第97話 義隆さんに春が来る
「じゃあ、丸読みでここから後ろに行ってください」
えーっと、俺は16番目か……来るまでバレないように本でも読んどくか。
俺は引き出しから、ついさっき借りてきた殺双をとりだした。
これが後ろの席の特権だよな。
縦8横5の1年4組の机配置。
俺は右から2列目の1番後ろの席なので、相当なことがなければバレない。
それに、国語の先生はスマホがバレても余り怒らないしな、ま、バレたらその時はその時、なんとかなるさ。
生徒達の椅子を引きずる音。
生徒達の文章を読む声。
俺はそれらを本読みのBGMとして活用した。
そんな一時はすぐに終わってしまった。
「柊君、次だよ」
「んあ、ありがと…今どこ?」
となりの女子が親切に次だよと教えてくれた。
「7行目」
「ありがとう」
いつの間にか次のページに行っていたのに驚きを隠せなかったが、殺双を静かに引き出しに戻し、教科書に手をそえた。
適当な声量で噛まない事だけを意識して音読しようとした。
俺の番が来て立ち上がると左隣の男友達が『朗読しろ』とスマホで文字を打って見せてきた。
めんどくさいけど…まぁいっか。
席から立つと微かに録画が始まった音がした。
あーそういう事…素人なりに頑張るか。
俺は深く息を吸い、俺はクラスの人たちに語りかける様に思い込んで、声を出した。
「ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、鴉の糞ふんが、点々と白くこびりついているのが見える」
先生や友達から変な目で見られたが、お構いなしに読んだ。
羅生門なんて久々に読んだけど…おもろいよな。
地震が発生したら嫁や赤ちゃん、息子を置いて一目散に外に逃げるんだもんな……文豪の人達って頭おかしい奴しかいないよな。
席に着くと、隣の男友達が親指を立てていた
俺は文豪はキモい人達と結論付け、引き出しからスマホを取り出しゲームを起動した
ゲームに少し集中していると、隣の男友達から、さっき撮った動画がDMを添えられて送られてきた。
内容は『SNSにあげても良いか?』という質問だった。
一通り動画を確認したが、校章や教訓など桜島高校と特定される様な物は映ってなかったのと、俺の顔も映ってなかったので『良いよ』と返した。
まぁバレないでしょう。
俺は適度に顔を上げ、先生の話を聞いてる風に装ってゲームをした。
◆◆◆
「一年生はオーバーワークに気をつけて自主練しろよ」
祐介さんの言葉に元気よく返事を返して、部活は終了した。
しかし、俺は足りないと思ったので自主練をする事にした。
自主練しないと義隆とかがなんか言ってきそうだしな。
俺はボールを取り、適当にドリブルしながらコーナーに行きスリーを撃った。
ボールはリングに吸い込まれるように綺麗な音を立てて地面に落ちた。
落ちたボールをとって次はダブルクラッチをしようと思う、リングから離れ勢いよく走り、右足で飛んだ。
すると、後ろから伸びる腕が俺の視界に入ってきた。
その腕の主人は義隆だった。
「おりゃー」
義隆はブロックしに走り込んできたが、俺は華麗に腕を回して、左側に持ってくるダブルクラッチで交わした。
「はーい、お前じゃ止めれませーん」
「いや、別に何とも思わないよ」
「釣れないなー…で何?」
ボールを拾い、適当にドリブルをつきながら聞いた。
「いや、ただ蒼って柳田さんと付き合ってるじゃん?」
「……何故にそう思ったんだい」
俺は平常を保つために、先ほどより早く強くボールをついた。
「隠しても無駄ですよー、俺の視野舐めんなよ」
あー、これ、全て見透かされてる感じだな
「前、アミューに行った時、お前と柳田さんがいちゃついてるの見たから」
積んだ
「でさ、お前って肝付と幼馴染じゃん」
「肝付…あぁ咲茉か、そうだね」
「ダブルデート的なのしない?」
「は?」
俺は無意識にドリブルを止めてしまった。
「お前、咲茉の事ガチで好きなの?」
前に部活終わりにラーメンを食いに行った時に言っていたが…嘘だと思ってたんだけど、見る感じ結構ガチだな。
義隆の瞳は俺だけを捉えていた。
「ガチ、協力しなかったらお前と柳田さんの関係を言いふらす」
「精一杯務めさせていただきます」
「よろしい」
「……てか、それ以前に咲茉の事デートに誘ったの?」
「もちろん」
義隆さん準備良いですね。
正直、まだ誘って無いと思っていたが…
「日程はまだだけど一年生大会終わりを予定してる」
「わかった、澪にも聞いてみるよ」
とりあえず…標準は1年生大会に向けとかないと……澪の復活は10月だし2学期はきつきつだな
義隆と俺はその後、デートについて少しだけ話し合った。
 




