10話
鈍い爆発音が響く。
遠雷のようなそれは、味方砲兵隊が放つ移動弾幕射撃の着弾音だ。
だが、その音は途切れがちで、本来なら鉄雨となり、塹壕前を煙柱のカーテンで覆うはずの砲撃が、まばらに、そして不規則に着弾していることを示していた。
「下手な仕事は許容できない。予測がずれる。それに一斉砲撃すら出来ないとは。酷いものだな。だが、前衛部隊の大半が敵に取り付いた。これからは敵陣奥への砲撃となるはずだ」
相変わらず下手な砲撃は続き、それを伝えるマッツの声は不満げであった。
「ラヴァリー。移動して敵を叩け。味方から狙われる前に大きく移動しろ」
「了解したマッツ。確かに味方の砲弾は敵地奥へと飛んでゆくな。誤射の確立はかなり低くなって、自由に戦えそうだ。聞いていたな」
各機体から戦術リンクで肯定のシグナルが入電する。
「各機散開、戦場オーケストラを敵に聞かせてやれ」
ラヴァリーを中心にした陣形から離れた各機体が自由に動き始める。
ラヴァリーは、30mmのアサルトライフルの轟音をティンパニに、5.56mmをスネアドラムに見立てながら、不協和音のシンフォニーを奏でた。
彼女達の操縦する人型兵器は、破壊と創造の二重奏を奏でるかのように、敵を次々と残骸に変えてゆく。
彼女の口からこぼれたのは、どこか場違いな陽気なハミングだった。戦場の混沌としたハーモニーと、人型兵器を介した彼女の歌はひどくちぐはぐに響く。しかし、その歌は、圧倒的な破壊の中で新たな秩序が生まれることを示唆しているかのようだった。
マズルフラッシュや爆発の炎は彩る花火のように華やかだった。
飛び散る残骸はいかにも前衛的なオブジェとして大地を飾る。
それは恐怖や苦痛とは無縁のただ計算と効率が生み出した、無慈悲で無機質な美であった。
彼女は歌たい続け、敵機はグロテスクな残骸へと変わり、幾度も敵を屠り、破壊と創造を演出する。
それが彼女が指揮する戦場オーケストラの姿だった。
「んー? 何かメロディイラインが違う感じだな? いや、私の指揮がズレている感じか? 昂り過ぎたかなかな? ならば」
ラヴァリーはある特殊な一定のリズムによる呼吸法で精神を落ち着かせる。一瞬のリラックスを終えると記憶にある歌のドコが違うか疑問に思っていた。
だが、答えが出ないのですぐに戦闘中の緊張感を取り戻し、次の敵の動きに思考を巡らせる。
両腕に装備されたアサルトライフルは軽快な音を叩き出し続けている。
4メートル級人型兵器ヴァリアブルフレームの6機が戦場を人型兵器用の銃を連射して疾走する。
数々の敵を倒してゆくと警戒され注意を引いたのか敵の群れが四方から迫る。
生体コンピューター搭載の機械兵は、鈍く光る装甲で突進しては白い血を流し、その非装甲の樹脂製の人工皮膚を撒き散らして、破壊されてゆく。
敵陣を蹂躙する4メートル程の人型兵器は、まるで俊敏な獣のように戦場を駆け抜ける。
その四肢は驚くべき運動性を発揮し、小さな塹壕など、まるで障害物ではないかのように軽々と飛び越える。
飛び越えている間、アサルトライフルは火を噴き続け、塹壕に隠れる敵を掃射する。
敵の無骨な機械兵たちは対処のしようもなく、頭上から降り注ぐ弾丸の豪雨で、ただの鉄屑へと成り果てていく。
さらに、巨大な塹壕へと身を躍らせると、複雑に入り組んだジグザグの通路を滑るように移動する。
突如、塹壕の遮蔽物から数機の多脚戦車が現れた。
先頭を進んでいた機体が即座に牽制射撃を行いながら肉薄する。それに続く僚機たちも各々の近接武器で攻撃を仕掛けた。
鉄杭が敵を貫き、鉄槌が装甲をひしゃげさせ、赤く光る剣が装甲の薄い箇所を両断する。
対装甲機が随伴兵に銃撃されるが、左腕のパイルバンカー搭載のシールドを構え、短機関銃の弾丸を受け流し、センサーを守る。
遮蔽物を乗り越えて進むと、敵戦車を発見する。それはサイドアタックを全く予期していなかった奇襲となる。敵戦車は車体を障害物に隠蔽し、砲塔を前方に構えてい発砲していた。
敵戦車は強襲に気がつくと慌てて後退し始め、塹壕を乗り越えて砲塔を旋回させていた。
その無意味な行動を嘲笑うかのように、人型兵器は一瞬にして懐に飛び込む。そして、その無防備な側面に容赦なく鉄杭を突き立て、内部まで貫通させていく。戦場を縦横無尽に駆け巡り、敵の意表を突き続けるその姿は、まさに戦場の狩人のようであった。
「砲撃はそれほど心配しなくてよいとはいえ、戦場を大きく動くから、敵との接触が多くて忙しい」
「味方からだいぶ突出している、通信を中継する味方部隊が遠くなり、切れ始めるから注意しろ。それか一旦戻るか?」
マッツはラヴァリーに問いかけた。
「了解した。そうだな、残弾に余裕のあるうちに引き返して、補給をしときたい。いい頃合いか。後退を始める」
「ナビを送る。進軍した経路とは別に進むことにしろ」
ラヴァリーは送られてきたデータを確認した。
「随分と距離があるが……この経路がオススメなのだな」
「あぁ、砲撃が正確な連中を見つけた。こいつらなら砲撃精度が良いから弾着予測が楽になる。そこを通れ」
マッツの提案でナビゲーションにルートが表示された。
「では、その砲撃隊に感謝して進むことにしようか。聞いているな、諸君。牽制攻撃後に後退する」
各機、正面に数種類の手榴弾を投擲して後退を始める。
いくつかは爆発して破片を撒き散らし、また、いくつかは煙幕を展開させた。
移動しながらも射撃型の機体はガトリング砲を回転させ、牽制射撃を始める、敵随伴兵を薙ぎ払い後退を始めた。弾幕が樹脂皮膚を裂き、焦げた破片が土に飛び散る。
近接装備を持った機体は左右に展開、煙幕弾を発射。白い煙が戦場を覆うが、テラヘルツ波や熱探知センサー等の複合センサーで敵を捕捉しては撃破してゆく。
だが、そんな快進撃を続けるラヴァリーたちの、もうひとつの敵は別の場所にいた。
煙幕の中、遠くで金属の激突音が響いた。
味方陣営からの砲撃、ラヴァリー達を誅殺するため、司令部から誤爆を装った砲撃が戦場に降り注ぐ。
その砲撃の指示は電磁気嵐で乱雑になり、リアルタイム補正が効かない。進路予測にことごとく失敗し苛立った司令部は、さらなる乱雑な指示を飛ばした。
ラヴァリーたちの機体を狙い、砲弾の群れは唸りを上げて発射される。
だが、砲煙や土砂の巻き上げられる中、ラヴァリー配下のマッツが司令部をハッキングして、様々な味方の中継機を経由して、ラヴァリー達に連絡される。
連絡を受けたラヴァリーたちの動きはさらに速くなっていた。
進路を瞬時に変更して6機は電光石火の速さで荒野を疾走し、砲撃の着弾点を回避する。
その着弾は至近弾には到底ならなかった。
司令部の焦りが生む乱雑な予測を嘲笑うかのように、彼らは予測不能な軌道で荒野を駆け抜ける。
「今のは露骨すぎやしないか? 一応バレたら軍法会議者だろうに……そのリスクを取ってでも私を消そうとするか……面白い!!」
誅殺を狙う者がラヴァリー達の進路を予測し、砲撃を仕掛ける。だが、送られてくる情報で敵の意図を把握した。
短距離電波通信で味方支援機に信号を送り、即座に応答、煙幕の展開を調整。
6機は砲弾が発射される前から着弾点を把握し回避し、荒野を縦横に疾走した。
ラヴァリーたちから、だいぶ離れて砲撃が炸裂する。
巻き込まれた機械兵が爆風で吹き飛び、樹脂皮膚が焼け爛れて溶け、白い血と焦げた破片が土に混ざる。
鋼の戦士たちは戦場の中心で戦果を拡大させていき、味方からの悪意を嘲笑うかのように後退していった。




