第77話 恋敵
「じゃあ、俺はもう帰りますね」
俺は由依さんと別れの言葉を交わそうとすると、俺の腕に少し冷たい感触がした。
——由依さんは俺の腕を掴んだ
は?
なんでこの人腕を掴んでんの?
俺は何故掴んだのか理解できなかった。
「も、もうちょっと話さない?」
由依さんは少しはにかみながら言ってきた。
もし俺に澪がいなかったら『いいですよ』ってすぐに言っていたかもしれない、でも俺には家で待っている人がいる
俺は澪さんの掴んでいた腕を振り解き、少し距離をとって言った。
「すいません、待っている人がいるので」
由依さんは一瞬悲しんだ顔を見せたが、すぐにいつも通りの男子生徒に見せたら一目惚れ確定の笑顔に戻った。
「そうなんだ……じゃあまたね……」
由依さんは多分気まずくなったからいつもより早歩きで俺と別れたんだろう。
こっちとしてはもう関わってきてほしくないから嬉しいけどね
俺は中央駅から最寄りの駅に止まる電車の時刻を調べると8時28分と書かれていた。
現在の時刻は7時37分、ここから中央駅までは10分ぐらいなので中央駅に向かう途中のスイーツ専門店でモンブランを買うことにした。
「……一応送っとくか」
俺は自分が乗る予定の電車の時刻を澪に送った。
『8時28分のに乗るから、家に帰り着くのは8時50分とかかも』
俺はスマホで澪にメッセージを送りソシャゲを開こうとすると。
ピコン
音を立てながら画面上部からメッセージアプリからの通知が来た。
『わかりました、今日の晩御飯は豚汁と野菜炒めです』
豚汁と野菜炒めか……美味そうだね
俺は脳内で豚汁と野菜炒めの味を妄想し、途中にあるコンビニに寄らず澪のためにスイーツ専門店だけに寄ることに決めた。
もしこれでコンビニに寄って買い食いしてご飯食べれませーんみたいな状況になったら普通に殺されそう
想像しただけでいまだに暑いのに少し寒気がした。
そこから数分歩き、予定していた時刻より早く着いたスイーツ専門店に入った。
すげーな、シュウクリームが400円もするのかよ、でも量が多いし値段の割にしては良いのかな、これは俺用に買おう、家に着いてから澪モンブラン食べてる時にでも食うか
お母さんと数回、片手で数えられる回数しかスイーツ専門店には来たことがないので、周りのリア充や誕生日ケーキを買っている親御さんが多数いたせいで少し気後れしてしまった。
それでも、1人で色々ツッコミながらの買い物は案外楽しいものだった。
てかモンブランの種類多くね?
俺は眼前に広がるモンブランコーナーのデカさに驚いてしまった。
シュウクリームコーナーも大概だったがこっちもエグいな、流石専門店と言ったところか
専門店すげー
そう思いながら良さそうなモンブランを探していると
「はぁ?」
俺は1つのモンブランの値段を見て声が出てしまった。
幸い、周りの人達には聞こえていなかったらしいが、コンビニとの値段差が桁違いだったなんて思いもしなかった。
税抜きで1980円っておかしいだろ、コンビニは3桁だぞもうちょい安くしろよ。
それに小さいし……絶対に量優先の方がいいと思うんだけどなぁ
俺は渋々、腕を伸ばして買い物カゴにモンブランを入れ会計に向かった。
「お値段は2618円になります」
俺は店員に『電子決済で』と言い、スマホで電子決済のアプリを開き、QRコードを店員に向けた。
店員からレジ袋に入ったシュークリームとモンブランを受け取り、店を出た。
時刻は7時50分、今から中央駅に向かえば余裕を持って着くことができる。
俺はスマホをポケットに入れ、スイーツが入ったレジ袋を落とさないように強く握りしめて中央駅に向かった。
駅のホームについたのは8時3分だった。
「きっとこれでプラマイゼロになるっしょ、できたらプラスになってほしいけど……」
俺は澪がこれを食べて笑顔になる姿を想像するのは容易なことだった。
◆◆◆
「……やっぱり厳しいのかな」
芽依ちゃんの押されて勇気を出して何とか2人っきりになったけど……
「だめだめ、弱腰になっちゃその時点で負けっちゃってるよ!」
私は気合をいれるため自分の頬を叩いた。
「柊君、絶対に振り向かせてみせます」
握り拳を月めがけて突きつけた。
今日のつきは綺麗に二等分された半月だった。