ナターシャの憂鬱
ナターシャの視点
ふぅ〜この人、本当気持ち悪い。まるで滑ってるコメディアンが、下ネタ吐いて場の雰囲気をサブイボ起こさせるほど。
彼の言葉の邪悪さは、牛カエルの鳴き声のよう。
だけどそうかと思うと、良いことも言い出す。
まるで政治家が、選挙中のみ良いこと言うような、そんな変わり身の早さ。これがまた気持ち悪いのだ。
信用して言葉をかけると、すぐに調子に乗る。お金に困ってる人に、お金を渡すと、もっとくれとせがむように。
彼との接した方が分からない。私は彼の母親じゃないのに、ここまで悩まされるなんて。
もう1人。いや、2人ぐらいまともな人仲間にしようかな。
でも…その仲間が危険に晒されてしまう。仲間なんて駒だと思えば良いけれど、情がうつるのだ。
女性の仲間を入れようものならきっと…お腹を空かした、ライオンのように猛りそう…うう…怖い。
いっそのこと、崖から突き落とす? いや、彼は死なない。脳みそは煩悩に支配されてるけど、体は硬い金属のように丈夫なのだ。
仲間を殺すなんて、まるで私はマフィアのボスね。使えない部下の処分に頭を悩ませるような気分……。
彼といると私の貞操の危機。なんとかならないかな。でも拒否してれば大丈夫よね。
犬が盛って飛び掛かって来ても、躾ければいけるのと同じよね、きっと。
今1番危険なのが魔王じゃなくて、隣にいる男が1番ヤバいって…安まる日が来ないじゃない。
魔王を倒したら、勇者が仲間から恐れられて裏切られる。って言うのが王道なのに。冒険が始まった直後に私に恐れられてるって、笑う。
彼が勇者は、言い過ぎだけど。
でも彼も別の誰かを好きになってくれれば…うーん? なんで彼の事ばっかり考えてるのよ、私は!
バカバカ、今はどう自分の戦力を再編成する方を考えなきゃ。
ああ、駄目だ…トウマの事考えてしまう!
嫌な人じゃない、それは分かる。あの欠点さえなければ、普通に良い人だろう。
だけどそれって、酒に酔わないと良い人って嘆くようなもんよね。
ギャンブル依存さえなければ、彼は真っ当なのよと言う身内みたい。いや、真っ当じゃないからしてるのよ。
ならそれさえなければって考えるのは、ギャンブルさえ世の中になければって、バカな事考えるのと同じね。
はぁ、2号が生きてくれてたら…なんの心配もなかったのに…ツイテナイ。
…やっぱり、生け贄になってもらう女性の仲間を作るのが最善では?
そうすれば、私のこと異性ではなく仲間と認識して、安全じゃない?
半日で惚れる奴だもん、数日でそっちに目が行くよ、うんうん。
男性は絶対嫌だ。トウマが2人になったらと思うと、ゾッとする。
善は急げね、召喚するか…でもこれは切り札にしておきたい。
だとすると、お金で雇うか、志を共に出来る人を探すか…前者の方が手っ取り早いね。
その女性とトウマをくっつける。シシシ、今の心境…蜘蛛のように網を張らして、蝶という獲物を狙うが如くね。
でも…そうするとイチャイチャしてるのを見るのか…それも寂しい気が……って、も〜う! 私何を考えてるの! あー苛々する。
やっぱり駄目。しばらく仲間は増やさない。
あれこれ考えながら…いやトウマの事ばっかり考えながら…ああ、違う! なんで? 泣きたくなる…最優先事項は、軍の再編成でしょーが!
そうよ、ボロ雑巾のように彼を利用して、戦わせれば良くない?
でも……絶対見返り求められそう…うわぁ〜使い道ないじゃん、この人。
私は、自分の頭をポコポコ殴っった。
彼が不思議そうな目で、私を見る。
「何見てるの? 見ないで下さい。」
「いや、俺の事考えてるのかなと。」
「ひぃ! 気持ち悪い! あり得ないですから。もう、卑猥な事言わないで。」
「そっか、俺が鬱陶しいって考えてたのかなって。」
「あのですね、そんな卑下しないで下さい。そんな事……頼りにしてるんで。」
彼が無言で私の手を握る。
私はそれに応えるように、手を振り払って、コートで手を拭いた。
やっぱりこの人すぐ調子に乗る! 普通そんなことしないでしょ。距離感がバグってるのかな、この人。
「えー? 俺の事慰めてくれて、良い雰囲気だったじゃん。怪物に触られたぐらい嫌そうに、する事ないじゃん。」
彼の表情が、死んだ魔物のように青ざめていた。
「あのですね、私には触れないで下さい。トウマの事、この世で1番気色悪い生物と思ってるので。」
「じゃ2番目は?」
「はい?」
「俺の次に気色悪い生物だよ。」
「2位は…トウマですね。」
「3位は?」
「トウマですね。」
「全部俺じゃないか!」
「そうです。他は気色悪いと思ったら殺します。」
「そうか、俺を殺さないのは何故?」
「召喚した人は強いのです。簡単に殺せません。それだけですが? 変な考えしないで下さいね?」
「なんかさ、罵られまくって俺、嫌な気分になってたけど、だんだん気持ち良くなって来たかも。」
「うぉぇ! なんでそれ言いました? 思ってても言わない方が良いですよね?」
「いや、俺の事誹謗しまくって、自分を責めてないかなと。そんな心配しなくて良いって伝えたかった。」
ヤバい、やっぱりこの人って、まともじゃない。
まるで、厳しい特訓に耐えて、悟りを開いた信者みたい。
こうなると話を聞いてくれなくなる。
どうしよう…説得しよ。
「辞めてください。それは気のせいです。私はそもそも罵ってないです。
あなたが真っ当な人になるように、厳しい事を言ってるだけです。」
「いや、それは厳しい言い逃れだと思うよ?」
「だって……トウマ凄く気持ち悪いんですもの。100人中全員が気持ち悪いって思う。」
「それ罵倒以外ないよね?」
「ただの事実陳列です。トウマは自分が気持ち悪いって思わないんですか?」
「思うわけないだろ。普通だよ、俺は。」
普通ていう言葉がここまで空虚になるなんて。
魔王が自分の行いが普通だよって、謎の自信を持ってるのと一緒だ。
「異常なんですよ…どうすれば分かってもらえるのか? 」
私は初めてするように、深刻にため息を吐いた。
「着きましたここです。」
「なぁ、俺の悲しき過去聞いたら、同情してくれる?」
「前世の話ですか? トウマが話したいならどうぞ。」
「俺、美人局にあって、凍死して死んだんだ。しかもその相手が女性じゃなくて、男だった。女のフリしてたんだ。」
「あはあはあは! それ悲しき過去じゃなくて、笑い話の過去ですよ、ケラケラ。」
「いや、悲しいだろ。最悪な悲劇だよ。人の死をそんな笑い話にしてさ。」
「ごめんなさい、爆笑しました。不憫ですけど、トウマらしい死に方です。」
私は笑いすぎて目から涙が溢れて、手で拭いた。許せない犯罪だ。決して許してはならない…こんな気持ち悪い人を異世界に追いやった悪魔を。