11話
「届けないとクビになんだよなぁ。なんとかして届けないと。でも、おっかねぇしなぁ。弾丸飛び交ってるしよぉ。砲撃も割と近くて弾着して、爆発の熱波を感じた気がする」
八郎太は戦場の熱気に当てられる。
まばゆい閃光が走るたびに、防弾ガラス越しにも顔に熱い爆風が吹きつけるような錯覚に襲われた。
実際には分厚いガラスが、そのすべてを遮断しているはずなのに、皮膚の奥からぞわぞわと沸き上がるような熱を感じる。
それは、恐怖が作り出した幻の感覚だった。
視界の端で炸裂する砲弾の轟音に、鼓膜が震え、心臓が跳ね上がる。
その度に、足元から地響きが伝わり、自分が乗っている車体が激しく揺れる。
まるで、爆発の衝撃が自分の肉体そのものに直接叩きつけられているようだった。
「これが戦場か」
彼は喉の奥から絞り出すように呟き、残骸が転がる通路の先を見て、汗ばんだ手でハンドルを強く握りしめた。
今や自分の命と正気を守ってくれる防弾ガラスが、女神が掲げる盾のように頼もしく思えた。
その向こうには、現実の熱を帯びた、無慈悲な暴力が渦巻いている。
「最新の戦況です」
八郎太は戦況ニュースを流す通信が耳に入ると通信機のボリュームを上げた。
「先ほど、わが軍の前線部隊が、ついに敵の主要な陣地を制圧しました。しかし、その報告から間もなく、新たな襲撃があり、戦闘が勃発している模様です。制圧された陣地の内部に、敵がその陣地に臨時の補給拠点を設営していたことが判明。わが軍がその補給所を確保しようとしたところ、取り戻そうとする敵残存部隊の反撃に遭い、激しい戦いが展開されているとのことです。現場の通信は混戦しており、詳細は不明ですが、この補給所を確保できるかどうかが、今後の戦況を大きく左右するものとみられています。電波状況次第ですが、引き続き、最新情報が入り次第、お伝えします」
八郎太はニュースで言っていた陣地に、そして補給所へと繋がる連絡路を走っていた。
電磁波の嵐が戦場を覆い、視界は白く揺らめ、通信は再びノイズに呑み込まれていた。
暫く進むと通路は様変わりした。
共用塹壕の底には、血と土が混ざり合い、赤黒い染みが命の残滓として広がっていた。
そのすぐ近くの幅1メートル強の人間用塹壕には、一般歩兵がライフルを握りしめて身を縮めていた。
一方、やや広い共用塹壕では、西洋騎士の甲冑を思わせるパワードスーツの騎士たちが、重厚な装甲を軋ませながら、銃や戦斧やバイブレーションソードを手に構えている。
突然、塹壕の縁を越えて敵の波が押し寄せた。
敵は生体コンピューターを搭載した機械兵、非装甲の機械兵士。
内部の生体コンピューターは電磁波の影響を受けず、恐れ知らずな突進をしてくる。
非装甲の敵機械兵は、樹脂製の人工皮膚で覆われた身体を表面は動く度に鈍く光らせ、短機関銃を乱射する。
戦場は一瞬で修羅場と化した。
「ここは俺達の陣地だ!さっさとくたばりやがれ!」
狂ったような歩兵の叫び声が響く。一般歩兵が塹壕からアサルトライフルを構え、火を噴いた。
硬いフレーム部分を弾く弾丸もあれば、フレームの隙間に命中した弾は白い液体を噴き出させ、不気味な光沢を放ちながら土に落ちていく
パワードスーツの騎士たちが雄叫びをあげた。多数で突進するパワードスーツのサーボモーターは唸り、隊長格の騎士が戦斧を振り下ろす。
機械兵の肩が粉砕され、白い血が弧を描いて飛び散る。別の騎士はバイブレーションソードを突き刺し、白い液体を撒き散らしながら敵の胴体を両断した。
「グレネード」
後方の敵を警戒して、味方歩兵が手榴弾を投げ込む。爆発が塹壕の向こうで発生して、土煙を上げる。
「ここはお俺たちの陣地だ!!さっさとくたばりやがれ!」
それと同時にパワードスーツの騎士たちが叫びあげた。
「チャージ!!」
少し大きめに見える西洋甲冑が突進する。
サーボモーターが唸り、騎士の装甲された脚部が土を蹴る。
だが、敵の機械兵からの手榴弾の投擲を受ける。
爆発の中心にいたそれぞれの兵士達は被害を受ける
破片に巻き込まれた機械兵の樹脂製皮膚がズタズタにされ、溶けたプラスチックのように垂れ下がる。
焼け焦げた臭いが立ち込め、叫び声が戦場に響く。
ある歩兵の顔は、皮膚が剥がれ落ち、骨と筋肉が露わになり、なおも短機関銃を握りしめて倒れる。
共用塹壕は血と白い液体の混沌に呑まれる。歩兵のライフルが唸り、弾丸が敵の群れを削る。
パワードスーツの騎士は、シールドで手榴弾の爆風を防ぎ、戦斧や剣で敵を叩き潰した。
機械兵の白い血と、歩兵の焼け爛れた樹脂皮膚が、土に混ざり合い、塹壕の底に沈む。
命の断片は名もなき残骸として戦場の土に刻まれる。
八郎太はその光景を横目に見ながらアクセルを踏み、猛烈な速度で離脱した。
しばらく運転すると戦いの音は遠くなり、目的地に到着した。
ゆっくりと辺りを伺いながら速度を落として停車する。
「ここが最終目的地で良いんだよな!!えっ? ひえっ!!」
輸送トラックを補給所に到着させた八郎太は何処からともなく飛んできた銃弾に襲われた。
敵の軽装歩兵と機械兵の乗る装甲車が強襲してきた。トラックは多少の装甲を施されているが戦闘車両ではなかった。
八郎太は焦ってアクセルを踏む。
タイヤは空回りして、車は土煙を巻き上げながら急発進した。
敵兵に取りつかれ、屋根に登られてしまう。
ミラーでその動きを確認し、慌てた八郎太は振り落とそうと右へ左へと、ひび割れた大地を蛇行する。
輸送トラックは次々に遭遇する敵兵が現れては襲われて、迷走する。
敵から発射される短機関銃の弾が車体を叩き、手榴弾の爆発により飛び散る破片が装甲タイヤを襲う。
八郎太叫びながら、必死のハンドル操作の中何処かにぶつかり無線機を押し、電磁波のノイズに乗って声が何処かに飛んでゆく。すると近くにいたパワードスーツの騎士が通信を送ってきた。
「ドライバー!! 速度を落とせ。援護だ! 我々が守る!!」
と、バイブレーションソードを握りしめて八郎太に近寄った。
彼らは共用塹壕の縁を跳び越え、荒野へ疾走する。焼けた大地と砕けた岩のを蹴り飛ばし進む。
サーボモーターの唸りが切り裂く。敵の軽装歩兵がトラックに迫る瞬間、騎士は戦斧を投擲。斧は回転しながら命中、樹脂皮膚の機械兵を叩き潰し、焼け爛れた破片が飛び散る。
機械兵が短機関銃を構えるが、隊長はシールドで弾を弾き、ヒートチェーンソードを振り下ろす。白い血が噴き出し、焦げては蒸発して機械兵は崩れ落ちた。
パワードスーツの騎士が走る輸送車に飛びついた。
運転席側の装甲ドアにしがみつき。八郎太に停止指示を出してトラックを停止させた。
運転手の八郎太が叫ぶ。
「助けてくれぇぇぇ!!」
「まずは速度を落としてくれ」
騎士は慌てる八郎太をよそに、落ち着いて取り付いていた機械兵に銃を向け敵を落とす。
白い液体が土に染みる中、輸送車から敵を叩き落とした。
共用塹壕では、一般歩兵が最後の敵をライフルで仕留め、乱戦が終わる。白い血と焼け爛れた樹脂の残骸が、塹壕の底に積み重なる。パワードスーツの騎士たちが剣と斧を下ろし、息を整える。
新たに現れた西洋甲冑風のパワードスーツ隊は速度を落としたトラックを守るように敵との間に入り、剣を掲げる。
「前進!敵を掃討せよ」
その声が、荒野と塹壕を響き渡り、生き残った歩兵たちに闘志を灯した。
八郎太はその光景を眺め怯えていた。我に返ると文句を言いだした。
「護衛のクソ騎士共、部隊ごと逃げやがって!! クソ、クソッ!! なにがカンタンな仕事だ。ふっざけんな!!お手当なんか成功報酬だし!! ヤバいだけじゃねーか!!」
ハンドルを叩きつけ怨嗟の声をあげた。
「落ち着け、ドライバー。敵はもういない。危ないところだったな。補給任務か?」
パワードスーツ騎士の問いかけに八郎太はうろたえ気味に答える。兜飾りの立派な事に今更気がついた。
「あぁ……助かりました。隊長さんですか? アリガトウゴザイマス。前線の部隊にお届けものなんですが。ワイルドハント部隊ってここいらにいますか?」
「あぁ隊長だ。ワイルドハントは先ほど補給を受けている様子であったが、すでに出撃している」
「自分で時間指定してたくせに、なんで受取に来ていないんですかねぇ?」
「状況にもよるが戦場でそれは難しいのではないだろうか?」
「代わりにワタシが受け取ろう、同じ担当区だから問題あるまい」
「そんなんありなんですか?」
「車内AIに聞いてみろ規約でも許されているはずだ」
確認したら問題なかった。
「では、共用品をお渡しします。ですがラヴァリーさんに直接渡すものがあるんです。こればっかりはご本人様でないといけないみたいで。サインをはい確認させて頂きます。オーケーです。ありがとうございます」
「ワイルドハント部隊だったな。彼らは突出して暴れまわっている。通信リンクが途絶えてから、それなりの時間が経っている。だが戦闘音は確認され続けているから生きているのだろう。俺たち、防衛隊が守っている区域に敵が少ないのは彼女達のおかげだろうな。お前さん、そこに行くのか?」
「あの襲撃で少ないですって? 俺民間人ですよ?整備士ですよ?死んでしまいます。ドンパチングしている所になんて行けませんよ。ワイルドハントが移動しまくるし、やっとここまで追いついたんです。戦闘があるところなんて行ったら、今度こそ、死んじまいます」
八郎太は襲撃された事を思い出して思わず声を出していた。
「とりあえず深呼吸をして落ちつくのだ。4秒吸って、4秒止めろ、今度は同じように吐き出して止めろ。それを繰り返せ」
八郎太は言われるままにした。すると気持ちが落ち着く感じを覚える。
「その輸送車では死ぬだろうな。無茶だ。ここいらに補給品を置いて帰るのではいかんのか? それにしても、君のような者が何故に戦場輸送などを。専門業者がおるだろうに」
「俺、本当は整備士なんです。でもドジって、それがお貴族様にも伝わっちゃったらしくて、罰なんでしょうね……ワイルドハントに直接渡せと命令書が出てまして」
「なんと愚かな、誰だそんな事を言う愚か者は」
「防衛隊のフォーヴェルさんトコなんですけど」
「あ、や、つ、ら、か……」
怨嗟の声に聞こえた八郎太は察して思わず内なる声を口から放っていた。
「ここでも評判が悪いんですね」
「ブハハハ!! 他所では言わないほうが良いぞ。君」
「あ、また声に出てた。最近多いんです」
「危険な兆候だ。疲れているのだろう。注意しろ。そういう時ほど死神が寄ってくる」
「はい。気をつけます」
「そうしたまえ」
パワードスーツの隊長である騎士がそう言うと、同時に敵地の奥で砲撃による数発の連続した爆発が起こる。
「陣地転換を急ぐあまり、戦果を焦った砲兵がいるな。敵陣に雑な砲撃をして。統制が取れておらんな」
騎士の砲兵隊への文句が言い終わるなやいな、八郎太は己のすべきことを言う。
「やっぱいくのおっかねぇ。なんとかして彼らに連絡つきませんか?」
「無理だろうな。電磁気嵐が酷く、砲撃により煙が立ち込めている。電波も光もレーザーもこれではな。そもそも、距離が離れすぎている」
「そ、そうですか」
うろたえ気味に八郎太が答えると騎士から激しい音が鳴り出した。
「うん。ほう……そうか。君、手はあるぞ。今、防衛から攻勢へと命令が変わった。戦線を押し上げ我らも前進する。我らは突出した彼らに合流する。君も来るか?」
「ワイルドハントに通信がつながったら安全地に彼らを移動させる。そこで補給を渡して、それでよいか?」
「はい。感謝します。お願いします」
「うむ。では行こうか。部隊の中心にいればそうそう敵に襲撃されることはない。護衛の小隊も付ける、安心して付いて来い」
騎士はトラックの外部装甲を叩き発進を促した。
八郎太は辺りを間抜け顔で見回す。
しばらく戦場風景を眺めていると騎士の短距離通信がトラックで受信される。
「征くぞ、我が仲間達よ。ワイルドハントだけに活躍させるな。これでは都市防衛隊の名折れだ。気合を入れろ。諸君、英雄になりに行くぞ」
騎士は檄を飛ばし終えると激しい砲撃の音が響く中、部隊を率いて前進を始めた。




