正義感と舌打ちの間で
「俺をこんなに気持ち悪く思ってるけど、俺性犯罪者じゃないからな。そいつらの方が気持ち悪いだろ?」
「まだ転生したばかりですよね? 性犯罪起こすか分からないですよ。」
「あり得ない…俺は…でも待てよ、前世で…捕まってないだけで…いやなんでもない。」
「なんですか? 罪を自白しようとしました?」
「でもグレーゾーンだよ。女性を襲うとかはないから。」
「グレーゾーン…ほんと気持ち悪いって言葉を、言わせるの上手過ぎます。天才ですね、ある意味。」
「あのな、グレーゾーンを通らない奴はもう、男を捨ててる。絶対他の人も何かしら調べたら、埃が出るよ。」
「それを言うのがヤバいです。言わなくて良いです、そんな事。普通じゃない証拠ですこれ!」
「…ふん。」
俺は、彼女から逃げるように鼻で返事をして、街に入ろうとした。
すると街の入り口の門番に、引き止められた。
「おい、魔族は立ち入り禁止になってる。どちらか魔族だろ? 道具で分かるぞ。」
「通さなければ、あなたを殺すだけですけど。」
「なに、貴様…やる気か!」
おいおい、物騒だな…どうする? ナターシャにかかれば…この兵士死んだな、気の毒に。
「トウマ倒して。」
「はい?」
俺は耳を疑って、彼女に聞き直す。
「私に手を汚させるの? 嫌でしょ? だったら、トウマがやるしかないでしょ?」
「あの…ナターシャって軍隊持ってたんだよね? 既に人殺して、手血まみれだよね?」
「そうだけど、これ戦争じゃないじゃん。」
俺が前に一歩出ると、背後から兵隊長が、騒ぎを駆けつけて来たようだ。
「ちょっと待った。あなたナターシャ様では?」
「そうですけど、何か?」
「失礼しました。この方は、世界を滅ぼす魔王と戦った勇敢な魔族様だ。
通して構わん。」
マジか! そういや最悪な魔王と戦ったんだもんな、当然か。
「駄目です! …この兵隊長は、魔族に操られてる! この魔族共々刑務所に連行する。」
「…えー? なんだよそれ。結局やるのか。」
俺は兵士の左頬に拳をぶつけた。兵士が数メートルぶっ飛んだ。
強い、俺! 死んでないだろうな? まさか…傷害致死?
「あちゃ〜。魔王と戦った片方に敵うわけないだろうに。」
兵隊長が頭を抱えて嘆いた。
「やるじゃん、カイジ!」
「あの、トウマだから!」
「ごめん、忘れてた。もうほんと忘れちゃう。」
「なんでそんな忘れんだよ。ナターシャの名前忘れてないだろ!」
「えー、名前が難しいんだよ。今も出てこないもん、正直…トウマか。多分、他の人も忘れるよ。ねぇ、兵隊長さん。」
「確かに、そう思います。いっそのこと改名したらどうでしょう、例えば…オメガとか。」
「……人の名前じゃない、モンスターだよ、それ!」
「良いじゃん、オメガ。モンスターのトウマにピッタリ。オメガ隊長ってつけたら人間になれるね。」
「おい、ナターシャ。勘弁しろ。」
「いいでしょう。話だけなら聞きますよ。」
俺の存在を透明人間にでもするように、無視した。
兵隊長にさっきの王の話だけ聞くことを彼女が唐突に言ったのは、俺への嫌がらせに違いない。
「よし行こう。」
俺はリーダーシップを発揮する風にナターシャに手で合図した。
「いや、お付きの方はご遠慮願いたい。」
「ナターシャこんなこと言ってるけど、駄目だよな? それなら謁見しないよな?」
「……しますけど? むしろ居ない方が、精神的に楽です。」
「そんな…嘘だ! こんなの異世界じゃない。むしろ俺が謁見頼まれるのがお約束だろ?」
「この人無視して良いです。行きましょうか。」
「はい、ではご案内させていただきます。」
「待ってナターシャ、置いていかないで。俺を1人にしないで。」
「辞めて下さい…触らないで!」
「やだやだ、連れてかないなら、触ってやる。」
「ひっ、痴漢!」
「なんと! この者を痴漢の現行犯で逮捕する。ナターシャ様よろしいですか?」
「構いません…ずっと牢屋に入れてて下さい。」
「ふんだ。俺強いんだから、よく考えたら俺を捕まえられるやつはいない。毒にも耐性あるし。やれるもんならやってみろ!」
「ぐぬぬ、確かに…だが、痴漢者に屈せぬぞ。」
兵隊長が歯軋りしながら汗を流していた。
いや濡れ衣なんだが…な?
「はぁ〜。もう仕方ないわね、この人も一緒に連れてく。どうせ兵隊みんなやられちゃうわよ。私より強いかもしれない彼は。」
「なんと! 痴漢者の癖に。正義が負けるのか。」
「痴漢者じゃない、俺とナターシャの仲で、そんな犯罪成立しないから。」
俺は兵隊長に事情を説明し、王に謁見をされることを許された。
ただし、王に何かしたら許さないと釘を刺された。
その説明はナターシャと同等の力をもつボディーガード兼、仮初夫婦と言うと…彼女に耳を軽く〜引っ張られた。
彼女の手の感触を味わい…ご褒美だと思ってニヤける。
…しかし…俺ナターシャより強いかもしれないのか?つまり魔王に匹敵するってことか?
兵隊長に代わり、一般兵士が道案内をしてくれた。
兵士に案内されたその真っ白な城は、俺には赤に見えた。税金を巻き上げて作った、血に染まった城。
俺は税金は取られてないが、そう見えるのは正義感の塊だと、自分を褒め称えた。
それをナターシャに伝えると、意外にも彼女も褒めてくれたのだ。
彼女は自分の手を見つめて、私の手も…血で真っ赤ですよ。と苦笑した。
ここは何か励ましてやりたいが…言葉が出なかった。
無言で重苦しい雰囲気の中、歩み始めた。
城の内部は柱が何本も几帳面に立っていた。まるで兵士のようにも見える。
そして王のいる玉座に辿り着くと、一際黄金色が目に入り込むように、目立っていた。
そのせいで王様が成金に見えた。
だがこの人も所詮生まれのせいで、自由と引き換えにこの豪華な城を与えられたに過ぎないと…同情を寄せた。
…けれどすぐに思い直す。
貧困に生まれるよりマシだ。
結婚資金すらない人間に比べたら…同情して損したと思わず舌打ちを鳴らす。
「王様、お初にお目にかかります、私ナターシャと申します。」
「うむ、アルドバンだよろしくな。」
「アルトマンですね。それでご用件は?」
「アルドバン…まあ良い、要件は魔王討伐なのだが、まず魔王の手下四天王を倒して頂きたい。」
「それで報酬は? 対価がなければ、その任務引き受けるのは、厳しいです。」
確かに、無報酬はあり得ないな。まさか俺に、美少女…もしくは美女をよこすのか?
胸の高鳴りが抑えられない。イメージしてしまう。
「この国の資源及び金銀財宝を支払うと約束しよう。」
えー? 金? 俺にはナターシャいるけどさ…そんなもん…あんまり多くは望まないよ。いや…働かなくて済むな…そもそも俺にナターシャは、報酬くれるのか?
「分かりました…引き受けましょう。」
おお、引き受けた。でも金銀財宝払うって言ってるけど、嘘かもしれないぞ。
ちゃんと契約書あるのかな? ハーレム…ナターシャどちらを取るかだ。もちろん俺はナターシャを選ぶ。
そもそも勇者ってハーレム望んでるけど、1人に絞れないカスだよな? ハーレム…何故だ…ワクワクが止まらない。俺の体どうなってる?
「そちらの者はなにを望む?」
「えっ? 俺ですか?」
「其方からも不思議な力を感じる。報酬を与えるほどの逸材と見る。してなにが望みだ? 遠慮せず申してみよ。」
なんだ、この王様…人が出来てる!
そんなもん、美女と美少女に決まってるだろ!
だけど言えない! ナターシャが横にいるから。
どうする…この千載一遇のチャンス…棒に振るのか? 嘘だろ俺。
「俺は……なにも…望みません。ナターシャが側にいれば…充分…で…す。」
ああ、さようなら、ハーレム。嫌われてる子が側にいるってなんだよ。バカだ俺。
しかも異世界の平和考えなきゃいけないのに、なんでこんな報酬のこと考えてるの俺?
「人が出来た若者だな。素晴らしい。」
「いえ、人が出来てるのは王様です。この世界に平和をもたらす為に、頑張ります。」
「えーと、名前忘れたけど、結構ちゃんとしてるんだね。財宝は山分けね。」
「いや、そこはトウマだよ、忘れんな。」
ナターシャが、誤魔化すように作り笑いして、頭の後ろをぽんと叩いていた。
「さて、では早速食事しながら説明しよう。」
王様が手を上げて、兵士に合図を送った。
俺の右にいる、銀色の重そうな鎧を纏った兵士が、それに応えるように頷いた。
お疲れ様だな。あんな鎧、肩が凝ってしょうがないだろうに。
あの鎧着てる人が美女だったらいいな。それで仲良くなって、結婚。もしくはあの鎧がぶかぶかで、2人入れるなら、ナターシャと2人で入りたい。
そしたら密室鎧か?
ナターシャに俺は、あの鎧がブカブカなら入れないかと、聞いた。
「気持ち悪い妄想しないで下さい…トウマ報酬要らないって言ったよね。見直すとそんなこと言うの酷いです。」
「悪かった。でも発明したから、共有したくて。」
「妄想罪でトウマを死刑にしたい気分です。王様の…アルバートに頼もうかな。」
「辞めろよ、そもそも王様の名前違うぞ。」
「トウマは覚えてるのですか?」
「いや、確か…アルバイトみたい名前だった。」
「あは、なんですかそれ?」
「王様の名前なんて忘れちゃうよな、はは。」
「はい、興味ないので、ケラケラ。」
彼女が唇に手を当てて微笑む仕草が天使のようだった。
「だな、ははは。」
彼女と一緒に爆笑した。女性との会話ってこんなに楽しいもんなのか…まさに無料キャバクラだ。もう死んでもいいとすら思える。
死んでも良いって俺、凍死したやん。セルフツッコミしたりして。生き返った色んな意味で。
そうだ! なんで鎧なのか、理由を説明する必要があるな。
俺は彼女に2人の愛を護る砦のようなものだと諭した。2人の狭い空間これこそ鎧でなければならないのだ。
「なるほど、くだらない理由だったのですね…それはそうと、そろそろご飯食べに行こう…トウマ。」
「その間、俺の名前なんだっけって思ったでしょ?」
「うん、分かる? その通り。」
名前覚えて貰えないって、俺の扱い酷い。けどマシになった気もする…やはりハーレム断ったからか。いや、断ったのナターシャ知らないんだった。
何故なら俺の脳内で断っていたから!
俺が頭の中であれこれと考えながら歩いていると、兵士の軍靴の音が聞こえなくなった。
「着きました、ここです。」
鎧を着た兵士が、扉の前を示した。
声が…なんだ男か。残念だ。
「君もう用ないから、下がって大丈夫だよ。」
「…トウマ、凄い仕切るじゃん。」
「ああ、俺王様に認められた男だからね。」
俺たちは、扉の中に入った。白い布に覆われた、長いテーブルに豪華なディナーが、並べられていた。
「うわぁ〜美味しそう。」
ナターシャが目を輝かせて言う。
いや、俺和食の方がいい。こういうのは、食った気もしないし。ただ見栄えが良いだけ、言わないけど。
「そうだね、とても美味しそう。」
君がね、クックック。