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ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第2章 強化兵

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20話

 娼館の扉が開くと、八郎太は別世界へと足を踏み入れた。


そこは、彼の想像していた怪しげな場所とはかけ離れていた。


磨き抜かれた大理石の床、天井まで届く豪華なシャンデリア。


出迎えた店員の女は、深紅のベルベットの制服に身を包み、深々と頭を下げた。


「お待ちしておりました、八郎太様。ラヴァリー様」


恭しい態度と、静謐な空気が漂うその空間は、高級ホテルのロビーを思わせる。


八郎太はラヴァリーから与えられたIP待遇というもてなしで、特別な部屋へと通される。


格調高い彫刻が施された豪華なエレベーターに乗り込む。


滑らかに上昇するエレベーターの揺れはほとんど感じられず、まるで空を漂っているかのようだった。


扉が開くと、八郎太はさらに奥へと進む。


落ち着いた色調ながらも気品に満ちた廊下を通り、いくつかの扉を抜けた途端、雰囲気は一変した。


薄暗い薄紫色の照明が、空間全体を怪しく照らし出していた。


部屋に満ちる甘い香りは、淫らな祭りの始まりを予感させた。


その香りに誘われるように八郎太が中へ入ると、すでにそこにいた者たちに目を向けられた。


「コヤツ、入れてよいのか?」


その声は、八郎太の隣に立つラヴァリーへと向けられた。


声の主は、いつもラヴァリーのそばで難しい顔をしている、ロマンスグレーのマッツだった。


八郎太は心の中でお盛んなことでと呆れながら、その男をじっと見つめ返す。


だが、自分の事を考えると急に恥ずかしくなってきた。


その時、メイド服を着た女がすっと前に出てくる。


彼女はたしかラヴァリーの世話をしている女だと、八郎太は気づいた。


彼女は八郎太に向かって一礼し、にこやかな笑顔で言った。


「お待ちしておりました、八郎太様。貴方様のお越しをお待ちしておりました」。


その言葉が、八郎太をこの場所へと導いた少なくとも歓迎されているということを物語っていた。


「マッツ。すでに身元調査済みです。有望なのはチェックしてましたから」


「と、いうことだ。安心しろ」


ラヴァリーは涼しい顔でそう言うと、部屋の中心へと進んでいく。


「ふむ、それなら問題ないだろう」


マッツは納得した様子で、立派な髭を弄った。


本人の意思を完全に無視して、話は進んでいく。


八郎太はもうどうにでもなれと思いながらも、心の中で故郷の婚約者に五体投地していた。


許してくれ、どうあがいても俺はこの登竜門を通らなければならないのだ。仕方ないのだ。


ある連中は如何わしい行いを皆ですることにより、結束を保つという。それがきっとこれなんだと。


そんなことを考えていると、ラヴァリーやアルヴァと似たような軍服を着た四人組が目に入った。


嫌だと断るくせに、ずかずかと歩みを進めて。その上、アルヴァ以外の子にも目をつけるとはな。


そんな八郎太の心の声が聞こえたかのように、ラヴァリーが目で語り、ニヤリと笑った。


「いい趣味をしているな、八郎太」


「な? なんのことでしょうか?」


「では、諸君。こないだ話していた八郎太君だ」


ラヴァリーは改めて、全員を八郎太に紹介した。


「ヴァルティエ騎士団、ワイルドハント部隊。私の名はラヴァリー・エリスザール・ヴァルティエ。団長をしている。団の本隊は交易路の先で待機している。非戦闘員が多くて、この街に来れたのは私たちだけなんだ」


「敵後方から奇襲して、敵戦線に大穴開けて来てくれたんでしたよね。聞いてます」


次に紹介されたのはマッツだった。


「マッツ。情報分析と強化兵の調整を主に担当している」


続いて、メイド服のシーケイ。


「シーケイ。私の身の回りの世話と、諜報関係を少々している」


そして、強化兵たち。


「アルヴァは紹介済みだね」


そう言うとラヴァリーは強化兵の前に移動して一人の子の横にたった。


「ラーズだ」


紹介された少女は肩までの銀髪で、表情からは感情を読み取れない。茶色の瞳からは無機質な印象を受けた。その表情はまるで精巧な人形のようで、こちらの話に耳を傾けているようだが、興味がないようだった。


「ディース」


次に紹介された少女は銀髪は背中まで伸び、揺れるたびに光を反射していた。


薄いオレンジ色の瞳は、遠くを見ているようで捉えどころがない。


ポケットに手を入れていて、それは掴みどころのない彼女の性格を表しているのかと思えた。


「ティール」


その子は首筋がのぞく程度の銀髪をしていて、凛とした雰囲気を際立たせていた。


整えられた髪は、しとやかに彼女の首筋を滑り、青い瞳は、こちらを見ていてもその先を見るように、静かに光を放っている。


「パティス」


燃えるような赤い瞳と、陽の光を閉じ込めたような黄金の髪を持つ少女であった。


その長い髪は、顔にかかるのも気にせず垂れ、時折、指先で髪をいじる仕草が印象的に感じる。


ラヴァリーは、まるで秘密を打ち明けるかのように声を潜め、八郎太に耳打ちした。


「ちなみに、この強化兵五人のうちに一人だけ、実は女の子じゃない子がいるんだ。知りたいかい?」


「え、男の子? どう見ても美少女にしか見えないのに?」


八郎太は思わず声に出してしまいそうになったが、なんとか飲み込む。


「当ててみるか?」


「いえ、やめておきます。外したら怖いですし、まじで全然わかりません」


八郎太は好奇心を抑えきれず、尋ねた。


「ちなみに、どこの子なんですか?」


正直、興味津々だ。だって、どう見ても美少女にしか見えないんだぜ? あ、この声は漏れてないよな? うん、確認ヨシ!


心の中の八郎太は、自分自身を確認する。


「機会があったら教えるさ。ちなみに、その子の腹筋は私のお気に入りだ」


八郎太は少し引いた。そのラヴァリーの言葉を聞いて、八郎太の頭に一つの噂がよぎった。


まさか……あの淫乱令嬢の噂は本当だったのか!男も女も、それ以外も、何でもかんでも取っ替え引っ替えだなんて話は……。


うろたえている八郎太をよそにラヴァリーは話を始めた。


「さて、今日は君の入隊祝いだ。ここの支払いは隊で持とう。楽しむがよい」


「いや、俺、故郷に婚約者がいますんで。お気持ちだけ頂いてお断りさせてもらいます」


八郎太の生真面目な返答に、ラヴァリーは目を丸くした。


「生真面目なやつだな。気に入った。何人か選んで楽しんでこい」


「人の話、聞いてました?」


八郎太は半ば呆れてそう尋ねる。


「冗談だ。娼館には入ったが、君が想像するようなことはしない。すまないな、レクリエーションは嘘だ」


ラヴァリーは楽しそうに笑いながら、真剣な眼差しで八郎太を見つめる。


「君には、我らの隊の秘密の話に参加してもらう」


「なんですと?」


八郎太が呆然としていると、ラヴァリーは顔をしかめた。


「しかし、ひどい匂いだ。換気してくれ。それと部屋が暗い。明るくしてくれ」


八郎太は混乱した。あれ? 祭りが始まるのではないのか?


「へ? どういうことですか?」


ラヴァリーは八郎太の隣に立って、少しかしこまったような口調で語りかける。


「戦士たちが馴染みの娼婦に自分の戦果を見てもらい、褒めてもらう、承認欲求を満たすのに都合が良い設備が揃っている。賞金もすぐに手に入れられるし、VRシアターなどもある。もっとも、別の使い道もあるのだがね」


ラヴァリーは、八郎太の顔を見ながら説明を続けた。


「そして、ここはハンターギルドの通信網の一つでもあるのだ。だから、戦果報告をするのにも都合が良い。長距離通信は電磁気嵐で殆どできないから、連絡員がデータを運んだりという古い連絡手段になるのだが、それでも連絡が可能なのはありがたい。貴族に戦果報告をして、下手に言いがかりをつけられて認められない場合などよくあるからな」


ラヴァリーのわざとらしい手の動きを交えながら話は続く。


「ハンターギルドが戦果を保証してくれるのだ。機体映像などが戦果の証拠となる。誤魔化しが発覚した場合、厳しい処罰が下される。我々のような傭兵団まがいのものには都合が良くてな。このような話をする場合に都合が良いのだ」


ラヴァリーはそこで言葉を区切ると、八郎太の目を見て言った。


「それに、この手の場所はプライバシーが守られなければいけない。上流階級や貴族、有名人。大御所。自由なようで、実際はみな、肩身が狭いのだ。そして、そういった者たちでも息抜きが必要だ。人には言えない趣味があり、ストレスを発散し、英気を養い、日々の難題を片付けるものなのだ」


八郎太は、その言葉に妙な説得力を感じた。


「それに、この娼館は我々の手の者が経営している。騙して悪いが……君の表情があまりにもコロコロ変わるから、ついイタズラ心が刺激されてしまった。済まない、本当に申し訳ない」


ラヴァリーは深々と頭を下げて八郎太に謝罪した。


「どうか、この無礼を許してはいただけないだろうか?」


「い、いえ! そんな、頭を上げる必要はありません! こちらこそ、お気遣をして頂いて、申し訳ありません!」


八郎太は慌てて立ち上がり、ラヴァリーにそう告げ、恐縮した様子で手を振った。


「それで……ご理解、頂けたかな?」


「秘匿性が高いことは理解しました」


八郎太の問いに、ラヴァリーは微笑んだ。


「そうだ。秘密の話をするには都合が良いのだ。歓迎会をするには具合が良いし。レクリエーションならなおさらだしね」


八郎太は呆れながらも、言葉を返した。


「レクリエーションに関しては否定はしませんけども……」


「来たことはあるのかい?」


「ありません。だいぶ前から老舗って話ですよ、ここは。俺は噂で聞いたことしかありませんけど。上級士官が行く店があるとは聞いていました」


「我々はな。以前から仲間をこの街に浸透させているのだ。用意周到だろう? それに、色々とツテがあるほうが便利でな。噂には尾ひれがつくものだ。それを逆手に取っている。敵を騙すには味方から、と言うだろう?」


そう言いながら、ラヴァリーはいつの間にかに用意されていた艶やかなマホガニーの箱を開けた。


中には、まるで深紅の宝石が収まっているかのように、ラベルすら豪奢な年代物のワインボトルが鎮座している。


「いい酒については本当に振る舞おう。歓迎会だからな。酒は強いほうか? 弱かったらノンアルコールでもよい」


ラヴァリーは、八郎太のグラスを手に取ってから話を続ける。


グラスに注がれる液体は、鈍い光を放ちながら、赤く妖しく揺らめいていた。


八郎太は恐れおののいていた。


その様子を気にも留めず、ラヴァリーはグラスを八郎太に渡す。


「さて、秘密会議を始めようか」


ラヴァリーはおもむろに宣言をした。


「今日から、うちの隊に入隊する八郎太くんだ。整備を担当してもらう。知っての通り、腕は良いぞ」


ラヴァリーの紹介に、全員が八郎太に視線を向けた。


「本当はしっかりとしたパーティでもしたいのだがな。時間がない。この部屋を急に借りたので、制限時間が短いのだ。迅速に進めよう」


シーケイが八郎太に、奇妙な通信機を渡した。


「特殊な通信機です。回線に静かに紛れ込み、網の目ネットワークを作る秘匿回線です。必要になるかもしれません。携帯端末に組み込んでおいてください。貴方が捕まったり、部隊の情報が外部に漏れそうになったりしたら、自動的に消去されます。便利でしょ?」

八郎太は、その機能に驚きながらも頷いた。


「コードネームは……むぅ、まだ考えていなかったな。NEかLD、ハチ君はどちらが良い?」


ラヴァリーが悩んでいた。


「んじゃ、LDで。何か意味が?」


「君のいた歴史線で、有名な忠犬がいてな。そこから取った」


「忠犬? まさか。ハチ公かよ……それでLD」


「ロイヤルドッグだ」


八郎太は思わず呟いたが、ラヴァリーはにこやかに否定する。


「それって、その公って字はロイヤルの意味じゃないからね。敬称的な方で。あ、じゃぁNEは? ん? まさか……ナンバーエイト。捻りがないな」


ラヴァリーはひどく残念そうな表情をしていた。


「不満か? 我ながらよくできたと自負しているのだが?」


「いえ、不服なんて。ありません。


「どちらがよいかな?」


「好きなほうでいいですよ」


「そうか。それならLDで決まりだ」


八郎太は、自分のコードネームが「犬」に決まったことに苦笑した。


俺は犬になるらしい。そう自嘲気味に思ったものの、すぐに考え直す。給料と信頼を寄せてくれるなら裏切りはしない。忠誠心的な意味では、案外間違ってはいないのかもしれない。


そう考えると、なんだかおかしくなってきて、八郎太は少し笑ってしまった。


「では、乾杯!」


ラヴァリーの声に合わせて、全員がグラスを掲げる。


「しかし、あんな雰囲気の儀式の次の日に、よく騒げますね」


八郎太の言葉に、ラヴァリーはグラスを傾ける。


「何度も言うが気持ちを切り替えるためだ。逆に楽しく騒がねばならない。これも追悼さ。そして、残されたものの心の整理の時間みたいなものだ。生を実感できるってやつさ」


マッツがグラスの酒を飲み干すと静かに語りだした。


「彼らは亡くなり、我々は悲しみ、弔った。いつまでも悲しんでいては、彼らに顔向けできない。我々は生きている。ゆえに、無理やり切り替えるのさ。少なくとも、それが我々の流儀なのだ」


その言葉には、妙な重みがあった。


「だから楽しんでいいのだ。おや? グラスが空じゃないか、ささ、もう一杯」


八郎太のグラスに、ラヴァリーが自ら酒を注ぐ。


「お嬢のお酌など、そうそうしてもらえるもんじゃないぞ、ハチ。光栄に思え」


マッツがからかうように言う。


俺のあだ名、もう決まったのね。


アルヴァが、八郎太のあだ名を口の中で転がすように「ハチ」と呟いた。


「ハチですよろしく」


八郎太は、なんとなくそう言ってみた。


無表情な気もするが、なんだか嬉しそうな目をアルヴァはしていた


「さて、乾杯も一通り終わったな。では、試験レポートだ」


八郎太は驚いた。


「俺、酒が入ってますよ?」


「真面目なやつは戦術リンク経由でAIにあげている。今頃はウチのストライドユニットで処理されている頃だろう」


ラヴァリーは、八郎太に笑顔を見せる。


「ここでは忌憚のない意見と思いつくまま発言するのだ。ブレインストーミング的な自由さで……そうだな。開発者をツメてやろうってくらいの感覚の話し合いをしよう」


八郎太は、その提案を嫌いではなかった。


「ふむ……」


八郎太は、頭の中で整備時に見た戦闘情報を思い出し、言葉を選び始める。


「機体や武装の話ができる人間を雇えたのは、私にとってはすごく嬉しいのだ」


ラヴァリーは、酔っぱらった様子で楽しげに八郎太に問いかける。


「君は、どんなロマンを持っているのかい?」


八郎太は、ラヴァリーの手元のにあったボトルが視界に入った。


「あれ、これぶどうジュースですよね?」


八郎太が指摘するとラヴァリーが何かを言いたい様子で迫ってきた。



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