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ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第1章 塹壕令嬢

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16話

雑音混じりの声からはマッツの声が聞こえた。


「ラヴァリー!? 爆弾はどうにかなった。どこにいる?」


ヴァリアブルフレームの仮想空間内コックピットの中、数秒のノイズの後、低く抑えた声が聞こえる。


「真っ暗な、土の中だ。少し待ってくれ。ノイズが多くて聞こえないんだ。もう一度言ってくれ」


「ややこしいことになっていたのだが終わった」


「後で聞かせてくれ」


「了解した」


ラヴァリーの声はやけに落ち着いた声を自分が出していることに気がついた。だが逆に、その冷静さが事態の深刻さを物語っていることも理解していた。


ラヴァリーに通信が再び入った。


「ラヴァリー。他の者は?近くにいるのか?」


「皆、近くにいるはずだ。アルヴァはそばにいる。私をかばおうとしてくれた。音声は繋がらない。接触通信しか生きていないようだ。だが、バイタル信号を見る限りは無事だ」


「そうか」


「だが、他が応答がない……バイタル信号は見られない。アルヴァのように通信機がやられただけならいいが。エレベーター坑に逃げ込めらから。土砂が多少はマシだった。それで生き延びられたようだ」


「深いのか?」


「それほど深いとは思えない。長いスロープで緩やかだった」


「だが、捜索地域が広い、どこにいるかわからん」


「あの、手伝って頂けませんか? 手掘りしてますが掘っても掘っても崩れて、埒が明かない」


「通信が混信していて発信源を特定できない」


マッツの深刻な声が響く。


「あぁ……ラヴァリー、お前はどうやって通信しているんだ?」


「エレベーターシャフトの通信端子に割り込んで全帯域で送信している」


「ジャミングか何かの影響を受けて発信位置を特定できないようだが?」


「地下壕の最下層にいます。救助願います」


「時間はある。撤退命令と砲撃中止命令が出た。奴らは爆発成功したと思い込んでいる。馬鹿な連中だ」


「それはそれは」


ラヴァリーはほっと一息ついていた


「電波反応は金属が多いせいか、四方八方から跳ね返ってくる。これも位置の特定ができない。エネルギー反応も反響していて駄目だ。どのレンジでも反応がめちゃくちゃだ。ダメ元で何か音を出してみろ」


「VFのコックピットで叩いて金属音を出しているんですけど。聞こえませんか? 流石にVFの銃とか撃つわけもいきませんし」


「コックピット内で叩いても、通信上でしか聞こえん。外の連中も聞こえないと言っている」


状況が変わらないがマッツの落ち着いた声が心地よく感じる。


「塹壕令嬢さんや、どこにおられるんかい?」


割り込んできた通信があった。


その声にラヴァリーはふと眉を動かした。どこかで聞いた声だった。


「老兵さん?」


その時、ラヴァリーはバンカーで自分の機体の傍に座った老兵の姿を思い出していた。


「……その声は。いつぞやの老兵殿だな?」


「ほっほ、思い出したか」


通信の向こうで、くぐもった笑い声が響いた。


「久しいな、お嬢さん。挨拶もしたかったが、戦場では忙しくてな。同じ戦区だというのにすまん。」


「クスッ。いいえ。知っていればこちらからお茶会に招待したものを」


「ほっほ、それは惜しいことをした。


老兵の声はまるで戦場の轟音とは無縁の、穏やかな茶飲み話のように口調は軽やかだった。


「駄目だな。おおい、周辺の残骸回収業者を追っ払え。煩くてかなわん。なに? 回収できない分は保証しろだ? 行方不明者救出中だ馬鹿野郎って追い出しちまえ」


老兵が口調を荒げて仲間に指示を出す。


業者が退散しているのか車両や履帯の騒がしい音がした。


しばらくすると、音の質が違う騒音が発生していた。


その音はVFの足音であった。


「我々も手伝おう。最後に別れた位置なら案内できる。ラヴァリーさんの位置もおおよその位置もわかる。全員でやれば日暮れ前には何とか……」


軽口を言っていた騎士たちが合流してきたようだ。


「せっかく大戦果をあげたというのに……不憫なお嬢さんだな」


「あら、軽口を叩いている暇がおありでしたら助けて頂けませんか?」


「アルヴァ以外に、他の仲間に通信が繋がらないのだ。急いでくれ」


「目ぼしいところを掘るしかないか」


集まった者、総出で探索をした。


ラヴァリーは結局、日暮れ前に発見された。


土の中から光が見え、瓦礫をどけるVFの手が見えた。


掘り当ててくれたか。


「危ないところだった」


「全機体、発見した。損傷はあまり見られない。いまコックピットを強制開放する準備をしている」


背中のハッチを開き、狭いコックピットから数時間ぶりの自然の光を見て眩しそうに手をかざす。


ラヴァリーは深呼吸して新鮮な空気を吸い込み、安堵して微笑んだ。


「よかった皆無事ですか? みなさん、ありがとうございました。このお礼はいずれ」


大地に降り立つと、周辺の者にかしこまった礼をした。


「塹壕令嬢だと言うのに埋まってしまってどうする。お嬢」


「私だって好きでこうなったわけではありません」


「どこにいるかわからんかったぞ」


青いスーツを着たマッツが杖をついて近づいてきた。


「あら、貴方まで来てくれたのですねマッツ。幸運の女神に感謝を。実は酸素残量がギリギリでした」


「女神様は気まぐれだからな」


「ですので、ジョークを言って笑顔にして差し上げました。それの力あって助かったのです。ですが皆の力で私は助かりました。感謝を」


ラヴァリーは最初の方は冗談めかして話し、最後は神妙な口調であった。


「なんだそのジョークとは」


「淑女の口からは……秘密です」


「ラヴァリー」


マッツはラヴァリーの冗談紛れの言葉を遮った。その声は硬かった。


「見えたぞ! 最後の機体だ!」


誰かの叫び声が、埃っぽい空気に吸い込まれていく。


作業員たちの間に緊張が走る。すでに何体もの機体が、この崩落現場から引き揚げられていた。


最後の機体が掘り出される。


その時、マッツが秘匿通信で渋く話しかける


「良いニュースと悪いニュースがある」


「良い方から聞きましょう」


「コードは見つかった」


「それは喜ばしい。で、悪い方は?」


「コードは見つかったが、こちらの想像を超えていた」 


「そうでしたか」


外が騒がしくなる。


「悪いニュースは?」


ラヴァリーの問いかけにマッツは一呼吸置いた。


「ラーズが重症だ」


その言葉が耳に届いた瞬間、ラヴァリーの心臓は鷲掴みにされた。


全身を駆け巡っていた安堵の熱が、一瞬で氷のように冷えていく。


仲間の機体が見つかったと聞いて、瓦礫の下から掘り出された安堵が、音を立てて崩れ去った。


一度は抜け出したはずの、あの暗く重い空間に、再び引きずり戻される。


助かったはずなのに、また瓦礫の下に埋まっていくような、息苦しさと圧迫感が、ラヴァリーの全身を支配する。


安堵の掻き消され、再び闇に思考も感覚も飲み込まれていった


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