【♭】minor
しとしと
しとしと
雨が歌う
それは ――……
―― レゾナンス ――
「この曲……」
ピクリと、その細い肢体が俺の腕の中で揺れた。
耳を傾ければ、雨の音と一緒に透き通る様な旋律が聞こえてくる。
「知ってるのか?」
尋ねてみたら微かに頷き、ぽつりと言葉を溢した。
「好きな……曲だから」
自分の事を、余り多く語らない。だから珍しい事だ。
些細な事が、こんなに嬉しく感じるなんて……自分でも、どうかしてると思う。冷静な自分が嘲り笑う声が聞こえた。
そんな声に気付かない振りをして、そっと耳を塞ぐ変わりに、腕の中の温もりを一層強く抱き締めた。
「何て曲なんだ?」
何でも良い。もっと知りたくて……その口から零れる声をもっと聞きたくて、何気なく聞いた。
「雨だれ……」
どうやら、珍しく睦言に付き合ってくれるらしい。静かに、消え入りそうな声で応えてくれた。
「出掛けてしまった恋人を、待っている曲……」
ぽつり、ぽつりと語る声は、まるで歌っているみたいに空気に溶ける。
「雨の滴り落ちる音と、ピアノの音が寄り添っているみたいに聴こえたんだって」
―― だから、雨だれ……
その、今にも崩れそうな旋律は儚くて、どこか哀しい。腕の中の存在と重なった。
「秋が……秋雨が運ぶ“冬”を謳う音楽だよ」
まるで、そんな声に応える様に、曲調が暗く重々しいものに変化していく。
窓の外に目をやれば、雨が強かに打ち付けるように降り注いでいた。雨音と雨音の間をすり抜ける様に、その嘆くような旋律が耳に届く。
「きっと、彼は“死ぬ”事が恐かったんじゃない……愛する人との“別れ”が恐かったんだ……」
―― なら、死の先に求める温もりがあるのだとしたら?
それは音にはならなかった。俺が覆い被さる様に身を乗り出して、そっと口を塞いだからだ。
―― ギシッ……
ベッドが軋む。
不気味に、静かに響く旋律は“死”を彷彿させた。そんな忍び寄る不吉な足音から遠ざけたくて、そっと耳を唇でなぞる。
くすぐったいのか、身をよじり逃げようとするそのしなやかな肢体を、繋ぎ留める様にしっかりと抱き締めた。
「……ちょっ…と……ッ……」
声が、甘い熱を帯びる。潤んだ瞳や、うっすらと上気する肌全てが蜜の様に俺を誘う。
その蜜に誘われるように、再度啄む様なキスを送った。
澄んだ艶冶なさえずりと
切ない旋律とが絡み合い
響き合う。
そんな偽りだらけの甘美な夢を俺は貪り、陶酔する。
刹那の熱を奪う様に、雨が冷たく嘲笑うのを遠くで聞いた。
[END]
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