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8.聖女という肩書の価値

 聖女である私の存在を無条件で受け入れてくれる人々がいる一方で、何も成し得ていない私が聖女を名乗るのを快く思わない人々だって当然いる。

 そんなことは少し考えればわかることで、だからこの世界に召喚された当初から、敵意を向けられる場面を想定してはいた。

 けれども、面と向かって「あなた自身のことを好きにはなれなさそうだ」と言われてしまったことに、そして相手が今後も関わっていく人間であることに、私は早くもくじけそうになっていた。

 

 ルークは「気にする必要はないですよ」と言ってくれていたけれど、あれは紛れもないウィリアムの本心だった。そして彼の言葉は、この世界に来てから目を背け続けていた「私に聖女が務まるだろうか」という、私自身が抱える不安を浮き彫りにした。


 この国のためになることをしたいと意気込んだところで、私はただの小娘だ。世間の人々があっと驚く政策の提案ができるとは、到底思えない。

 そんな私に、本当に何かを成し得るだけの力があるのだろうか? 私がこの世界に呼ばれたことに、何かしらの意味を与えられるのだろうか?


 ぐるぐるとそんなことを考えながら自室に辿り着くと、そこには御者から連絡を受けたヘンリーが待ち構えていた。彼は私の荷物で両手がふさがったルークを見て、驚いたように目を見張った。

 先程ウィリアムから非難を受けた私は、「買いすぎでは?」というヘンリーの言葉を聞きたくなくて、「ただいま」の挨拶もすっとばして説明を開始する。


「この間、ルークから『王室御用達の仕立て屋の仕事量に変化はないだろう』と聞いたんです。でも、農作物の収穫量の激減が見込まれる現状で、庶民向けの店は苦労しているのではないかと思って……」

 なんの前置きもなくそんなことを言い出すのだから、きっとヘンリーにとっては意味不明の説明だったことだろう。

 けれども、息継ぎをする間も惜しんで早口でそこまで言い切った私を見て、ヘンリーは「落ち着いてください」と言いながら、椅子に座るよう促した。


「レイ様のお考え、すぐにでも聞かせていただきたく思います。ですが、まずはお茶でもご準備いたしましょう。きっとお疲れのことでしょう」

 ヘンリーの労わるような視線を受けて、私はようやく身体のこわばりが解けるのを感じる。彼の指示で用意された紅茶に口を付けると、南国系の果物の香りが鼻に抜けた。

「……落ち着かれましたか?」

「はい、ありがとうございます」

 私が礼を伝えると、ヘンリーは穏やかな笑みを浮かべて「それはよかった」と言った。


「それで、レイ様のお考えの続きをお聞きしても?」

「はい。実際に自分の目で見て、『庶民向けの店は苦労しているのではないか』という私の考えは、間違いではないとわかりました」

 今日の買い出し中に各店舗の様子を見て気づいたこと、そして店主達との会話から感じたこと。それらを話す間中、ヘンリーは真剣な表情を崩さなかった。

 宰相補佐官と言う地位に就いている彼にとっては、私から与えられる情報などなんら目新しいものではないだろう。けれども、彼が私の話を遮ることなく聞いてくれることに、胸がじんわりと温まる気がした。


「どの店でも、『商品の売れ行きは良くない』ということをおっしゃっていました。商品が売れないと、従業員を雇用し続けることができません。失業者が増えると経済活動はさらに停滞し、ますます物は売れなくなってしまいますよね?」

「ええ、おっしゃる通りです」

「ですから私は、まずは城下の服飾店の稼働率を上げたいと考えたのです」

 私がそう言うと、ヘンリーは先を促すようにゆっくりと頷いた。


「……こんなことを自分で言うのは少し恥ずかしいのですが、私は今回の買い出しで〝聖女〟という肩書に価値があることに気づきました」

 私がこの世界に来て数日。インターネットなどないこの世界で、私の顔はまだ国民に知られていないものの、「聖女が召喚された」という情報は出回っているらしく、路面店なんかで聖女に関するグッズが売られているのを何度も目にした。そしてそこには、ある程度人が集まっていた。


「そこで考えたのです。『聖女は普段城下町の店舗で購入した服を着ている』と宣伝してはどうだろう、と。王族と同身分である聖女が身につけることで、その服自体の価値を上げることができるのではないか、と」

〝聖女が着ている〟ということが、服そのものの付加価値になるのではないか。そう考えたからこそ、私はできるだけ多くの店舗で服を購入した。特定の店舗のみに利益が集中してしまわないように。


「もちろん、時と場に応じた装いを否定するつもりはありません。ですが、貴族の方々が屋敷内で過ごす際に着る服として、そういった店舗の商品を選んでもらえれば、彼らを支えることができると思うんです」

 ルークによると、私に用意しようと考えられていた衣服はどれも、城下町で購入した商品の十倍程度の価格だという。

 そういった価格帯の服を日常的に着用している人々が、一着分の費用を街中の店舗での買い物に回してくれれば、貴族を対象とする仕立て屋にも大きなダメージを与えることなく、かつ庶民を対象とする店の経営の手助けもできるのではないだろうか。


「どの店舗においても、簡単な装飾の追加や変更、あるいは丈の調節なんかは可能だとおっしゃっていました。必要とあらば、それらをアピールすることもできると思います」

 難しい顔で黙り込んでしまったヘンリーに、私はここぞとばかりに説明を続ける。「役に立ちたい」「この世界を救いたい」、という気持ちを込めて。私が恋愛音痴であるがゆえに、この世界の人々の未来を潰してしまうことがないように。


 けれども同時に、胸が大きく波打っているのも感じる。

 いくら私がやる気満ち溢れていようとも、私の提案がこの世界に良い影響を与えられるとは限らないのだから。

「期待外れだった」と落胆されるならまだ良い。「こんなことなら召喚すべきではなかった」と思われたらどうしようと、不安に思っているのもまた事実だ。


 やがてヘンリーは大きく息を吐き、私の目を真っ直ぐに覗き込むと、ゆっくりと口を開いた。

「正直に申し上げると、頭の固い貴族の中からは『服飾店のみを支援するな』という批判が上がることでしょう」

 ヘンリーの口から告げられたその内容に、「やっぱりそう上手くはいかないか」と落胆しかけたその時、彼は一層声を強めて「ですが」と言葉を続けた。


「ですが、聖女であるレイ様の発案であれば、そういう者達を黙らせることができます」

 ヘンリーはそう言うと、知らないうちに膝の上で握りしめていた私の両手を、自身の両手で優しく包んだ。

「〝平等に、公平に〟という観点も必要ですが、私個人としては〝まずは動く〟ということが重要だと思っています。きっかけを作ってくださったレイ様に、心より感謝申し上げます」

 そう言って頭を下げるヘンリーを見て、私はなんだか泣きそうになってしまう。


「今後も、レイ様のお考えをたくさんお聞かせください。余程現実離れした案の場合は、私が必ず助言いたしますから」

 その言葉と共に力が込められたヘンリーの両手から、彼の優しさが伝わってくるように感じられた。はっきりと言葉にした訳ではないけれど、私の「役に立ちたい」という思いを、汲み取ってもらえた気がした。

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