12話
電磁気嵐が少しだけ力を弱め、戦場を飛び交う電波は良好な通信状態となった。
敵の砲撃は、混戦の中で自軍を巻き込む危険性を考慮し、砲撃を控えている。
一方、味方の砲撃は敵陣のさらに奥を狙うため、前進のために陣地転換中で砲撃を停止した。
「なんだ、敵のほうが慈悲深いのだな。味方まで巻き込むような砲撃はしないぞ。我らときたら、味方からの砲撃まで気にしなければならないというのに」
「いつだって、味方の無能な働き者は厄介なのさ」
呆れ気味に言ったマッツの声が、どこかの無線機を経由して、ラヴァリーの機体に届き、音声が再生される
その時、ラヴァリーの耳に全体通信が入った。
「敵が後退を始めた。前進せよ」
敵の攻勢限界から自軍が逆襲し、前線は優勢に転じていた。
功を焦った部隊が我先にと前線へ突進し、一帯は混乱に陥っているらしい。
敵の後退に伴い、味方は追撃を開始。砲兵隊は前線をさらに押し上げるため、砲撃を停止して陣地転換のために移動準備に入っていた。
鉄と硝煙の匂いが立ち込める塹壕の縁で、機械兵が頭を覗かせた。
攻撃が止んだことを察知したのだろう。
獲物を探すように、無機質な赤い眼光がちらちらと揺れ、点滅しながら蠢いていた。
その視線の先、荒れ果てた大地に立つ、一機の人型機械ヴァリアブルフレームを駆るラヴァリーが機械兵の塹壕に近づいていた。
「優勢になったと思えば僚機を自由にさせて」
「補給も終えたし、味方優勢ゆえに、個々に自由に戦わせて動きを見たいのだ」
「一人で前進するわ」
「たまには一人になりたくなるのだ。それに足元に歩兵がいないのは動きやすいのだ」
「でかい秘密の梱包品は持って行くわ」
「この展開なら使えるかと思ってな」
「それに、レールガンをなぜこのタイミングで使う? 適正距離ではないぞ?」
「特性は掴んでいるのだが……ただ、実戦で距離適正を見定めたくてな。ちょうどよい目標を発見したのだ。少し静かにしてくれ」
ラヴァリーの機体はショートレールガンを遠目の塹壕でハルダウンしている敵装甲車両へと撃ち込んだ。
だが、その弾は数発撃っても当たることはなく、大きく目標を外して大地を削るだけであった。
「威力はあるんだが、ここまで外すか。やはりショートバレルでは、ままならんな」
ラヴァリーは残念気味に呟くとレールガンを折りたたみ機体の腰裏に収納する。
「では、こちらはどうだろうか?」
ラヴァリーは興奮を抑えきれない様子で、歩きながら愛機に背負わせた巨大な梱包をパージした。分離ボルトが爆ぜる轟音と共に、それは大地に叩きつけられる。
「凄い音だな。重く、硬く、そして良い音だ」
コックピットの中でそう呟くと、ラヴァリーは機体を片膝立ちにさせた。
荒々しく梱包を解かせ、中から現れた鎖のついた巨大な錨を手に握らせる。
機体が立ち上がると、長く垂れ下がった鎖が砂煙を上げて引きずられていった。
ラヴァリーは鎖の先端に持ち替えさせ、機体にしっかりと握り込ませた。
そしてゆっくりと錨を振り始める。
垂れ下がった錨が地面を擦るたび、重厚な音を響き渡らせる。
当初は緩やかな振り子運動だったが、やがて回転運動へと移行する。
錨は空中に完全な円を描き、その回転によって凄まじい遠心力を生み出し、威力を溜め込んでいく。
機体の腕はしなやかに動きながら、その遠心力を完璧に制御し、意のままに錨を振り回していた。
機械兵が一斉に塹壕の縁から顔を覗かせ、ラヴァリーの機体にセンサーを集中させていた。
その瞬間、ラヴァリーは機体の膝を軽く曲げ、腕の軌道を変えた。
機体は溜め込んだ遠心力を一気に開放し、全身の力を鎖へと叩き込む。
振り抜かれた腕から放たれた錨は轟音を立てて射出された。
錨は、地表すれすれを滑るように突き進む。
地面を掠め、削り取るたびに鈍い摩擦音を響かせ、その速度と威力は凄まじさを物語っていた。
錨が塹壕の縁を直撃する様は、まるで重砲の着弾のようであった。
土砂と金属の破片が爆発的に舞い上がり、機械兵が逃げようと反応するも一体、二体、三体と数々の機械兵を巻き込む。
錨の軌跡が塹壕を薙ぎ払い、装甲がひしゃげる音が戦場に響き渡った。
機械兵の粘り気のある白い駆動液の光沢が荒野の土に飛び散る。
それはまるで戦場の雪のように舞い落ちた。大地に不気味な模様を描き、粉砕された機械兵は断末魔の電子音を残して機能停止した
ラヴァリーの機体は錨の初撃を終えると自らの機体を最高速で駆けさせ塹壕の縁に立たせる。
塹壕と塹壕の間に煙幕弾を発射すると鎖を一気に引き戻し、錨を空中から手元に戻らせ片手で受け止めた。
土と油と機械兵の白い駆動液にまみれた塹壕には未だに敵意を失わずに反撃を行う機械兵がいた。
攻撃は行われるも、小口径の銃弾は機体の装甲で弾かれ攻撃を無効化していた。
頭部センサーを狙う狡猾な攻撃もあったが機体の持つ楯によって阻まれる。
ラヴァリーの機体は楯の隙間から覗く頭部センサーから、冷たく光る捜査レーザーを塹壕内の残敵に照射する。
「対戦車塹壕イチ、機械兵塹壕ジュウ、大型車両用塹壕サン……指揮官型は最奥の塹壕か!!」
索敵のレーダーが塹壕内を走査している最中、肩裏のアサルトライフルのマウントが解除される。
機体は片手でアサルトライフルを掴み取ると、即座に咆哮を上げさせた。
眼下にいる機械兵を迷わず狙い、銃口を薙ぎ払うように掃射する。
その最中に塹壕の縁に立つラヴァリーの機体に対し、遠方の丘陵に陣取った機械兵が対戦車砲を構えた姿を捉えた。
不安定な瓦礫の上でバランスを崩しそうになりながらも、砲身をじりじりと動かしている。
その動作は、機械の正確さからは想像もつかないほどぎこちなく、何度も照準を合わせ直しては、微かに機体を揺らしていた。
まるで、照準ロックが定まらない焦りと苛立ちを隠せないかのようだった。
ラヴァリーの機体のAIによる弾道予測線と警告が表示されていた。
その弾道線を大きく揺らすたびに断続的に甲高い電子音が鳴り響かせた。
「警告を鳴らすなら鳴らしっぱなしにしてもらいたいのだがな」
わざと狙わせて安定した瞬間に撃つと予測して回避を狙っている。待機ついでに足元の塹壕を掃討
その様子を嘲笑うかのように、ラヴァリーは対戦車砲の射線に構わずに、なおも塹壕内に掃射を続けた。
だが、ラヴァリーは視線の端で対戦車砲を見続けた。
「ハハッ!!コイツは愉快だッ!! 怯えながら撃つとは機械のくせに生意気だ」
やがて、不安定な射撃配置から、なんとか安定させ撃ち出された砲弾が放たれた。
だが、ラヴァリーは機体を僅かに揺らして砲弾を避けた。
片腕のアサルトライフルを肩裏のマウント機構に収容した。
次の瞬間には機体の肩に装備する煙幕射出弾を発射し、即座に塹壕に飛び込み、残っていた指揮官型に手に持った錨を振り下ろし破壊した。
即座に周辺の機械兵を蹂躙して周辺の制圧を完了させ、また次の塹壕を目指す。隠れながら塹壕内を移動
機体は車両用の大型の通路がある塹壕内を駆け抜けていた。
残敵の攻撃を受けるも盾で防ぎつつ。マシンガンを乱射して牽制する。
錨を投擲しては拾い上げ、また投げる。
錨を回収すると、また駆け出す。
途中で空いた手に手短にある車両や対戦車砲を掴み片手で軽々と投擲しては敵を破壊する。
控えていた多脚戦車が迎え撃つが、正確な照準を利用して巧妙なフェイントを織り交ぜた機動で躱す。
指揮官機を仕留めると、ラヴァリーはトーチカ群の裏手へ回り込んだ。
砲撃を避けながら、出入り口に衝撃榴弾を投げ込む。
時間差で爆破させ、立ち込めた煙幕を盾に、別の塹壕へと飛び込んだ。
機動によって引きずられていた錨の鎖が、引っ張られ、激しく震えた。
その勢いを利用し、ラヴァリーは錨を空中に高く弧を描いて引き上げると、そのまま敵へと叩きつけた
「この程度の質量攻撃ではタンク型の上部装甲は抜けないか。まぁ当然だな」
ラヴァリーは砲の射線上からわずかに機体をずらすと、盾を構えて敵に突進した。
放たれる同軸重機関銃の射撃を盾で弾きながら、巧みに砲身をかわして戦車に横付けする。
盾を砲身に押し当て、突進の勢いで強引にずらす。
その隙に、もう片方の腕で砲身を抑えつけ、盾と一体化したパイルバンカーをタンクの砲塔と車体の隙間に叩き込んだ。
「これなら有効だな」
タンクの車体と砲塔の隙間に鉄杭がめり込み、多脚の脚は力を失い胴体を大地に沈めた。
ラヴァリーは次の装甲目標を見据えた。
「敵は多いな」
ショートレールガンを装備して次々に攻撃を加える。
「近距離でなら問題なく当たるな。使い所が難しいものだな。さて、お次は?」
高揚感に満ちたラヴァリーの視線が、一段と高くそびえる堡塁に定まった。
砲はすでに味方砲兵隊の攻撃を受けて破損し、煙を吹いて沈黙していた。
轟音を響かせながら大地を蹴ったヴァリアブルフレームは、一気に加速する。
その行く手を阻むのは、逃げ遅れたわずかな機械兵たちだ。
機体はアサルトライフルで掃射し、次々と敵の装甲を貫いていく。
背後には鉄屑と火花を撒き散らし、残骸となった敵兵が積み重なっていく
ラヴァリーは、陣地砲があった高みを目指し駆け上がる。
その様はまるで獣のようであった。
堡塁の傾斜などものともせず、ただひたすらに頂上を目指して疾走した。
その地域で最も高い堡塁を占拠したラヴァリーは、一瞬の静寂の中で状況を確認する。
遠くで舞い上がる砂煙が、敵の撤退を物語っていた。
逃げ遅れたわずかな敵兵を発見したラヴァリーは、追撃の好機だと即座に判断した。
「戦果拡大のチャンスだな!」
そう判断したラヴァリーは、すかさず周囲を見渡す。
前方に見える敵の少ない広い塹壕を見つけると、僚機を集結させるため、3発の信号弾を放った。
空を覆う電磁波の嵐の中、無数の電波が飛び交い、ぶつかり合い、静かな稲妻となっては消えてゆく。
その中で、3発の信号弾は薄雲に一筋の煙の線を描きながら、ゆっくりと上昇していった。
弾頭が炸裂すると、赤白青の光が空間に静かに灯り、煙を伴ってゆっくりと降り注いだ。
戦場は一瞬の静寂に包まれた。しかし、それは新たな嵐の前の、ほんのわずかな静けさに過ぎなかった。




