バカキングと戦略女王
ナターシャ視点
私はトウマとのやり取りを思い出す。
紙に書いて渡されたメモ。何故彼は普通に言葉で伝えなかったのか。
書いた内容が的を得ていたからだ。
テンプテーションを使える敵なら、もうこの国の男は操られてる可能性がある。
これを読んで私は早速、テンプテーションを受けているであろう兵士を調べあげ、トウマに付与魔法を事前に掛けておいたのだ。
「上手く行ったね。でも良く分かったね、普通気が付かないよ。」
私は彼を激励した。トウマの読みが無ければ、首を刎ねられていたのは私だったろう。
私はエリーゼの顔を一瞬見つめ、直ぐに逸らした。
罪悪感からだろうか? 前の私なら敵の死など興味すら抱かなかったのに……全ての仲間を失い…そして…トウマが生き残った。
今では敵の命すら惜しく感じる。感傷に浸る私に彼が声をかけてきた。
「最初に会った時兵士が、兵隊長操られてるって、言ってたろ? テンプテーションの話聞いたら、実際操られてたのかもって。」
「凄い!」
私は声を高らかに上げた。周りの兵士が私の声に反応して、顔をこちらに向ける。
ふん、役立たずね……トウマの活躍に比べたら…比べるのも失礼ね。王様も操られてたなら、報酬は貰えない訳か。
無駄な仕事したわね。
嘆きつつ、彼の話に耳を傾けた。
「それと王様が、俺に能力高いね、報酬上げるなんて言ってたが、あり得ない。」
トウマが肩をすくめて続けて話す。
「金持ちは汚いんだ、自分から報酬あげるなんていうほど出来た人間なら、そもそも最初の毒蝮村だって、王様がきちんと保護しないってのは、辻褄が合わない。」
……そうね。もし王様が聖人なら村に戦いの跡が残ったり、もしくは、その村の事を聞いたりもしないわけがない。
報酬……良すぎると思ったけど、トウマはその先を洞察してたのね。
「これは操られてるなと、兵隊長と絡めたんだ。」
「なんだか、人の心理を見抜いてるわね。」
彼の服についた兵士と戦った返り血の匂いが鼻を掠めた。
賢く、それでいて強さを併せ持った歴戦の戦士に思えた。
「でもさ、疑問あるのよね…なぜ大臣は操られてるのに、テンプテーションの技をわざわざ、私たちに話したのか?」
私は手を顎に当て、首を傾げた。
四天王が知り合いのエリーゼだった。そう…彼女はバカではないはず。
私はその答えを求め、トウマの瞳を真剣な眼差しを向ける。
「言いたくて言った訳じゃない。その理由は女性は操れないからさ。周りに噂好きな職業、メイドがいたろ?
能力の嘘をつけばすぐバレる。やむを得なかったのさ、敵さんは既に追い込まれてたのさ。」
「トウマ…カッコいい!」
「惚れた? 良いよ、俺はいつでも捨てる覚悟ある。」
「あの…見直すと必ず変な事言うの……辞めて下さい。」
私は悲しみに思わず肩をすくめる。
「いや、もう惚れたでしょ?」
「あり得ないんで。でもその兵士の発言良く覚えてたね。」
私は話題を逸らすように彼を褒めた。しかし、帰ってきた言葉は、私の期待をぶち破るものだった。
うん、女性の話してないか、常に取り逃がさないように目を配ってるのさ。
…きっも!
私は怒りで言ったのではなかった。あまりに辛くて言わざるを得なかったのだ。こんなに頼りになるのに、女好き過ぎてその嘆きで……涙さえ出そうになっているから。
まるで、彼の言う事は……傭兵が村を救ったのは女性目当てだと平然と暴露するようなものだ。
「バカと天才は紙一重って言うけど…トウマはまさにバカキングね。」
「なっ…なんでだよ! 天才で良いじゃん。」
彼が顔を膨らませて唇を尖らして、不満そうな顔を私に向ける。
「バカの王様よ。天才なんてトウマには似合わないよ。」
「王様か…悪い気はしないな。」
思わず彼のプラス思考の発想に思わず笑みが溢れた。
「本当トウマって不思議な人ですね。」
「不思議だろう? その不思議を解き明かす為に一夜を共にしてみないか?」
「ブォェ! 目眩が…誰か助けて〜。」
「えっ? 俺なんか変な事言った? ふふふ、ナターシャも不思議な人だね。」
「全然不思議じゃないです。異常なこと言いました。もっとあの…距離感を学んで下さい。」
「距離感を? どんなプレイかな?」
「違います! あの、性欲から離れろと言いたいです。」
そう、トウマはそれさえ無ければ、大切な仲間になれる。
……そう恋人に…はあり得ないけど。
「分かった、とりあえず性欲から離れよう。それで……この後どうする?」
彼がエリーゼの死体の方を振り向く。けれどそこには彼女の死体はなく、跡形もなく消えていた。魔族は死ぬとある場所に、魂が運ばれるのだ。
冥界と呼ばれてるが、一部の者のみ別の名で呼ぶ。
その名も蠱毒の深淵…ソウル・ヴォール。
私も死ねば……そこに移る。ゾッとする…死を恐れてないはずなのに…ね。
でも例外はある。魔族が化け物にされたら、あそこに行かず魔王に取り込まれた。法則すら無視するほどの力。
もしかしたら別の魔王が異世界に行きたがってるのは、ソウル・ヴォールに行きたくないからかもね。
「そうですね、四天王を全員倒して、魔王を倒して、魔王軍乗っ取りましょう。」
上手くいけば軍を再編成出来る。希望が見えた気がした。
「…急に…スケールが大きくなったね。でも四天王いない、魔王いない、そんな魔王軍なんか必要?」
確かに……ここにたむろしてる兵士の役立たずさを見ると…少数精鋭でも良い気がしてくる。
「なら、トウマは何か作戦あります? これからのこと。」
「決まってる…俺たちで子供作って最強の部隊…。」
彼の言葉を遮って、私は手に魔法のエネルギーを貯めた。
「死にます? この場で?」
「ああ、ごめん…それと時間かかるもんな。だとすると…四天王を仲間に率いて、魔王も仲間にするのは?」
「ふぅ〜やっとまともになりましたか。しかし、それはどうやって?」
「テンプテーションで、魅了するのさ!」
「その使い手の四天王、あなたが殺したじゃないですか。」
そもそも魔王にテンプテーションは効かないのです。
防御壁で自分より格下の魔法は通さない。
もっともトウマの力なら貫通するでしょうけど。
魔法の使えないトウマに言う必要もないでしょうけど。
「そうだった! やはり生かしておくべきだったな。」
「生かすのは危険でした。あなたが魅了されたら、大変じゃないですか。」
「そうだね…ってなると…魔王を倒して、人間と魔族両方の軍を作るか。」
「そもそも魔王軍私達で潰せるなら、軍も必要なさそうですけどね…よく考えると。」
「だな…恐ろしいね…俺たち。」
「はい。」
恐ろしいのは、あなたの性格も込みで頷きましたけどね。
真面目な振りして、変なこと考えるあなたは予測不可能です。
「つまり…それほど強いなら…法律を変える事も可能…だよね?」
「……なんか嫌な予感がします。とっても…邪な考えが浮かんでそう…口にハンマーを突っ込みたいです。」
それは……最強の力を得た王様が法律を全て決める世界にしようとでも、彼は考えてるのでは?
「戦争禁止にする法律を作れるよね?」
「えっ? 私の聞き間違いですか? 今なんて?」
すみません……トウマのこと誤解してました。でも信じられなくて私は、彼の真意を問いただす。
「だから、戦争禁止にして重婚制度を…って何その表情?」
ため息を吐き、予想通りだと彼に軽蔑の眼差しを向けた。
「あの…そんなに女性はべらしたいんですか?」
「いや…ナターシャが好きな人いたら、重婚制度有れば、俺選んでも良いじゃん?」
彼は一体何を言ってるのだろう? もしかしてわざと揶揄ってるのでは?
トウマってそうね……フィアンセを揶揄って怒らせ、殺される情けない人のようね。
「好きな人いませんし、重婚なんか女性は、そんな愚かな制度望んでません。」
好きな人と何人も結婚を望む女性は、殆どいないのよ、トウマ。いないとは言わない。
彼のような勘違いする人は、自信がないんだ。
他の男にどうせ取られるとか、無用の心配して自分を追い込む。
「本当? 俺だけを愛してくれる?」
「…あなただけを嫌う事を誓います。」
「ガーン! 女性用テンプテーションを編み出すしかないのか…くそっ!」
「こっわ! 本当思った事、すぐ言うの辞めた方がいいですよ。」
「駄目なんだ、口も下半身も抑えられない。」
「だから言わなくていいちゅうの!」
砂煙が風に乗って目に入る。それが目に涙を作らせたのだろうか? それとも?
「はぁ〜駄目なやつだよね。」
「駄目じゃないです。はっきり言うと、勿体無い男です。」
「ありがとう…なのかな?」
「ちょっと質問していいですか? 何故そんなに下品なんですか? 何故…普通の人みたいな振る舞いが出来ないんですか? そうすれば…あなたの事…教えて下さい。」