15話
砲撃が止んだ戦場は、まるで巨大な鋤で耕された畑のように抉り返されていた。
黒煙と砂塵が漂い、爆風の熱がまだ頬に残る。
その光景を見て、のっそりと現れたパワードスーツの騎士隊長が呟いた。
「こいつは酷い……」
他の騎士たちが新たな砲撃を警戒して装甲車内で身を小さくしていた中、その装甲車の荷台で騎士隊長は肩をすくめた。
「砲撃はひとまず止まった。お前たち見てみろ。良い畑になりそうだ。麦でも植えとくか?」
とジョークを飛ばした。
だが、笑う者は誰もいなかった。
笑わなくていいぞと誰だかわからない声がした。
「戦場における彼の冗談は、いつもタイミングが悪すぎるのだ」
と、その声は続いた。
八郎太は過去の仕事で身につけたスルースキルを発動させた。
「ラヴァリーさん、どこに……?聞いていたら応えてください」
八郎太は焦りを隠せない声で通信をした。
「通信を止めろ!」
割り込むように男の声が飛んできた。
「ラヴァリーの仲間だ。ラヴァリーに近づくな。その輸送車には爆弾が仕込まれている」
八郎太は思わず間抜けな声を出す。
「はっ……?アンタ誰だ? それに爆弾って?」
全体に緊張が走り八郎太の顔色が変わる。
「八郎太整備主任だな。既に会ってはいる。だが、そんな事はどうでも良い、ラヴァリーに近づいたら一定時間で爆発する。距離トリガー付きだ」
八郎太の脳裏にラヴァリーと打ち合わせをした時に居たロマンスグレーの男の顔が浮かんだ。
「渋い爺さんか?」
「それでいい。爆弾のことは理解したか?」
「爆弾、了解した」
「ラヴァリーに近いが、まだ爆発してない。爆発の周波数帯が土砂に遮られてるのか、それともこの辺に地雷処理用のナノマシンが多いせいか。だが、下手に信号を拾えば終わりだ」
「八郎太整備主任」
マッツの声が鋭く響く。
。
「まずはゆっくりと旋回して、来た道を引き返せ。それで取敢えずはラヴァリー達から離れるだろう」
「りょ……了解」
八郎太は緊張した声で答えた。
「工兵は近くにいるか?」
「わかりません」
八郎太がそう応えると、近くに来たパワードスーツの騎士が声をかけてきた。
「私の隊にいる。回す」
様子をうかがっていたパワードスーツ騎士は即座に手配した。数十秒後、装甲車が並走し、輸送車に1名が飛び移ってきた。
「乗せた。どうすればいい? 輸送車の中を探すか?」
「ハッキングして判明した。爆弾は車両システムに仕込まれている。下手に探してトラップにかかるのは避けたい」
「なっ……!じゃどうすれば」
八郎太はうろたえた。
「まず運転席そばの情報モニターを外せ。中央の一番でかいやつだ」
マッツは八郎太を無視して淡々と指示を出す。
「了解した!」
工兵は手際よく、マルチ工具を使ってパネルを外した。
「モニター、外しました。ケーブルの束が見える」
「おい主任、絶対に速度落とすなよ!」
マッツが静かに忠告する。
「絶対に落としません」
「モニター裏にトラップがある。間違えると爆発だ」
「そんなどっかの映画みたいな仕掛け……」
「本当だ。死にたくなければ邪魔をするな」
「……マジかよ」
「工兵、どうだ!」
「少し待ってくれ、今確認している」
「情報を送った。ケーブル情報を照合しろ。赤と青のケーブルがあるはずだ」
「またベタだな……本当にあるのかよ」
八郎太が半泣き声で言う。
「……無いですね」
工兵の声は冷静だった。
「それどころか、後付のケーブルが20本近く追加されています」
「……よし、プランBだ」
「ファ!?」
マッツと工兵のやり取りに耳を澄ましていた八郎太は、間抜けな声を出してしまった。
「アクセルを踏んだままにする細工をしろ。ハンドルも固定しろ。念の為に自動走行プログラムを走らせろ」
「ラジャリマシタ!」
マッツの指示に八郎太は即座に返す。
八郎太は震える手でフットマットを剥がし、ペダルにマットを引っ掛けた。
「リコール情報チェックしててよかったぜ。よし、これで踏みっぱなしだ……! ハンドルはシートベルトで固定だ! くそ、俺はいつから爆弾処理班になったんだ……」
「工兵、プログラムはどうだ!」
「完了しました。これでハンドルミスっても自動で直進します」
「俺ミスるの前提?」
「安全策だ。気にするな。輸送車から退避しろ。進路上の味方にも通達を。死にたくなければ急げ」
「おうともさ」
八郎太が飛び乗ると運転手に言った
「
「最後だ。離れていいぞ」
しばらくしてから、工兵は低く呟いた。
「……そろそろ壁にぶつかる頃だな」
轟音が戦場を揺るがした。
輸送車ごと爆弾と弾薬が爆発し、炎の柱が空へ伸びた。
「どんだけ積んでやがるんだ……弾薬まで混ざってたら被害でけぇぞ。あれに巻き込まれなくてよかったな」
八郎太がその光景を呆然としながら、その光景を眺めて呟いた。
「ざっけんな」
八郎太は今まで抑えてきた感情を爆発させ、虚空に向かって怒鳴りはじめた。
やがて、拳を握りしめ、身をかがめ、怒りを抱え込むように両腕をワナワナとさせていた。
そして、感情を爆発させた。
「俺は整備士だぞ。整備士に爆弾を輸送させるなんてことしやがって。仲間の機体を破壊するような輸送を!! ンバカなことに片棒を担がせやがって!! 完全にあったまに来た!! 俺は決めた! もう、愛想が尽きた!! 辞めてやる!! こんな連中の下で働きたくねぇ!! こうなりゃぁ、善は急げだ!! 皆さんありがとうございました!! この礼はいずれ! あ、この車借ります! ツケは整備部に! これから殴りに行ってやあるぅう!! フヤーフフヤー!! ヤー!! フゥハハハハ!!」
怒髪天を衝いていた八郎太は様子のおかしい人になり、騎士団の車両に飛び乗って、車を走らせた。
「忙しい男だ」
老兵が呟く。
「だが、あれで整備の腕は抜群だ。俺の支援機も世話になった」
「まったくだ。騙されていたとはいえ、余計なものを運びおって」
マッツが深く息を吐いた。
「知らなかったんだよぉぉぉ」
八郎太の情けない叫びが無線機に響く。
「ええい、無線でもやかましい男だ。さっさと行けい」




