第113話 水族館デート
「ごめん、澪まで遅刻させてしまって……」
本当にさー開始早々やらかしたんだけど。
澪に頭を深々下げて謝ると、クスクスと鈴を転がしたような綺麗な声が俺の前で鳴り響いた。
「蒼君も人間なんですね」
「それはどういう意味?」
俺が聞くともう一回笑われてしまった。
「だって、勉強もできて運動もできて朝にも強い人完璧人間さんが過ちを起こしてしまったんですから」
「そうか……」
次の電車は9時台、とりあえず駅には向かうとしてその後だよな、正味もう学校サボりたいしなー、澪はどうしたいのかわからないけど。
「なぁ、澪」
「どうしました?」
澪は俺の隣から顔を見せて見上げるような状態で聞いてきた。
「サボりって考えはありっすか?」
「サボりですか……」
澪は自分の顎に手を当てて考える素振りを見せていた。
数秒経って澪が口を開いた澪の声は悪巧みを考えている子どものように少しだけ無邪気なように聞こえた。
「良いですね……今日はサボりましょう」
「理由は?」
「今読んでいるラブコメと全く同じシチュエーションだからです!」
澪は食い気味に俺に近づいて言ってきたせいで、俺は少し後退りした。
ラブコメね……今日はじゃあカッコつけマンになろうかな。
「とりあえず市内には行こうか」
「てことは、今日は市内で制服デートですね」
澪は少し頬を赤色に染めながら恥ずかしそうに俺の制服の裾を掴みながら言った。
それと同時に俺の心臓は更にうるさくなった。
ただでさえ今澪との距離が近いっていうのにそんな照れながら言うの可愛すぎるじゃん、ズルすぎるって。
俺はなるべく澪に心境をさとられないようにするべく視線を合わせないように努力した。
と言っても、視線をずっと合わせなかったら澪は拗ねちゃうだろうしかまってちゃんモードにモードチェンジしちゃうだろうからたまに視線は合わせた。
拗ねちゃったら元も子もないからな。
駅のホームで少し電車を待って9時台の電車に乗ったが、通勤通学の時間帯に乗っている俺等から見たらガラガラすぎているのはおじちゃんおばちゃんと、少し遅めに出勤してもいい会社に努めているだろうかと考えられる、カッコいいスーツを着たサラリーマンと女性社員しかいなかった。
「とりあえず、あそこに座ろっか」
「はい……」
2年生になってもなお澪の人混み嫌いは改善……少しだけはされたのかな、て言っても俺の服の裾を精一杯握っているのは事実だもんなー
「澪は窓際でいいよ」
「……ありがとうございます」
座席が空いていたので俺はなるべく澪を周りの視線を浴びさせないために窓際に座らせ俺は通路側に座った。
俺の体はある程度筋肉が付いてるので厚みがあるから澪の姿はあまり見えないはず、身長も俺のほうが圧倒的に大きいしな。
「蒼君…肩、借ります」
「いいぞ」
すると、澪は俺の肩を枕代わりに頭を乗せ、そのまま寝てしまった。
……まぁ、同級生はいないだろうしいっか。
俺は澪の頭を優しく撫でた。
◆◆◆
「じゃあ、どうしよっか」
「そうですね……水族館はどうですか?」
「水族館ね……」
水族館か、小学校の時に社会科見学で行ったきり行ってないな……久々に行きたいな。
「じゃあ、バスで行こっか」
俺がそう提案すると、澪は目を煌めかせて首を何回も縦に振った。
「じゃああそこのバス停に来るはず……後8分後にだってさ」
「スムーズですね」
「たまたまだね」
隣からふふっと笑い声が聞こえてきた。
「行こっか」
「はい、イルカショーも見ましょうね」
澪は少し興奮気味だった。
俺の大会後に行ったゲーセンで取ってきた巨大ジンベエザメ人形も愛用してくれているようだし、今日は巨大イルカ人形でも買おうかな。
澪に何を買おうか考えながらバスを待ち、バスに揺られ10分程度。
「着きましたね!」
「そうだな……」
「どーしたんですか?」
今俺は不機嫌である。
誰しも自分の恋人が知らん男どもからいやらしい視線で見られているってなると、彼氏側は不機嫌にもなるだろう。
見せつけるか……
「いや何も、行こっか」
「っ!」
俺は澪の手を握って入場券売り場に向かった。
隣で澪は『うぅ』とか『あぁ』とか顔を赤色に染めて嘆いているが問答無用に突き進んだ。
「はい、入場券」
「……はぁい」
「楽しもうか」
澪は首をコクっと縦に振った。
そして水族館に入ったのだが
「蒼君!ジンベイザメさんですよ!」
「澪、一旦落ち着こう」
「でかいなぁ~」
生憎、平日の午前10時台の水族館は人が殆ど居なかったから少しは混んでいるときよりはしゃいで良いのかもしれないが、水槽にべったりまで行くのは考えていなかったな。
「蒼君も早く!」
乗らないとな、この流れに。
「わかった」
俺も水槽に近づいて魚たちを眺めた。
隣からは『綺麗…』と独り言で呟いている声が聞こえてながら静かな雰囲気は悪くなかった。
「……この水槽ってひびが入ったりしないんですかね?」
「あぁ、それはね」
俺は少し遠くにある硝子のブロックを指さした。
「あのサイズのガラスがこの水槽に使われてるから相当なことがない限り水がこっち側に漏れることはないと想うよ」
「へぇー…蒼君は物知りですね!」
「っ…まぁね」
澪の唐突な上目遣いと光が滲み出ている太陽のような笑顔に心臓君が悲鳴を上げていた。
今日はずっと俺の攻撃のターンにしたいのにさ、無意識は即死級の攻撃はずるいって。
一回状況を変えよう。
「そろそろ、次に行こっか」
「はい!」
俺は澪の手を握って次のエリアに向かった。
絶対に今日は俺の攻撃で澪はずっと照れてる状況を作ろう




