平和の代償は、誰の命か
「勝手に殺すな、ナターシャさん、俺は生きてるよ。」
「嘘…生きてたー! 何故か涙が出ます。トウマの名前覚えて良かった。」
「でも恭子さんは手遅れだった…ナターシャさんの回復魔法で生き返らせれない?」
「私がそんなの使えたら、すでに使ってますよ。残念です、2号の事は。」
「2号じゃない、恭子さん、俺の彼女だよ。」
「…うん…恭子。」
「死ぬんだな、普通に。俺もいつ死ぬかも分からないんだ。」
手で目を抑えて、現実をゆっくりと受け入れるように、目から手を離す。
「そうですね。普通に死にます。死んでも替えは効くのでご心配なく。」
「毒に耐性が出来たから死なずにすんだが…俺の彼女…初彼女だったのに。可哀想に…替えなんか、効くかよ。」
悔しさを滲ませ俺は砂を掬って握りしめた。
「ここは、ゴブリンに侵略されていたようです。」
彼女が俺の気持ちを無視するように、冷静に状況を伝えた。それが俺の神経を逆撫でした。
「そんなのどうでもいい。恭子さんは、デートしたがってたんだ。その可能性を奪われた! 君には分からないのか?」
「…すみません…日常の事なんで。」
「日常?」
「そうです、私の親友も化け物に喰われました。そういった世界なのです。明日は我が身です。」
「こんな恐ろしい世界に…呼びやがって。」
「あなたは、すでに一度死んでます。
私は死んだ者の魂を再利用しました。
だからこれは、チャンスを与えられたと受け止めて下さい。私を責めるのは……お門違いです。」
そうだけど、命を救ったからって俺たちを利用してるだけじゃないか。責めるな? 調子いいこと言いやがって。
俺は彼女への怒りを鎮めようと、必死に別のことを考えようと務めた。
「復活したって死んだら意味がない…望だって叶え……そうだよ、俺は童貞王だ。」
「はい? どう…何言い出すんですか!」
「なぁ俺の童貞奪ってくれないか? そしたら俺死んでも構わない。」
彼女が俺の視線に逃げるように数歩後ろに下がる。砂のジャリっという音にふと我に帰る。
どうせ断るんだろうと、泣きたくなった。
「死んでも嫌です! そしたら私は、処女のまま死にます。あなたはお金で女性買って卒業したら良いじゃないですか!」
案の定の拒絶…俺は何故彼女じゃないか説明をする事にした。
「死んでも…は言い過ぎじゃないかな? 俺は駄目なんだ。お金で女性買うシチュエーションだと、萎える。それで童貞なのに性病に罹ったし。」
「あはあは、童貞なのに、性病うはうは!
何それ、面白い!」
「笑うなよ、めっちゃ痛かったんだぞ。恥ずかしくて病院にも行けないし。」
「行こうよ、わらわら。行かないと治りが悪いよ、ケラケラ。」
彼女が腹を抱えて言ってるのは心配してるのか、それともバカにしてるのか? 前者だと願いたい。
「それはいい…俺もいつ彼女と同じ目に遭うか。恭子さんは、デートしたくても…もう出来ない。俺もそうかもしれない…だから彼女の分まで、夢を叶える。」
「いや、言ってることは分からなくはないですけど、凄い変なこと言ってますよ。人の死を利用した悪魔ですね、トウマ。」
魔族なのに、俺のこと悪魔呼ばわりするのか。それなら君は天使なはずだよな?
正直これを言ったからと考えは変わらないだろう。お願いの仕方これしか思い浮かばなかった
「頼むよ…ね? 痛くしないから、先っちょだけ。」
ナターシャが深呼吸をして、首を横に振った。
「辞めましょう。現実逃避してるんですね、彼女が亡くなった直後ですから、気がおかしくなってるんです。」
「そうだよ。ははっ、まるで兵士になった気分だよ。クズだな俺…兵隊も死と隣り合わせだとこんな思考になるのかな?」
「トウマ、ここを離れましょう。街に行って、気分を変えましょう。」
ナターシャの優しい言葉に俺は頷いたが、それと別に俺は、彼女の兵士にされてるような身だと感じている。
否応なく戦いの道具にされ、彼女の死を目の当たりにした。明日死ぬかもしれない恐怖。
だから見返りを寄越せと、頭がおかしくなるんだ。兵士じゃない…けど同じ事だ。
「なぁ、他に仲間いないのか?」
「全滅したと私言いましたよね?」
「なら、戦うの辞めないか?」
「辞めません。世界を我が手に入れるまで。」
「それ独裁者や魔王の考え方だよね?」
「独裁者や魔王の考え方です。つまり、力による支配こそ、世界が平和になるのです。力こそ、平和を守る為に必要なのです。」
「そうか、つまり平和にしたいんだな? ちょっと安心した。」
彼女の真意は、この世界を破滅させたい訳ではない。むしろ…逆なのだろう。ただやり方が極端なだけで。
「そうです、力こそ全てです。逆らう者は皆殺し。それによって世界は安定します。平和にしたいのです、争いのない世界に。」
「それがナターシャには出来ると?」
俺は、彼女の力がそれほど巨大なのか遠回しに聞いた。もしそうなら、彼女の近くにいた方が安全ではある。
打算的に立ち回るのも、この世界…生き残る為には必要だ。
「あなたの力と私の力が有れば…出来ます。」
「そんな事、俺たちがする必要ないだろ? それより恋愛とかした方がいいよ。」
「それって口説いてますか?」
彼女が薄目にして探るように聞いてきた。
それほどの力があるのなら、自分の力に酔いしれて破滅するのではないか? なら、恋愛した方が彼女の幸せであると、俺は考えたのだ。
「いや、そうじゃなくて…君が心配だよ。そんな物騒な事考えてるのが。話し合って和解して、平和にしていかないと、俺たちが死んだ後どうなる?」
「正論ですね。みんなトウマさんみたいになれば…ですけど。」
「悪党だけにその力使わないか?」
「それをどうやって判断するんですか? 悪党って何処まで? 私は悪党に入りますか?」
「さぁね…悪党が分かんないなら、聖人は? 純粋無垢な子供は、悪党には入らないだろ?」
「トウマさんって賢いんですね。建設的な議論が出来ますね。」
彼女の俺が見る目の色が変わった。それを見て、少し口が緩む。
ここは俺も彼女を褒めよう。
「そっちこそ賢いな、伊達に支配しようとしてないな。」
「いいえ、私はバカです。こんなやり方でしか平和にする方法考えつかない。バカな女です。」
意外に謙虚だ。好きになってしまうな。何か話のネタないかな? そうだ、この世界のこと聞くか。
「…なぁ、魔王達5人のそれぞれの目的って、一体なんだよ?」
「まず1人は、自分たち魔族だけの世界を築こうとしています。」
「次の1人は、中立派ですが、裏で戦争をさせようと、画策してると噂です。」
「3人目は、この世界そのものを塗り替えるために、恐ろしい生物を召喚しようとしています。」
「まさに魔王だな、どいつもこいつも救いがないな…で残りの2人は?」
「4人目の魔王はこの世界ではなく、別の世界に進出を目的としています。つまりトウマのいる世界や、他の世界に行こうとしてます。でもその真の目的は不明です。」
「えっ! そいつもっとヤバいじゃないか。1番レベルが違う悪じゃないか。」
「そして最後の1人が私の軍を倒した魔王です。その目的は人類を全て化け物にして争わせて楽しむ。そして、その死骸を取り込んで成長し、そしてそれをサイクルし続ける。」
「うわ、1番クズじゃないか。そいつはうん、倒さないといけないな。
でもそんな魔王何故、他の魔王は協力して倒さないんだ? ほっといたらいけない奴だろ。」
ナターシャが平和にしないとって思うのも当然だ。この話を聞いたら、俺も彼女に力を貸す以外、選択肢はない。
「簡単な理由です。化け物にされるから、手を出さないんです。魔王ですら、化け物にされてしまいます。
「…なら…何故…ナターシャは戦いを挑んだ?」
彼女も化け物にされてしまう。軍も化け物に…それなら勝ち目がないじゃないか。何か秘策でもあるのか?
「私だけ魔法無効化能力を持っているのです。でなければ、あの村で死んでましたから。
他人にも付与出来ますが…どんな魔法か事前に把握してないと無理なので、先に掛けとけとか言わないで下さいね。」
そうか、恭子さんも死なずに済んだと考えたけど、そうじゃないのか。
「ならさ、他の魔王と協力してやれば良かったじゃん。」
「警戒されたのです。その魔王も恐ろしいけど、倒した後私が他の魔王に牙を向けるのではないかと…実際そうですからね、ケケケ。」
そうか…ナターシャにとって他の魔王も邪魔だからな。その後その魔王はどうなったか? 知りたいな。聞いてみよう。