09話
前進するラヴァリーたちの前に移動弾幕砲撃の支援弾が降り注ぎ、その砲撃の効果で土煙が上がり進軍するモノたちの姿を隠す。
電磁波の嵐が酷くなり戦場を覆い尽くす、視界は嵐の影響で大気中のナノマシンがうっすらと発光し白く霞んでいた。
外気から吸入される空気は焼けた金属と焦げた土の匂いで重く不愉快で、通信は途切れ、電子機器は悲鳴のようなノイズを吐き出していた。
「エアフィルターを作動させたいがこうも見えづらいとな。嗅覚による違和感も馬鹿にならない。敵を発見するセンサーとなるしな。このままで行くか」
ラヴァリーは次の塹壕に到着する。
「機械兵に無駄玉を使うなよ。後続の部隊に任せておけ。対戦車装備のやつだけは入念に5.56mmを叩き込め!!」
そこに足を踏み入れる際、残骸を踏まぬように慎重に巨大な足を動かした。
だが、戦闘の混乱はそんな配慮を容易には許さない。
突如として鉄と油の強い匂いを感じたラヴァリーは警戒を強めた。警告が鳴り響き、振動センサーは敵を予測していた。
霧の向こうから迫る多脚戦車が出現した、それは六本の鋭い脚を振り回し、地面をえぐりながら突進してくる。
ラヴァリーは装備している銃火器から30mm弾丸の雨を浴びせ、多脚戦車の装甲を叩いては、周辺の随伴する機械兵の薄い装甲を砕き、破片を塹壕に飛び散らせた。
装甲に弾かれる弾丸の様子を見て、すぐさま片腕のアサルトライフルをショートレールガンに持ち発砲する。
レールガンの弾頭は雷の残光を走らせ多脚戦車の装甲に吸い込まれてゆく。多脚戦車は数秒後には火を吹いて撃破判定を下される。
「やはりそれなりに使えるな」
ラヴァリーが呟いた、その刹那
共用塹壕の底で、何か赤黒いものが宙を舞った。人間の兵士が、別の機械兵の鋭い腕により切り裂かれたのだ。血と肉が土に混ざり、粘り気のある染みが塹壕の壁を汚した。
装甲兵器の巨体が盾となり、生身の兵士たちが機械兵の群れに立ち向かう中、共用塹壕の底には、名もなき命の残滓が静かに沈殿していった。
センサーはその光景を記録した、ありのままに処理した。かつて生きていたものが、今は形を失い土と混ざり合う、それらを戦場の無常な事実として記録媒体に刻みこんだ。
戦場の風は、鉄の匂いと消えゆく命の断片を運び去る。兵士たちは、ただ使命を果たすため、次の敵へと照準を合わせた。
ラヴァリーは4メートル程の体高を塹壕から少しだけ覗かせ、巨大な鋼の脚を塹壕の縁に沈め、ずしりと地面を震わせていた。その装甲は無数の傷で刻まれ、電磁波の干渉で装甲は帯電し、頻繁に電撃が弾けていた。
それでも、頭部の複合光学センサーは赤く光り、敵の機械兵の群れを捉えていた。
共用塹壕には人間と装甲車両や人型兵器が混在して戦闘に備えていた。両者は相互に欠けている能力を補完するために、鋼と肉を交錯させるように動きを止め、次の地獄を待っていた。
「一瞬、戦術リンクから外れたが、問題はないか?」
「スモークが焚かれた。そのせいだ」
味方が撒いたジャミングスモークによりマッツが繋いだ通信が一瞬途切れていた。それを確認するとマッツからの通信は無言になった。
通信網は網の目のように兵士や味方兵器の通信に忍者のように潜り込みラヴァリーたちに戦場で必要な情報を提供していた。だが、それはリレーのように点と線を結んでいた。どこかでその見えない線が切断されるたびに通信は途絶える。
ラヴァリーはレーザー通信で僚機に話しかける。彼女は戦闘中、強化兵たちとよく喋る。
「今日の調子はどんな具合だ?」
問いかけられた仲間たちは簡潔に質問を返す。
「たまには異常無し以外で返して欲しいんだがな」
予想していた返しでラヴァリーは微笑した。
いつだって問題はない。強化兵は闘争を求める。脳裏に仕組まれた命令が彼等を戦いの狂気へと誘う。
乾いた大地を震わせる砲声が、連続して空気を叩いた。遅れて、衝撃が地表をめくり上げる。轟音と黒い土砂が吹き上がる。
人型兵器ヴァリアブルフレームは滑るように爆炎の柱の間を駆け抜ける。駆動音が黒い霧の中に鋭く響き、爆風に煽られボロ布ように揺れる煙を割って前進する。
外装に当たる砲弾の破片が火花を散らし、機体を移動させる度に地面は抉られ瓦礫の破片が飛び散る。脚は地を蹴り、次の機動を生む。走り跳び、塹壕に飛び込んでは塹壕の縁を蹴り、また飛び出しては駆け抜ける。
その度にラヴァリーの機体は背中に背負った強化繊維の布の塊を土で汚していった。
崩れかけたコンクリート壁を踏み台に、濁った煙の中で人用の塹壕をを飛び越える。着地と同時に、再び次弾が背後を打ち抜いた。
遅れれば即死。味方指揮所にハッキングを行いマッツから送られる砲撃の情報を得て弾着演算が行われる。
それを告げる警告は操縦席で鳴り続ける。
連続の着弾が周囲を包囲するように降り注ぐ。前進路を塞ぐように砲弾が地表を割り、爆煙と炎の柱を作り出す。
その瞬間、ラヴァリーたちの機体は方向を逸らさず、まるで前方に空いた爆心地へ飛び込むように疾走する。
後方に砲弾が降り注ぎ爆発する。視覚センサーが爆風と電磁気嵐の影響でチラついては白飛びし、音響センサーが爆音で麻痺する。
機体は最小限の角度で機動を変えて、破裂した砲弾の破片の雨を滑らせるようにして抜けていく。
背後で爆炎が牙を剥いても、機体は振り返らない。
煙と霧の切れ間を縫い、残骸の間をすり抜ける。
前方に見えた、焦げた破壊された敵車両の山が行く手を遮る。通常なら減速を強いられる障害物。
しかし、機体は迷いなく踏み込み、装甲を軋ませながら跳躍。車両の屋根をかすめ、空中で体をひねり、着地の瞬間にはすでに加速し駆け抜けていた。
ヴァリアブルフレームにとっては、小さい数メートルほどの幅の塹壕を飛び越え、大地を蹴りVFが疾走する。
ラヴァリーの操縦する機体は無数の銃弾や砲弾が飛び交う塹壕を強行していた。
「右前方4時方向、敵反応! 塹壕分岐点注意」
その僚機の通信は戦場での不確定要素が生み出す摩擦のひとつである、至近弾の爆発音により、ラヴァリーには届かなかった。
塹壕戦での戦闘はVFにとって不利な状況だ。トーチカや塹壕の作りは視界を遮り、敵の奇襲を許してしまう。
それを防ぐために、ラヴァリーは煙幕や砲撃による妨害で敵にブラインド状況を一時的に発生させ、機動力を活かし敵の増援前に装甲目標を撃破し強襲突破し、後方から迫る味方に残敵を任せ掃討する。
先方となるラヴァリーたちが、対抗準備の整えられていない敵の後方塹壕へ、更に進み襲撃した。
ラヴァリーは敵の混乱に乗じて戦果を拡大させることを狙っていた。
今回は見込みが甘かった。見落とした対戦車兵の攻撃を食らってしまった。
僚機からの警告に、ラヴァリーは即座に機体を滑らせる
塹壕の分かれ道で敵反応を感知。機体を滑らせるも一瞬の遅れだった。
「RPG!!」
ラヴァリーは僚機に、そして自分自身に対して警告した
塹壕から放たれた対戦車ロケット弾が、まっすぐにVFへ向かってくる。光学センサーと弾道予測AIがはすでにその攻撃を捉え、ロケット弾の軌道を示す光のラインが浮かび上がる。
ラインは機体の胴体に刺さっていた。それは貫かれることを意味している。
だが、ラヴァリーは迷わずシールドを掲げ防御姿勢を取る。
飛来する弾がシールドに激突した。RPGのメタルジェットがシールド装甲を貫き破孔が作られる。
だが、新たな予測AIはそれも想定済みだった。シールドは貫通されたが、その後ろには機体はすでになかった。
ラヴァリーは予測ラインから機体をずらし、体裁きでメタルジェットを避けていた。すぐに5.56mmで反撃に転じて塹壕に潜む敵機を粉砕した。
「運良く損傷を軽微に抑えることが出来たが……迎撃装置を検討せねばな。そうそう何度もしのげないからな。対戦車兵が少ないと報告を受けていたが、やはり当てにならんな」
そんな、ラヴァリーの反省を他所に砲撃は無慈悲にラヴァリーたちを追う。最初はラヴァリーたちを誘導するように援護の弾幕砲撃として前方で爆発をしていた。
だが、敵を狙った砲撃は誤爆を装いラヴァリーを亡き者にするため砲撃へと変わっていった。
味方陣地からの火線は至近弾が増え始める。司令部が命令した砲撃指示はラヴァリーたちを襲い始め、機体の盾や装甲板に音を立てた。
ラヴァリーの機体が塹壕を飛び越える瞬間に兵士たちの通信が紛れ込む、それはいつもと違う弾幕砲撃に違和感を覚える言葉だった。
ラヴァリーはモニターに表示される、塹壕の味方が近すぎる弾着を不安げに見守り、自分たちの上には降り注がないでくれと祈りの言葉を唱えるのを見た。
ラヴァリーたちの疾走は止まらない。機体のAIは新たな弾着を予測し、次の進路を指示する。
衝撃と爆炎の合間を人型兵器は、ひたすらに駆け抜ける。




