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【♯】Major

色彩のない世界が

音となって

鮮やかに動き出す


―― コントラスト ――


「いきなり降り出すとか、マジねえわ」


悪態を付いてみたところで事態が好転するわけない。


判ってはいても、思わず口を吐いて出るのは文句の嵐だ。確かに、今日の天気予報で“夕立注意”とか何とか言っていた気が、しなくもない。


でも、下校時刻にいきなり降り出すとか、タイミングが悪過ぎだ。

しかも、何の予兆もなく、いきなり強かに打ち付けて来やがった。とにかく俺は、雨から逃げる様に走っていた。


雨は嫌いだ。

色々、煩わしいだけだから。


目に飛び込んできた、屋根付きのバス停に駆け込む。

腕時計に目をやる。丁度時刻を17時を過ぎたところだ。



本来なら帰宅する人が列をなすだろう時間帯にも関わらず、バス停に居るのは俺1人だ。


人の通りはあまりない。閑散としていた。


都会の喧騒から離れた、街のはずれ。それが、俺の住んでいる場所だ。

1人だと余計に雨音が耳につく。


止む気配が全くしない曇天を、俺は軽く見上げた。


「止むのか?これ……」


そんな疑問も、誰に届く事もなく雨音に消えていく。


「あれ?先客がいた」


そんな静寂に明るい声が飛び込んで来た。


「傘、忘れたの?」


頷く事で応えれば、彼女は“同じだね”と笑んで肩を並べて立った。雨音に混じって、彼女から滴り落ちる雫の音が耳を掠める。

そろりと盗み見てみれば、ぐっしょりと濡れた夏の制服から白い肌が透けていて。


濡れた髪をそっと掻き上げる姿に、ちらりと見え隠れするうなじに、鼓動が一つ、大きく跳ねた。

慌てて目を逸らしても、もう遅い。

さっきまで煩くてしかたなかった雨音が、急にありがたくなった。


俺も、彼女も口を開かない。時折動いているのが、気配で判った。触れそうで掠めもしない。そんなもどかしい距離。


彼女に気付かれない様に伸ばした手は、結局何も掴む事なく行ったり来たりしている。

近いのに遠い。今の俺達そのものだ。


「……嫌い?」


思いに耽っていた俺は、そんな声に振り返った。


「ごめん、聞いてなかった」


素直に謝れば、苦笑を浮かべて小首を傾げる。


「雨、嫌い?」


何でいきなりそんな話になったのか。思わず俺は、眉をしかめた。


「いや、だってスゴく嫌そうに雨を睨んでたから……」


―― 嫌いなのかなって


言われてから、「ああ」と納得して少し間を置く。


「嫌いっていうか、煩いし鬱陶しい」


これが正直な感想だった。


「そうかなあ」


まさか同意が得られるとは思っていなかったが、否定されるとも思っていなくて。思わず胡乱気な眼差しを向けてしまった。

その時……鞄をベンチに置いて、バス停からひらりと彼女が飛び出した。


「おい!?」


止める間なんか、全くなかった。焦る俺をよそに、空に向かって両手を差し出す。

まるで雨を抱き締めているみたいに見える。


……いや、彼女が雨に抱き締められているんだ。


そんな彼女は、一点の曇りもない笑みを浮かべていて。純粋に綺麗だと思った。


「雨ってさ、嫌な事を全部流してくれる気がしない?」


見惚れていたら、返事をし損なってしまった。だけど、そんな事お構い無しに彼女は続ける。


「こうやって雨を感じてると……嫌な事を全部流してくれる。涙だって隠してくれる」


―― 強いままの、私でいられる


「雨音は、弱音を吐いても隠してくれるわ……」


いつも気丈な彼女の、俺の知らない一面を垣間見た気がした。


「恵みの雨とも言うしね」


弱々しく見えたのは一瞬で、もういつもの溌剌とした彼女に戻っていた。

すっと俺に手を差し出す。


「すっきりするよ?全部流しちゃえ」


何で判ってしまうんだろう。胸にわだかまりを抱えている事が。


些細な事で、友人と喧嘩をした。どっちが悪かったとか……今となっては判らない。

いや、時間が経つにつれて後悔ばかりが募っていた。

そんな時、雨まで降りだして気分は最悪だった。


―― なのに……


差し伸ばされた手を取る。


耳元で、雨が優しくつま弾く。そんな風に感じている自分に驚いた。


街灯が灯る。隣から感嘆の声が聞こえた。


「光のシャワーみたい!」


キラキラ


キラキラと降り注ぐ雨が、綺麗だと思った。

不思議な感覚だ。彼女の言葉、一つ一つが、俺の世界を彩って行く。


「綺麗だね!」


向けられた屈託のない笑みに、甘い痛みが胸に走る。


「そうだな」



雨音がそっと、アイを囁いた気がした。





[END]

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