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01話

 乾いた大地はひび割れ、砂に混じる赤茶けた土が風にさらわれては、低く這うように地表を流れてゆく。


はるか地平線の向こうでは断続的な砲声が空気を震わせる。


無数に降り注ぐ砲弾により地表から削り取られた土砂は黒い煙柱となり風に流されていた。


張り巡らされた迷路のような塹壕には弾雨に恐怖に怯えた兵士たちが小さくなり蠢いていた。


 塹壕付近のバンカーには砲撃による暴力を避けようと兵士達が殺到していた。


兵士達は地下へと続く階段を下がると吸い込んだ粉塵を、乾いた咳とともに砲撃する敵への鬱憤を吐き出していた。


砲撃の波が、徐々に近づいてくる。轟音が地の底から響くように伝わってくる。


砲弾の爆発がバンカーの天井や壁を震わせるたびに、コンクリート片と細かい砂塵がバラバラと降り注いだ。


空気中に舞い降りる砂塵が裸電球によって照らされた兵士たちに影を降ろし、さらなる恐怖を煽った。


兵士達の荒れ地に対応した迷彩服やボディアーマーは土に汚れ、膝や肘に付けたプロテクターは傷だらけであった。


ヘルメットは土で汚れ、汗に濡れた顔には砂埃が張り付き、兵士たちの表情は暗く疲れに満ちていた。


兵士は背を丸め、耳をふさぎ、己の内側へ、あるいは見えない空へと、それぞれの神に対して祈りを捧げていた。


兵士達はそれぞれの持場で恐怖に支配され、暴虐の嵐を耐えていた。


うずくまる兵士たちは砲撃の振動のたびに抱えた自動小銃の銃床を何処かしらにぶつけ、そのいくつもの金属音が重々しく響いていた。

しかし、ある一角だけは違った。まるで別世界であった。


4m級の人型兵器ヴァリアブルフレームがその巨体を狭苦しいバンカーに佇ませていた。


その傍らには、戦場に不釣り合いな、緑髪のメイドがいた。


そのメイドは兵士達とは違う目立つ色のジャケットを着た女達に、彼女は短いスカートを揺らしながら、ティータイムを提供していた。


その者たちは人型兵器ヴァリアブルフレームのパイロットたちであった。


ウエストの少し上で終わるオフホワイトの丈の短いタクティカルジャケットを羽織る。その内張りには衝撃吸収剤が貼られていた。


下に着ているボディスーツは流線的なボディラインを描く、ダークグレーのラテックスに似た素材で作られていた。


ジャケットの要所にあるプロテクターの頑強さ、関節を補強する金属製の黒いライン、それらは戦闘用の装備であることを示していた。だが、ボディスーツは戦闘用と言うよりは、ダイビングスーツを想像させた。


それらは戦火のバンカーではとても異質であった。


「無粋なものね。ティータイムの時間だと言うのに……」


ラヴァリー・エリスザール・ヴァルティエは自身の機体の足に寄りかかり、薄金色の髪をいじりながら、迷惑だと言わんばかりに天井を睨んだ。


砲弾が直接降ってこないだけ、マシなのであろうなとラヴァリーは思った。


慎ましく落ち着いた様子で、白い手を添えて粉塵がカップの中に落ちぬようにしていた。


「これではティータイムが台無しだ」


口元にはわずかな笑みを浮かべ、耳を澄まして砲撃の間隔を計っていた。


今日は出撃のチャンスがなく鬱憤が溜まっていた。砲撃の感覚は狭まり出撃の可能性があるかもしれないと、指揮所からの出撃命令を待ちわびていた。


「お嬢様、お茶を淹れ直します」


ラヴァリー付きのメイド。名前はシーケイ。彼女はそばにあるティーセットでお茶を準備していた。


「ありがとう。でも必要ないわ」


と、言うとラヴァリーは優雅で繊細さを持つ彼女の容姿からは想像もつかない豪快さで琥珀色の液体を飲み干した。


ティーカップとソーサーをメイドに手渡す。


ラヴァリーとメイドの他のパイロットたちは静かに無表情で膝を抱え、それぞれの機体のそばで静かに待機していた。


その様子はまるで人形のようであった。


ラヴァリーは人影を感じて辺りを見ると、いつの間にかに近くに来ていた老兵が話しかけてきた。


「ちょいと、わしらも避難させておくれ」


「どうぞ、こちらへ」


老兵は返答を待たずに、腰を下ろして座っていた。


「すまんの。この歳になると塹壕は堪える。まったく敵さん。最後の砲撃だから気合が入っておる。まったく頼んでもいないのに、よく撃ちよる」


「どういうことですか?」


老兵は機体を見上げて呟いた。


「こいつは援軍の時にいた機体……そうか、あんただったか。撤退の時は助けられたよ。ありがとうなぁ……お嬢さん。ワシが死ぬ前に礼を言えてよかったよ」


「困ったときはお互い様です。お力になられたようで何よりです。それと長生きなさってくださいな」


老兵は少しバツが悪い表情を浮かべ、手慰みに頭を掻いていた。


「ところで、先程の、最後の砲撃とは?」


「あぁ、最近はね。この時間帯に激しい砲撃を行った後にな、敵さんが引くんだよ」


そう、老人が言うと内外と兵士たちがにわかに騒がしくしていた。


「ほれな、撤退を始めたようだぞ。たぶん、撤退を援護する砲撃なんだろうな」


「そうでしたか。ついこないだ来たばかりでして、戦線状況に詳しくないのです。貴重な情報をありがとうございます」


「なぁに、良いってことさ。避難させてくれた、お礼じゃて。気になされるな」


老兵がゆっくりと、けだるそうに立ち上がった。


「さてと、皆が敵を撤退するのを見るために、外に向かうぞ。この後の展開は、だいたいそんなもんなんだ」


老兵が言うように皆、他の兵士たちは立ち上がり移動を始めていた。


敵が撤退するのを見てやろうぜと言う誰かの声が聞こえた。


ラヴァリーは機体の足元に老兵以外に人がいないことを確認してから機体に乗り込み。次に来る命令を待った。


機体の味方識別センサーがアラームを発した。足元にいた老兵に反応したのであろう。ラヴァリーは安全確認用の対人センサーで老人をマークして、アラームを消した。


その後に頭頂部からアンテナワイヤーを飛ばし、バンカー内の接触回線に接続させて周辺状況を確認した。


映像からでも砲撃による砂ほこりと煤と鉄の匂いが漂っているのを感じる。荒れ地の映像を眺めていた。


突如、通信のアラームがけたたましく鳴り響いた。


「指揮所より通達。一応、警戒態勢へ移行、だそうだ」


端末に指示が出ていた。その内容を外部スピーカで周辺の者に伝えた。


「命令に一応を付けるか……」


ラヴァリーはこの戦場ではなんとも曖昧な命令が出るものだと呆れていた。


外に接続された外部確認用のモニターからは電波障害や光学ジャミングのために全体的にチラるく映像が流れていた。


塹壕に設置された集音機器からは、伝令兵が前線指揮官からの指示を通達する声が聞こえた。


電磁気嵐やジャミングのために無線が使えない環境下で、伝令兵が通達の内容を叫び、人には広く人型兵器には狭い塹壕通路を走り回っていた。


その声には緊張と安堵の気配が感じられた。


どうやら戦闘は本当に発生しないらしい。


ラヴァリーは機体の端末を操作すると自分の部隊に警戒態勢を維持しつつ帰投につく指示を出した。


「それでは、次に会う時まで、良き戦闘を」


外部スピーカーで老兵に挨拶をする。声を聞かせることにより人型ロボの起動に巻き込まれないようにと注意を促す。


「ありがとうさんな。お嬢さん。塹壕令嬢といったほうが良かったかな? でわな」


老兵は外へと歩みを進めた。


「お好きなように。それでは御機嫌よう」


老兵と別れの挨拶をした。


いまだに慣れない己の呼称、塹壕令嬢の響き、私はあまり気に入ってはいない。


私の名はラヴァリー・エリスザール・ヴァルティエ 


人は塹壕令嬢、没落令嬢だとか私のことを言う。ひどいものだと狂犬令嬢だとか暴言めいたものまである。


それがどうした。言いたければ言えばいい。


そんな些細なことは気にしていられない。私にはやらなければならない事があるのだ。


そう、自分に言い聞かせ、VFを待機モードから移動モードへと移行させた。


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