7.デートというより子守りのような
その後街中を歩き回って、私はたくさんの服飾店で一着ずつ服を購入した。
最初に寄った店で尋ねたのと同じ質問を投げ掛けると、どの店でも「やろうと思えばできる」との回答が返ってきたので、ヘトヘトになりながらも足を伸ばした甲斐があったというものだ。
「正直なところ、先程の店にあったものとこれと、大きく違いがあるようには思えないのですが……」
途中、ルークは申し訳なさそうな顔でそう言ったけれど、おそらく彼の意見は正しい。だって、私の目からも大差はないように見えるのだから。
「いいのよ、別に。〝いろんなお店で買った〟ということに意味があるの」
私がそう応えると、ルークはますます訳がわからないといった表情を浮かべるのだった。
午前中のうちに王宮を出発したというのに、帰路につこうとした時にはすでに日が傾きかけていた。
「ごめんなさい、長い時間連れ回してしまって」
両手いっぱいに荷物を抱えるルークに対して、私はぺこりと頭を下げる。
今回の買い出しを「デートみたいだ」と言ってくれていた彼は、まさかこんなに過酷な買い物に付き合わせられるとは思っていなかっただろう。
そうでなくとも、「今後のためにぜひ知っておきたい!」という私に、貨幣の種類や支払いの仕方まで逐一説明を求められたルークは、もはやこの買い出しを〝子守り〟だと認識しているに違いない。
攻略対象者であるルークとの会話はそこそこに、各店舗で店主や仕立て担当者とばかり話し込んでいた自分の行動を顧みると、『イセオト』のデートイベントとしてこのシチュエーションを用意したゲームのシナリオ担当者にまで申し訳ない気持ちが湧き上がり、顔も知らない相手に心の中で謝罪する。けれども、文句を言うなら恋愛音痴である私を聖女として召喚した神様的な存在にお願いしたいところだ。
そんな私の思いとは裏腹に、ルークは屈託ない笑顔を浮かべる。
「いえ、気にしないでください。なんだかレイ様、とても生き生きしてましたし、見ていて楽しかったですよ!」
通常であれば社交辞令の一種と捉えるべきなのだろうが、ルークから向けられる視線があまりにも真っ直ぐで、私はなんとなく居心地が悪くなってしまう。
「……半分持つよ」
話題を変えるためにそう言って右手を突き出すと、ルークは僅かに目を見開いた後、「聖女であるレイ様に、そんなことはさせられませんよ」と言ってへにゃりと笑った。
「いや、さすがに。だって全部、私が買った物なんだから」
「けれども、レイ様に荷物を持たせたと知られると、僕が怒られてしまいます」
「そんな特別扱い、されたくないなあ」
その言葉は紛れもない本心だったけれども、思った以上に悲しげな響きになってしまったことに驚いた私は、思わず口を噤む。
人との距離の測り方が上手なルークは、当然人の心の機微にも敏感で、だからこそ私の言葉に滲んだ感情に気がつかない訳がない。
けれども彼はそのことには触れず、「……じゃあ、少し持ってもらおうかな」と言って、私にいくつかの紙袋を手渡した。
何気なく渡されたように見えたそれらは、しかしどれも軽いものばかりで、ルークの気遣いが感じられる。
「ありがとうね」
「何がです?」
「ルークが執事で、よかったなって思って」
私がそう言うと、ルークはわざとらしい大声で「いいえー!」と応えた。
「やっぱり、手を繋いでおきません?」
馬車に戻る道すがら、ルークはそんなことを言ってきた。
不意に告げられたその言葉は、ほんの数時間前に掛けられた言葉と内容こそ同じだったけれど、そこに色っぽさは微塵も感じられなかった。その言葉はまるで、幼い子どもに語り掛けるような響きを有していた。
「……そうだね」
そのまま私達は、手を繋いで馬車へと戻った。ルークに「なんだか妹ができたみたいな気持ちです」と言われて、確かにその通りだなと思ったりした。
◇◇◇
馬車が王宮に到着した時、すでに辺りは薄暗くなっていた。
ルークと共にホールを抜けると、ちょうどなんらかの会議が終わったところらしく、近衛兵であるウィリアムに出くわした。
ウィリアムとは言葉を交わしたことがない上に、顔を合わせるのすらこの世界に来た初日以来のことで、だからなんと声を掛けるべきなのか一瞬躊躇してしまう。
挨拶は人間関係を構築する基礎であるとは思うものの、聖女としてふさわしい挨拶など知る由もない。ウィリアムとすれ違う間際、かろうじて「お疲れさまです」と絞り出すと、彼は私達を見て苦虫を噛み潰したような顔をした。
……やはり「お疲れさまです」はまずかっただろうか。「ご機嫌よう」とかの方が聖女らしかっただろうか。
そんなことを考えながら、内心では慌てまくる私だけれど、ウィリアムはそんなことなどお構いなしに大きな溜息を吐いた。
「……買い物に出かけると言っていたのは、今日だったのですか」
文字に起こすとそれなりに丁寧な物言いではあるものの、彼の言葉からは私への非難が感じられた。
ヘンリーによると、ウィリアムは「真面目で実直、兵士の規範となるような人物」だそうだ。そんな彼が、仮にも護衛対象である私に対してそのような態度を取ることに、正直戸惑いが隠せない。
おろおろとする私に、ウィリアムは冷たい口調で言葉を続ける。
「外出時の規則も守らず、歩き回っていたのでしょう。聖女としての自覚に欠けるのではありませんか?」
「……ヘンリーから、きちんと許可は貰っています」
かろうじてそう言い返すと、ウィリアムは眉間の皺を深くした。そのまま両手いっぱいに荷物を抱えるルークを横目でちらりと見るウィリアムの鋭い視線に、思わず震え上がりそうになる。
「規則を曲げてまで出かけた理由が、買い物ですか。『自分の服飾費に予算を割くべきではない』と言っていたと聞きましたが、こんなにたくさん買ったのでは同じことでしょう」
ただでさえ身体の大きなウィリアムには威圧感があるのに、責めるような口調でそんなことを言われるものだから、胃の辺りがきゅっとなる。
とにかく何か言わないとと焦る私を庇うように、ルークが「聖女様にもお考えがあるのですよ」と言ってくれたけれど、ルークにも私の〝お考え〟を伝えていないせいで、その言葉には全く説得力が感じられなかった。
おそらくウィリアムも、同じように思ったのだろう。
「私は近衛兵として、聖女様の身の安全は保証します。しかし、悪いがあなた自身のことを好きにはなれなさそうだ」
ウィリアムは吐き捨てるようにそう言うと、軽く頭を下げて私達に背を向けたのだった。