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ヴァルキリー・アンサンブル 塹壕令嬢かくありき  作者: 深犬ケイジ
第1章 塹壕令嬢

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13話

 薄曇る乾いた空に、信号弾が一条の光を描いた。


その閃光が、煙の尾を引いて落ちてゆく地点へ、五体のヴァリアブルフレームが一瞬で集結する。機体を覆う装甲は、荒野を舞う砂塵をものともせず、ただひたすらに前へ、前へと突き進んでいく。駆動する脚部が岩を砕く。


電磁気嵐のスポットかジャミングが強い地域に入ったため、ラヴァリー達との無線は途絶えた。


無線に不具合が発生しても確実に味方と交信できるように、頭部の光信号が瞬いた。


「不満げに砲撃情報を伝えていた声だが、聞こえないと聞こえないで寂しいものだな」


ラヴァリーはそう呟きながら周囲を索敵する。


数分前まで聞こえていたマッツの不満げな声が途切れ、わずかな寂しさと不安感が胸に広がる。


その静寂を切り裂くように、先陣を駆ける仲間から簡潔な通信が入った。


「敵補足」


集結地へ向かう最中、不意に視界に入ったのは、乾いた大地に掘られた塹壕だった。


土埃の奥に隠された敵機を補足し、彼らの緊張が一気に高まった。


即座に搭載ガトリングで敵群の密集地帯に掃射。火花と破片が飛び散り、敵の軽装甲車を爆砕。


「左翼、制圧」と光信号を使い、味方にディースが通信する。


味方機は攻勢タイミングと判断して敵歩兵を次々無力化。


「右翼、クリア!」


移動戦闘の最中、猛攻に晒されながらもパティスは冷静に報告する。


小隊は隊列を崩さずに塹壕へと突き進む。


突然、背後で不穏な轟音。


ラヴァリーがセンサーを振り向ける。


「方角はあちらから、友軍発射だな……これは捕まったかな?」


機体のAIが警告をする。


「着弾まで10秒!回避行動を」


ラヴァリーが即座に指示を叫ぶ。


「最寄りの掩蔽壕へ退避!急げ!」


ラヴァリー達は全速で塹壕を駆ける。数発の砲弾が近くで炸裂、味方陣営からの砲撃が誤爆を装い至近で炸裂する。


衝撃波で砂礫が装甲を叩く。パティスの機体脚部に破片が命中するが修復システムが即座に作動する。


「損傷軽微、修復中、移動継続可能!」


ラヴァリーは100メートル先に、敵掩蔽壕に続く塹壕を発見する。


3発目の砲撃が背後で炸裂する中、塹壕を進み、5機は一斉に掩蔽壕へ飛び込む。


砂と岩が装甲を擦り、着地音が反響する。


掩蔽壕でラヴァリーの機体は身を低くし、掩蔽壕中央に仲間を集結させた。


外では砲撃により土砂が巻き上げられ辺りには黒い霧が立ち込めていた。


ラヴァリーは状況を確認する為に頭部からワイヤーを飛ばして仲間に接触回線を展開させる。


「全員無事か?」


各機が応答する。


『問題ない』


パティスは機体が損傷を受けたことを報告してくる。


「脚部修復中、残り5%、すぐ終わります」


「あとはアルヴァを待つだけか」


ラヴァリーは味方の状況を確認し、仲間の安否と戦闘継続に問題がないことに安堵する。


しばらくするとVFが、軽快な足取りでやってきた。


盾に紋章がないことから都市の騎士団に所属する部隊だと気がつく。


その中心にアルヴァ機がいた


「おう、援軍の塹壕令嬢さん。やっと会えたぜ」


「まったく、嬢ちゃんを拾って来たおかげで、遠回りしちまったぜ!」


アルヴァが他の騎士に軽口を叩かれながらも


「勝手についてきた」


と、状況説明をする。


その様子を見るに、アルヴァは彼らにやんわりとエスコートされ、行動を共にして集合地点まで来たらしい。


ラヴァリーはアルヴァは強いから護衛の必要はないのだがな、などと思っていたが、彼らに失礼なので口からは出さなかった。


「感謝する」


「ここからは俺たちだけで行く。あんたらはもう十分デカい戦果を挙げたんだ、少しは俺たちにも分けてくれよ」


次々に都市防衛の騎士たちが集まってくる。


「おや、お仲間が集まってきたようだな。では行くとするか。あんたらは早めに帰ってデザートでも食べて俺達の戦果を待っててくれよ。自慢したいからな」


陽気な言い方で軽口をよく叩くとラヴァリーは思った。


「それと味方の砲撃には気をつけな。紋章騎士より戦果を上げると、なぜか味方の弾が飛んでくるらしいからな」


彼らは我らを狙う砲撃に気がついているのか? いや、そもそも紋章騎士と都市の騎士は折り合いが悪いのかもしれん。


おそらくこれは戦場ジョークを交えた、ラヴァリーたちを気遣った言葉なのであろう。


「じゃあ、先に行くぜ!」


「ご武運を」


そうして、気持ちの良い連中を見送った。


ラヴァリーは見送ってVFの背中が遠くなってゆくのを眺めていた。


あのような連中が味方にいるのなら悪くないな、と思った。


その直後だった。


周囲の砲撃による爆発が起こった。


空を切り裂き、轟音とともに着弾する砲弾は、まばらで散発的な弾幕を描く。


その様子からラヴァリーは、功を焦った味方部隊が追撃を有利にしようと、無理に砲兵隊へ陣地転換を命じているのだろうと推測した。


「先ほど、見送った者達はすでに遠くか。これなら砲撃の被害を受けることはないだろう。それよりは我が身の、仲間たちの心配をするべきだな」


大きな爆発音があたりに響いた。そして、彼らが身を寄せていた掩蔽壕の近くの瓦礫が大きく崩れた。


そう思いあたりを見回すと砲弾の余波で天井のコンクリートにヒビが入っていた。


「耐えてくれるか?」


数発、もろに掩蔽壕に当たり激しい振動がラヴァリー達を襲う。


壁が崩れ、瓦礫が崩れる。


すると、これまで気づかなかった鉄の扉が姿を現す。


「掩蔽壕から地下壕に続く通路か?」


扉をこじ開けると、地下へ続く階段が現れた。


「ただの掩蔽壕じゃなかったのか。見落としていたな」


そこは、敵の地下壕の入り口だった。砲撃がさらに激しくなり、このまま掩蔽壕に留まるのは危険だと判断する。


「これではこの掩蔽壕は耐えそうにないな。地下に行ったほうが安全かもしれんな」


ラヴァリーは部隊に指示を出し、急いで地下壕へと避難した。


地下壕の通路には、半分ほど欠けた案内板が設置されていた。


罠、ではないだろうな。


一瞬、疑念がよぎったが、そういった報告は今のところないことを思い出す。


「まぁ、罠だとしても、地上にいるよりはマシだ。それに地下壕に広間がある。おそらく敵の退避壕だな」


ラヴァリーは地下壕の通路を奥へと進み始めた。


その瞬間、激しい爆発音が背後で響いた。


「やはり、耐えきれなかったか」


「退路が無くなりました」


最後尾にいたアルバが報告してきた。


彼らが地下壕に入り少し進んだあと、味方の砲撃が入口を直撃し、完全に破壊してしまったのだ。


さっきまでいた掩蔽壕にいたら、直撃は免れたかもしれないが、それでも相当な被害を受けていただろう。


「運がいいのか悪いのか…どちらにしろ、もう引き返せないな」


退路を断たれたことを悟ると、ラヴァリーは逆に安堵の表情を浮かべた。こうなってしまえば、もはや進むしかない。


ラヴァリーたちは奥へと続く通路に視線を向け、再び歩みを進めた。




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