17話
いつものクセで整備場に来ちまった。クビになったと言うのに律儀なもんだな俺も
「主任、なんでクビになっちゃったんですか?」
部下の奴が包帯撒いて半べそで駆け寄ってきた。
「お前、もう退院できたのか。よかったなぁ。若いから治りも早いんだな。でも無理すんなよ」
「どうも、って、それは良いんですって。辞めちゃうんですか主任」
「いやな、勢いと言うか何と言うか、とにかく、辞めてきちまったんだ」
すでに退職済なのでこの子は元同僚になるわけだが……脳裏に苦しくも楽しかった思い出が流れる。
「騎士サマを怒らせちまってな。すまんなぁ、お前を独り立ちさせる前に、こんなことになっちまって。悪いとは思っている。すまない。いままで、ありがとさんな」
整備帽をかぶる元同僚の頭をしみじみと撫でる。この子が整備をうまくやった時に良くしていた動作だ。
なんか涙腺が熱くなってきた。
「そんなぁ。俺、主任が居なくなると思ったら、これからどうしたら良いかわかんないです。まだまだ勉強させてほしかたっス」
そんなに、目に涙を浮かべて。俺まで泣けてきちまう。
「俺のしてきたことは正しかったんだな。それがわかっただけでも俺は嬉しいよ」
しみじみと感動していた。
「これからどうするんですか? あっ、退職を取り消しに出来ないんですか?」
「無理だろうなぁ。勢いで上の連中に色々言ってさ、怒らせちまったし。あのバカ騎士にさ。いまさら俺のことが必要になったからって謝ってきても、今更もう遅いんだからねッキッリッ!! キッパリって言っちまってな。こうなったら、いい腕になって、流れの整備士にでもなって見返してやるさ。だからお前はお前で頑張るんだぞ。色々ドジするけど、対策すりゃお前さんは良い整備士になれる。良いセンス持っているからな。頑張るんだぞ」
「主任……」
「八郎太主任。やっとみつけた」
そんな、子弟の別れをしていたらラヴァリーが声をかけてきた。
「八郎太君。お話中にすまない。少し話をしたいのだが。話を終えたら聞きたいことがあるんだ。君が整備してくれた機体についてなんだが」
ふとラヴァリーに視線をやると、いつもと違う姿に目を奪われた。
ラヴァリーはパイロットスーツではなく、青みがかった軍服を身につけていた。
見慣れないその姿は、新鮮であると同時に、どこか張り詰めたような緊張感をまとっている。
だが、それだけではなかった。
その軍服の鮮やかな青色に、何か得体の知れない影のようなものが覆いかぶさっているように見えた。
それは、彼女の表情に感じた違和感とも重なり合っていた。
いつもは感情豊かで、時には朗らかに、時には真剣な眼差しを向けてくる、その表情は機械的であった。
だが、その瞳の奥には、悲しみや怒りといった明確な感情ではない、もっと根源的な、拭い去れない重苦しさが潜んでいるように見えた。
その違和感に気づきながらも、普段の砕けた雰囲気とはまるで違う、凛とした佇まいのラヴァリーに見とれていた。
「どうしたね?」
「あ、いや、その。俺、ここの仕事、クビになってしまって、いやね、自分で辞めてやったんですけども……えっと、その」
「なんだ、八郎太君、ここを辞めてしまったのか? 良い腕をしていると言うのにもったいない。やはりこないだのアレか?」
八郎太は、明るく、やや芝居がかったラヴァリーの口調に、良い兆しと不穏な予感、その両方を感じとった。
「アレです。愛想が尽きたやつです。いずれにせよ、向こうさんでも騎士と貴族様がずっと俺のことを不満に思っていたらしくて、そのうち不満爆発させて、近い内にクビってヤツになってましたよ、たぶん。」
「災難だったな」
「俺もストレス溜めて暴発する前に辞めれて正解でしたよ。まぁ、これで無職になっちまいましたがね。ええ、まぁ。やっちまったもんは仕方がありません。ドコかでまた仕事を探しますよ」
「ふむ、ちょうどよい、ならば、ウチに来ないか? あぁそうだ。部下の君もスカウトしよう。考えておいてみてくれ。君たちが欲しい。それに、あのような騎士の風上に置けないような輩に使われる者は減らしたい。不幸になるだけだ。君等のことだ。作業ロボにもいなくなった時の仕込みをしているのだろう? 防衛隊も整備士を雇い入れるまでの整備を保たせることはできるだろう?」
ラヴァリーは魅惑的な満面の笑みを浮かべていた。
「お見通しですか。アレは俺とか部下とかが事故とかあって仕事ができなくなるって場合の想定でしたけどね。まさか、こんな使い方になるとは思ってませんでした。それに他の整備部は他にもありますからなんとかなるとは思うんですよね。だから俺をクビにできたわけでして……」
「ウチの条件を見てほしい。シンプル版ではあるが。少々待っていただけるかな。この辺に入れておいた、っと。これだ。君に送信する」
八郎太は腕の携帯端末を確認しては驚いた。八郎太は表面上は平静を装っていたがラヴァリーから送信された情報を読み進めて数秒後には驚きが表情に出るほどの事態となっていた。
なんだか凄いことになってきたぞ。八郎太はこの先の未来を予測しては色々と思考を巡らせて呆然としていた。
ラヴァリーは八郎太の隙を見て、ちゃっかり八郎太の部下までスカウトしていた。
「私の噂は耳にしているだろう。アレをすべて真実とは思わないで欲しい。それで、部下君はこんな感じの条件でな。ご家族に関しての補助はコレコレウマウマ」
「わ、わたしにも? なるほどシカシカ」
部下はすでに八郎太よりも仲良さそうにラヴァリーと話していた。
送られてくる条件データなどを腕の携帯端末で確認して話を詰めている。
だが、部下は仕事で呼び出しされた。仕方なく名刺を渡し、一礼をして前向きに考えますんで。たぶん俺もお願いすることになると思いますと言い去っていった。
呆然とし続けていた八郎太は定まらない目で宙を見ていた。
「えーあーコホン。君を雇いたい。スカウトしているのだが? どうかしたかい?」
ラヴァリーは八郎太の目をまっすぐに見て問いかけた。
「夢みてぇだ」
自分の言った間抜けな言葉に気がついて慌てて取り繕う。
「そら、願ってもねぇ話ですけど。いいんですか? 先ほど話してたように騎士に睨まれてますよ。俺、余計なトラブル引き込んじまうかもしれませんよ?」
「それを心配するなら、ウチの方が迷惑をかける事になるかもしれない。睨まれ具合なら私のほうが上だからな。君がウチに参加するにあたって、当然、留意する事項だと思う」
「そちらは何したんですか? って、こないだブチのめした件ですか?」
「それもあるが色々とな。ウチに来ると嫌がらせは受けるかもしれない」
「そんなのいつもやられてますんで、いまさら関係ないですよ」
「一応、しばらくは護衛も付ける。戦闘時には後方支援組の仲間と一緒に安全なところで待機してもらうことになる。どうだ?」
「なら、それほど心配することもないか。どうせ騎士の連中が変な噂流して次の求職を邪魔してきそうなものだし」
八郎太は、思考の迷宮に迷い込んだ。現実は無職。婚約者への言い訳も、次の仕事の目処すら立っていない。コレを断れば行き場のない絶望が待っているのは確定路線であった。
「では、良ければサインして欲しいところだが。こんなこともあろうかと契約書をしたためておいた。こっちは秘密保持契約書だ。条件はこんなものでよいだろうか? 調べてしまって悪いがここの給与形態に合わせておいた。少し上乗せもしている。で、ゆくゆくはウチの給与形態に移行するんだが。これぐらいになる。あぁ、それとこれまでの経歴について騎士や貴族様が邪魔してくるようなことはないと思うよ。彼等もそれほど暇じゃないし、そもそも、腕の良い整備士はどこでも引く手あまただ」
「俺、よそ様のことあんまり知らないもんで……えっ? 嘘!! 私の給料って他から見たらこんなに低すぎィ?」
八郎太は思わず両手で口をふさいで驚いた。
とてつもなく魅力的な条件であった。
「ただ、契約してからは長期間拘束される。辞めたとしても機密契約のためにウチの紹介する企業やツテにしばらく行って貰うことになるがね。その行き先はこんなものだ。君のホームタウンにも仕事先はある」
名だたる八郎太も知るホワイト企業や有力者の名前が書いてあった。仕事がない八郎太にはとてつもなく魅力的に見えた。給与の保証も都市連合やハンターギルドが保証してくれている電子印章があった。これはかなりの破格待遇だ。
「なんでそんなに俺のことを?」
「私の機体がすこぶる調子がいいのだ。久しぶりに気持ちよく操縦できたからな、これは逃す手はないと思った」
「それに試作武器に関して使い所の勘も良く、素晴らしい調整だった。受取の時に直感めいた電撃が走るくらいだった。特にあのアンカーが……実によい」
ラヴァリーは恍惚の表情をしていた。
「アンカーは打ち捨ててああったやつ。渡しただけですよ?」
「鎖の持ち手の所に滑り止めをしてくれたろ?」
「やりましたね、そう言えば」
「アレが良かった」
「わかりました。俺を雇ってください」
「いいのかい? じっくり読んでくれて構わないのだぞ? ひとまずだ。機密契約書にサインして、もう少し考えてみてくれ」
「いや、もう決めました。こんなチャンス、こちらも逃す手はないですしね。貴方の活躍はよく知っていますから。あのバカ騎士にもギャフンと言わせたいですし」
「サインこれでいいですか?」
「うん?。それでは拝見します、あと、ここと。ここにだ。ここちょっと筆圧が薄いね。書き直し、お願いする」
急に事務的な感じになった。
「やはり、即断だったな。流石、私の見込んだ男だ。良い性格をしている。実に私好みだ。では、これで君はワタシの仲間だ。よろしく頼む。後悔はさせても悪いようにはしない」
八郎太は最後に気になる言いようがあったことが少し気になったが、後は引けないので固い握手を交わした。
「では、あとでこの座標に来てくれ。データはそこで回収する」
「わかりました」
「私は戦果報告と君の転職手続きをしてくる」
「お願いします」
「では、な」
ラヴァリーは颯爽と去って行った。




