第132話 黒の女神に歌ってほしい
「私のために曲を作ってくれるんですか!?」
何となくのメロディーが出来たので澪と一緒に晩ごはんを食べるために1階に降り、食台に隣同士で座り他愛もない話をしながらご飯を進め、二人共食べ終わった時、俺はここだろうタイミングでカミングアウトしてみた。
「て言っても、今さっき考えて少しだけいい感じのメロディーができただけだからもう少し時間はかかるかもだけど」
「いや、それでも私は嬉しいですよ。
蒼君が私のために私だけのオリジナル曲を作ってくださる事自体でもう私の胸は幸せで埋め尽くされてますから……」
澪は俺の胸に頬をすりすりと気持ちよさそうに擦り付けながら言ってきた。
そんな澪の頭を微笑みながら優しく撫でた。
「そっか、じゃあ俺も張り切ってとびっきりな曲を作っちゃる。
澪が画面上で輝けるように俺も頑張るよ」
「……でも、無茶はだめですよ……」
澪は今にでも泣き出しそうな目で俺のことを上目遣いで見て言ってきた。
絶対に心配をかけないようにしないとな。
澪の涙なんて靭帯やった時だけでもう十分だし嫁を泣かせる夫なんて夫失格案件だろう。
「大丈夫、絶対に無茶しないって誓うさ」
「本当ですか?」
「もちろん、ちゃんと毎日11時30に寝るし、ご飯も毎日澪の作ったのを食べるから安心して」
「わかりました」
「じゃあ、俺は風呂に入ってくるよ」
「わかりました、ごゆっくり」
俺は2階の自室に向かい、タンスから下着類とタオルを取り、適当な練習着を手に取り風呂場に向かった。
「言ったからには絶対に良い曲を作らないとな」
ある程度いろんな配信の切り抜きを見た所、澪の歌唱力はそういう知識がない俺でもすげーってなってしまうような他の個人勢ブイチューバーとは一線が違う歌唱力であった。
めっちゃ早口なハイテンポ楽曲を作っても滑舌がいいからすんなり歌われそうだしな。
逆に、めっちゃアイドルみたいなTHEかわいいみたいな曲を作って恥じらいを見せる澪も見てみたい。
俺に向けられているように歌詞をつければ擬似的に澪から心臓破壊フレーズを沢山聞けるってことだしな。
リスナーの人たちからしても自分の推しにそんな事言われたら毎日聞きたいとか言う人達のお陰で再生数は絶対に稼げるだろう。
今作ってるメロディーをアイドル風に変えることは可能だしそっち路線で行くのもありだけど、頑張って恥じらいを見せながら今すぐにでも消えそうな声で心臓破壊フレーズを聞くのは俺だけにしたいし、そんな澪を独り占めしたい。
「わがままはだめだな、澪も一応お金集めで始めたことなんだし、俺のエゴで勝手に決めちゃだめだ」
早く風呂から上がって曲調について話し合わないとな。
俺はお風呂上がRTAでワールドレコードを取れるんじゃないか?
と思えるぐらい爆速で風呂から上がって澪が居るであろう自室に向かった。
「っ……なぁ澪」
「どうしたんですか?」
あぶねー見惚れてたー。
水色の可愛らしいどこかの国のお姫様が着てそうなネグリジェをまといながら、俺の布団の上で枕をぎゅっと包みながら女の子ずわりでボーっとしていた澪がそこには居た。
本当にそんな可愛らしい格好で女の子ずわりなんてしないでほしい。
俺の心臓君がかわいそうだ。
「今から澪自身がどんな歌を歌ってみたいか聞くんだけどいい?」
「わかりました」
「じゃあ始めるよ。
曲のテンポは速い方が良いか遅いほうがいいか?」
澪は視線を少し上に向け、少しだけ考えて視線を俺に戻して答えた。
「ハイテンポでおねがいします」
「曲調はかわいい系かかっこいい系か?」
「………」
「澪?」
スマホのメモアプリでメモを取りながら質問をかけていると、突如澪が黙り込んでしまったので、スマホから視線を澪に変えて見つめてみた。
「もし、可愛い系の歌を歌った場合、蒼君の気持ちはどうなります?」
澪は頬を赤らめながら俺に言ってきた。
ここは正直に言おう。
「正直、俺は澪に可愛い系の歌を歌ってほしくない。
俺だけがかわいい歌を歌っている澪を独り占めしたいからね。
だけど、俺は澪の夫だからね、嫁の成功を願うのが夫の仕事だと思うから我慢するさ」
「蒼君……私は可愛い系の歌を歌ってみたいです」
「わかった……じゃあ、あとはこっちで色々するから帰っていいよ」
俺は椅子ごと澪からパソコンに振り返り、キーボードをカタカタと音を鳴らしながら作業をしていたが、一向にドアが開いた音がしなかった。
俺は音がしないのを疑問に思い後ろを振り返ると同時に、俺の太ももに少しだけの重みが広がった。
「私の曲なので私も手伝います」
「……わかった」
最終的に今日は作詞をしてたまに手が止まったら澪は不思議に思って俺の方を見て、俺が頭を優しく撫でてまた作詞作業を再開するということの連鎖で一日を終えるはずだった。
俺があの話をしなければ何事もなく快眠できるはずだった。
「そういえば、1週間後にクラスマッチだな」
「っえ……ほ、ホントですか?」
澪は俺の胸当たりを掴んで目尻に涙を浮かばせていた。
運動音痴の人にとっては最悪の日なのになんでそこまで考えれなかったんだろうか。
その後は俺が手を止めても振り返りもせず、保存を終えると澪は俺の太ももから降りて今にでも消えそうな雰囲気で家に帰っていった。
久々のぼっちでの睡眠は少しだけ寂しかった。




