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ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第2章 強化兵

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19話

 八郎太は、待ち合わせ場所である都市中間層の広場の手すりにもたれかかり、眼下を見下ろしていた。


はるか下には、灰色のコンクリートの道がビルの谷間に存在していた。


米粒のように小さく見える人々の営みが、まるで蟻の群れのように見え、その無数の生活の断片に、言いようのない閉塞感を覚えた。

この巨大な構造物の中で、自分もまたその一部に過ぎないのだと、改めて突きつけられた気がした。


閉鎖的な世界から逃れるように八郎太は顔を上げ、視線をゆっくりと上方へ進める。


巨大な植物の根のように絡み合った無数の柱や配管が、生き物のように壁面を這い上がっている。


広場からさらに上、15階ほどのビル群が空を覆い隠すようにそびえていた。


ビル群は互いに身を寄せ合うように重なり、一定の規則性を感じさえる集合建造物となっている。


視界は薄暗い金属とコンクリートでできた無限のパッチワークに埋め尽くされる。


それでも、ほんのわずかに見える空の断片、その光の道筋に、八郎太は目を凝らした。


それは、この閉塞した世界の希望の光に思えた。


高層と低層、光と闇、混沌と秩序。


この都市は、それらすべてが混在する巨大な有機体のようだった。


その中に生きる者たちは、ただひたすらに、与えられた今日を生き延びていた。


手持ち無沙汰な八郎太は、空間ディスプレイから放たれる派手な蛍光色の光を、ただぼんやりと眺めていた。


今日は俺の歓迎会があるというのに、街は相変わらず俺を歓迎してくれない。その騒がしいほどの光の洪水は、むしろ俺の存在を、この街から弾き出そうとしているかのようだった。


「そこそこ時間は経ったよな」


待ち合わせの時間を過ぎているというのに、まだ誰も現れない。


暇になると何をしたらいいかわからなくて、いつも不安になる。


早く来てくれないものかと思っていたら、視界の隅で動くものがあった。


遠くから、ラヴァリーとアルヴァがこちらに向かってくるのが見えた。


その姿は、昨日と全く同じ青い軍服であった。


その表情は明るく、軽やかな足取りで近づいてくる。


「すまない。待たせてしまったようだね。では、八郎太君。歓迎会に行こうか? 」


「え、あっはい」


「どうした? 何を驚いている?」


「ちょっと戸惑っているだけです。昨日があまりにも厳粛な空気だったもので。それが貴方が楽しそうに現れましたもので……」


「我々はな。気持ちをすぐにでも切り替えないといけないんだ。メリハリを付けるというのかな? だから、そう見えるのかもしれない。それに今日は君の歓迎会だ。良い気分で迎えたくてな」


「は、はぁ」


「悪いようにはしない」


なんとなく気まずくなっていた八郎太は話題を変えた。


「前線に行かなくてもいいんですか?」


「我々には休暇命令が出ているからな。逆に行ってしまっては駄目なのだ」


ラヴァリーは何か含みのある笑みを浮かべていた。


「先日の我々の功績が洒落にならないくらいの戦果らしくてな。司令部としても、これ以上に余所者に戦果を挙げさせたくないのだろう。控え番どころか休暇を出してきたのだ。それくらい前線が安定しているということだ。我々は多くの敵を倒したからな。彼らにもメンツがある。だから、このような処置となっているわけだ」


ラヴァリーは両手を広げて謎のアピールをしていた。


「なるほど」


八郎太は何か怖いので、突っ込まずに相槌を打つことにした。


「では、繁華街へ行こうか。レクリエーションをしよう。君の歓迎会も兼ねたな」


「了解です」


「ああ、そうだ。護衛のアルヴァを改めて紹介しよう。先日言っていたように、今日から護衛をつけようと思う。アルヴァ、こちらに」



ラヴァリーは歩みを止め、少し離れて歩いていたアルヴァを呼び寄せると、八郎太に紹介した。


アルヴァと呼ばれた少女は、八郎太をじっと見つめた。


あどけなさの残る可愛らしい顔立ちとは裏腹に、感情の薄い橙色の瞳がどこか怖さを感じさせる。


「アルヴァに気に入られたようだな、八郎太。珍しい。この子が懐くのは私くらいだというのに」


ラヴァリーは嬉しそうに続け、歩みを再開させた


ラヴァリーの隣を歩いている彼女を改めて見ると、銀髪のミドルヘアに、薄いオレンジ色の瞳は活気を帯びて、バスケットボールでもやっていそうな印象を受ける。


「普段の護衛はこの子に任せる。可愛がってやってくれ。この子は生身でも強いぞ」


そう言って、ラヴァリーはにこやかに笑う。


「それ以外はシーケイが担当する。ちなみに彼女も強い」


「よろしく、アルヴァ」


八郎太がそう声をかけると、アルヴァは「うん」とだけ答えた。


いつの間にか、彼女は八郎太の隣に立ち、無表情なまま、歩調を合わせて並んで歩き始めていた。


こまめに移動をして護衛はもう始まっているのだなと感じた。


こんな子でも、めちゃくちゃ強い強化兵なんだな。


八郎太は、その横顔をちらりと見やる。


やがて、賑やかな通りを進み、狭いビルの間を抜けると、怪しげな雰囲気を醸し出す建物が並ぶ娼館通りへと出た。


「あっ!! 道を間違えたようですね? ラヴァリーさん、ここに来て日が浅いんですもんね。繁華街はあちらです」


と、言って慌てて進路を変えようとした。


「こちらであっているよ。八郎太君」


ラヴァリーは涼しい顔で歩みを進める。


そのラヴァリーの涼しい顔を見て、八郎太は思い出す。


ラヴァリーの幾つかある通り名、そのひとつ、淫乱令嬢の名を。


そのことを思い出し、これから始まるかもしれないことを想像して八郎太は動揺していた。


動揺して歩みを遅くしていたら、アルヴァに腕を掴まれた。


強化兵のアルヴァの腕力は強く、八郎太は強引に引きづられてゆく。


「チョチョチョッマテェヨゥオッ!!」


なんで? こんなに力強いんだ。


「ハチ、一緒に楽しもう」


アルヴァを見てみると、何を考えているかわからない表情をしていた。


怖い怖い怖い、そんな無表情で言われたら怖い。


しかし、言動とは裏腹に、よからぬ想像をしてしまう。


ラヴァリーはその様子を眺めて目を細めて笑っていた。


「少し……嫉妬してしまうな」


その目は怪しく光を放ち、若干ながら潤んでいるような気がした。


いろいろな想像が頭をよぎりながら、俺は婚約者がいるんだを連呼しつつ、抵抗した。


だが、とうとう娼館の前まで来てしまった。


えっ? ここってめちゃくちゃ高いところだよな。


男も女も機械人形から生身まで多種多様に対応できる所で、一見さんお断りの完全予約制で超高級店のはずだ。


整備所長でも行ったことがないとか聞いたことあるぞ。


「いや、俺、婚約者いますんで、困ります」


「いいから、いいから、ちょっとだけだ。少し試すだけだ。入るだけでもバチは当たるまい。そうそう、良いことを思い出した。ここの酒は特別うまいぞ」


八郎太は、有無を言わさず娼館の入口まで連行されてしまった。

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