ。頭に入れときます」
「その開発局の人は、よくそんな働きで追い出されませんね」
「それはなぁ……。彼女が開発局にいられる理由なのだがね……厄介なことに、有力貴族の御子息でな。そして優秀なのだ」
「羨ましいことで」
「彼女に会っても地位や身分について皮肉などを言うなよ。とても怒る。何をされるかわからないぞ」
「ひえ、了解です」
「2つ目の問題だが。私を殺したい勢力がいるらしい。私が生きていることに都合が悪い連中だろうな。そいつらが開発局にもいてな。試作品に罠を仕掛けて送ってくるのだ」
「いやらしいことを……」
「そもそもポンコツ試作品を送ってきて、事故で……みたいなことを考えているのだろう。試験評価を戦場でやることになるから、これはなかなかでかい問題だ」
「そこで君だ」
「はい」
八郎太は、予感していた展開に肩をすくめた。
「試作品の担当も任せる」
「この流れで、そう来ると思いました。でも、そもそもVFの機体改造とかならまだしも、俺は武器とかわかりませんよ」
「それは問題ない。優秀なお友達がいることを思い出してくれ。そいつは結構に偉い立場でな。使える整備やら運用やらのマニュアルも用意してくれる。それに開発検証用のAIも持ってきている。素人でもある程度武器が作れるくらいだ。君なら問題ないだろう」
「すげぇ優秀……」
「君のセンスで我々に適合するようにカスタマイズしてくれてもいい。前戦の騎士からの話は聞いている。現地改修機も結構作ったんだろう? 評判が良かったぞ」
「防衛隊の騎士、街の連中は気の良いやつが多いんで、死んでほしくないんです。いろいろとやりましたよ」
「同じように。我々をサポートして欲しい」
「わかりました努力します」
「それに、開発局の有人以外にも協力者がいる。サポートしてくれる予定だ」
「それは助かりますね」
「敵の侵攻が静かになって交易ルートが復活してからになるがな」
ラヴァリーは渋い顔をしていた。
「開発局の友人が罠について詳細を送ってくれる。彼女は、罠を仕掛けている側にいるからな。我々には多くの助力がる。それほど心配しなくてもよい」
「チートかな?」
「まぁ、それはそれで厄介なことに、たまに罠にかかってピンチを演出するとか、欺瞞工作をしてやる必要がある。彼女の立場もあるからな。全て罠を解除していては感づかれる」
「いろいろと面倒なお仕事そうですねぇ。彼女が裏切ることはないんですか?」
「彼女が裏切る時は、彼女の終わりだ。彼女の横領の証拠がある」
「ヒデェ……脅したんですか?」
「彼女の方からよこしたのだ。信用してくれと、どうしてもと言うからな。だが、使わないぞ。彼女は親友だ」
「俺は知りませんが、信頼できる感じなんですね?」
「そうだ」
八郎太は黙り込み、ぐるぐると思考を巡らせる。
「難しいな、色々と……」
「どうだ、怖気づいたか? だが、やりがいがあるだろう? 君の能力を惜しみなく発揮できる環境を整える。八郎太君。君の輝ける場所を私が作ろう」
「さっき仲間にしてくれたでしょ。今更怖気づきませんよ。それに、俺は裏切りませんよ。無職から救ってくれた恩人ですしね」
「よろしく頼む」
二人は固く握手を交わした。




