第117話 黒の女神は頑張っている
「澪ちゃん、私にも日焼け止め貸してくれない?」
「良いですよ……皐月ちゃんも使いますか?」
「あー、じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」
私は先程の自分の身体に塗った日焼け止めを二人に貸してあげた。
これから外ですか……嫌だなぁ、日焼け止めを塗ったから少しは大丈夫だろうけど結局汗もかいちゃうし、蒼君に恥ずかしい姿見せたくないし……
去年の体育祭は蒼君が怪我をしていたから見られることはなかったから良いけど徒競走で一番うしろだし玉入れに参加したけど一個も入らないほど私の身体能力は低すぎます。
ハンドボール投げなんて10メートルも行かないだろうなぁ、1500なんて10分ぐらいだろうしどうせ一番最後だし……
「はぁ……」
「大丈夫?澪ちゃん?」
「元気出してー」
「んにゅ!」
咲茉ちゃんは私の頬をつまみ左右に引っ張ったり上下に動かしたりと唐突に遊んできました。
「せっかくの可愛い顔が台無しだよー、蒼君も競技に集中できないんじゃないかなー」
「っ……!」
確かに、もし私が元気ない今の状態で蒼君の目に止まったら彼の性格上絶対に気にするに決まっています。
私のせいで集中できず本来の力を引き出せなくなり悪い点数でも出してしまったら……
それだけは絶対に避けないと!
「そうですね……よし、頑張ります!」
「そうこなくっちゃね」
このときはたしかに一時的に元気になってしました。
だけど現実はこんな諸刃の剣をいとも簡単に壊してしまいました。
「もう、嫌だぁ」
「……」
「蒼君にも見られたし、他の男子にも見られたしぃ……」
「ふふ…」
「笑わないでぇください……」
「えいって言って8メートルは凄いと思うよ」
「それ煽りだって、ぶ……」
私は元気になったので勢いに任せるようにハンド―ボールを投げたら8メートルしか飛びませんでした。
まぁ、自分の身体能力の低さは私が一番知っているのでそこまで記録の低さで気持ちが萎える事はありませんでしたが、一番良くないのは私が投げた時にえいっと声が漏れてしまったのとその声を効かれたという点。
蒼君だけならまだしも喋ったこともない男子にも聞かれちゃいましたし……
「私、お手洗いに行ってきます……」
「どうぞー」
私は一人校舎内に入り重い足取りでお手洗いに向かっている途中。
「澪ー」
「っあ、蒼君!」
私は愛しの旦那様が見えたので思わず胸が高鳴ってしまい、餌を見せつけられた子犬のように一目散に蒼君の方に走り出しました。
「よしよし……」
あぁ……やっぱり蒼君のなでなでは落ち着くな、もういっそうずっとこうしていたい体力テストなんて受けたくない、ずっと蒼君の腕の中に居たい。
私は数秒だけ蒼君の腕の中を堪能しました。
◆◆◆
「お前さー休み時間だからって競馬を見るなよ」
「馬鹿だな、これは今回の1500のイメトレさ」
俺のスマホで1993年のオールカマーを見ていた。
「めっちゃ飛ばしてんじゃん」
「そうそう、でまぁ最終的に逃げ切っちゃうんすよ」
「へぇー、じゃあ、蒼は今日逃げるってことか」
「逃げ勝ちのほうがかっこいいだろ」
と会話して数分後。
「位置についてー」
しゃ、逃げるか
銃声が鳴り響いていたのと同時に男子の半分の人数が走り出した。
パートナーの片方は先生がいったタイムを書くだけで後は走っているのを見ているだけ。
俺は一人最初っから飛ばした。
全力疾走ではないが、8割ぐらいの力で走った。
柊エンジンは全開とか実況が言ってくれるのかなー、見てる奴らは盛り上がってるし……人間競馬かよ。
ある程度このクラスに馴染んできてクラスの男子だけのグループチャットもできそこでは毎晩会話が盛んに行われていた。
俺も義隆も海斗もある程度その会話に混ざることが出来ているのでクラスで浮いている奴ではない。
「蒼、あいつ死ぬって」
「これはこれでおもろい展開だろ」
一周して息はある程度上がってきたがまだ俺のペースは初めと殆ど変わっていなかった。
観客の中にいる陸上部が『あいつ死んだわ』みたいな視線を見せていたが俺はお構いなくにターボのガス切れが起きるまで全力疾走に近い形で走り抜けた。
「はぁ、はぁ……はぁ」
後400……後ろの展開は知らんけど、このまま行けたら1着だろ。
足取りはたしかに重くなっていた、鉛かなと疑うのも仕方ないぐらいに重かったが、1着のためとエンターテイメントのためという2つのお陰で俺は走ることが出来ていた。
後100
ゴールラインが見える頃にはもう俺は根性でターボを動かしていた。
「4分45」
しゃ、10点ゲット
俺は地面にぶっ倒れる中、先生が言ったタイムを聞いてガッツポーズをした。
でまぁ、俺は汗が滝のように流れた状態で次の女子の走りを見たんだがほとんどの男子生徒は荒ぶる胸を抱えている陶さんに目を奪われていた。
勿論俺もその一人だったが、後ろから来ている普段のストレートのロングからお団子に変わっていていつもと雰囲気が違う澪が走っている姿を見て我に返った。
胸で好き嫌いを決めるなんて論外だからな、危ない危ない。
最終的に澪は周回遅れも食らってゴールしたときには地面にぶっ倒れていた。




