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巻頭附録2:年代記

年代記 The Chronicle of Macotoyah Amayass


四歳の時代 

 炸裂的に巨大なものへの崇拝時代。宇宙の大きさは無限である(周知のとおりそれは誤った説であるが)と聞いて驚嘆する。なぜなら無限の大きさを想像できないからだ。無限の空間を思う泛べようとすれば、どうしても銀色の背景ができてしまう。

 また生理的に立方体を崇拝していたが、具体的な対象は石鹸であった。そしていつしか無限の宇宙よりも巨大な石鹸を空想することが最大の快樂となる。無論、無限よりも巨大なものを空想することは論理的に不可能である。しかしそれができてしまうことがあった。

 そう云う瞬間には必ず大きなエクスタシスが訪れた。それが目的でそんな空想をしていた。彼が哲學に妄執する最大の人間的動機である。



六歳の時代

 崇拝はより純化された快樂を求め、巨大さと云うかたちを捨象し、炸裂自体に収斂する。すなわち無限よりも巨大な石鹸を想って得られる快樂の本質が「無限よりも大きい」と云う、論理を超越した炸裂性にあることに気が附いたからである。

 よって最も強烈な炸裂を求め、樣々な空想を廻らす。またそのころ、ビッグバンを知り、大きな感銘を受ける。「空前絶後」と銘打った大爆発を空想し、エクスタシスを味わう。



十一歳の時代

「空」という考概を知り、衝撃を受ける。なぜなら「空」よりも強大で激烈な炸裂があり得ないからである。最大の動は極まって最大の静になる、と云う炸裂的快樂が彼をそのような思想に導いていた。

「陰極まって陽となる」説を知ったのはもっと後のことである。



十三歳の時代 

「空」とは「それそのままであること」と云う結論に至る。何も変じないことが最大の炸裂であると考える。特性をまったく特定しないことであり、文字どおり「空」であると云う予想外に平凡な結論に至り、後々苦汁を味わう。 



十六歳の時代

 時間の静止を経験する。しかしこの最大のエクスタシス体験を最後に二度とそれを体験することはなくなった。




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