6.おそらくこれは攻略対象者との初デート
「普段着は城下で揃える」と言った私に、ヘンリーはさっそく外出の許可をくれた。
聖女である私が外出するには、基本的には近衛兵であるウィリアムを護衛につける必要があるらしい。しかし忙しい彼と予定を合わせられるのはずいぶんと先になると聞き、「まだ私を聖女だって知ってる人間なんてほぼいないし!」と主張してみた結果、今回に関しては執事であるルークとの外出があっさり認められた。
「なんだかデートみたいでドキドキしちゃいますね」
ルークはくしゃりと笑いながらそんなことを言ったが、乙女ゲームらしい色っぽさを含んだその言葉からは、しかし不快な下心は全く感じなかった。
なるほど、デートか。そういえば、誰のルートだったか定かではないけれど、城下でのお出かけデートのシナリオがあった。ストーリーの序盤だった気がするから、ひょっとするとこの買い出しが『イセオト』の初イベントにあたるのかもしれない。
「はぐれちゃうといけませんから、手を繋いでおきません?」
そう言って満面の笑みで私に左手を差し出すルークに、「え、なんで?」と真顔で返してしまったことについては反省している。
そんな私に対して、ルークは一瞬面食らった表情をしたものの、すぐに「ははは、ですよねー」と言った。この後の買い物が気まずいものにならなかったのは、誰がどう考えても彼のおかげだ。
つい数日前に出会った異性として、適切な距離を保ちつつ、私とルークは城下の店を見て回る。
大通りに面した店はどこもしっかりとした門構えで、商品だって見ていてワクワクするようにディスプレイされている。だからこそ余計に、人気のなさが気に掛かる。
「ねえ、ルーク。ヘンリーからは『この国一番の中心部』と言われていたんだけど、あまり賑わっているようには見えないわね」
「庶民は生活必需品以外のものを買い控えていますからね。例年はもっと、活気溢れる街なのですが」
そう言ってルークは眉を下げた。
「……とりあえず、この店から入ってみてもいいかしら?」
城下町の中心部において一際立派なその服飾店は、おそらく通常であれば人気店なのであろう。しかし「もちろん」と言われて扉をくぐったその先には、一人の客もいなかった。
「こんにちは。服を一着いただきたいのですが」
この店の店主であろう上品な佇まいの男性に声を掛けると、彼は困ったような顔をした。
「これはこれは、ありがとうございます。ですが当店では、あなた様のようなお方が好まれる品をご用意できるか……」
私が聖女であることはもちろん明かしてはいないが、ヘンリーに用意してもらったワンピースは一目見て上質であることがわかる代物で、だからこそ店主がこのような反応をするのも仕方がないことだった。
けれどもここで引き下がってしまえば、ここまで来た意味がない。この外出は買い出しであって、ルークとのデートではないのだから。
「ディスプレイの商品が、素敵だなと思ったんです。店内を見せていただいても構いませんか?」
店主の言葉には返事をせず、愛想笑いを浮かべながらそう言うと、店主は「それはもちろん。どうぞご覧ください」と言って恭しく店内を手で示した。
店を一回りしてみると、手前の買い物スペースとは別に、簡易なパーティションで区切られた奥には仕立てスペースが設けられていた。ルークにこっそり尋ねたところ、この世界ではどうやらそれが普通のことらしい。たくさんのミシンがずらりと並んだ光景には圧倒されたが、しかしそのほとんどが使われていないのか、布が掛けられているのには物悲しさを感じる。
「あの……、つかぬことをお伺いしますが、近頃の商品の売れ行きはどうですか?」
私がそう尋ねると、横でルークがぎょっとした表情を浮かべた。
「レイ様、それは……」
「いえいえ、構いませんよ。悪意を持って質問されている訳ではなさそうですし」
私の失礼な質問に対しても穏やかな表情を浮かべる店主の様子から、この店が貴族をターゲットにはしていないものの、それなりに敷居の高い店であることが見て取れる。
「正直に申し上げますと、芳しくありません。この状況が長く続くようであれば、経営が立ち行かなくなるでしょう。それは私共の店だけではなく、この街に店舗を構える全ての店に言えることだと思います」
「ということは、人手は余っているということですか?」
「ええ。売れないとわかっているのに、作り続ける訳にもいきませんから」
店奥の稼働していないミシンを視線で示しながら、店主は淡々とそう告げた。
その後いくつかの商品を見て回り、私は一着のワンピースを選び出した。店主いわく「この店で昔から人気のある定番商品」とのことだ。
「流行り廃りのないデザインですから、長く着ていただくことができるかと思います。今あなた様がお召しの物には劣りますが、当店が扱う物の中では最上品質の生地を使用しております」
店主はそう言ってにっこりと笑った。
「あの、もう一つお聞きしてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。何かございますでしょうか?」
「例えばなんですけど、この店の既製品を購入する際、ボタンを替えたりレースを縫い付けたりすることは可能ですか?」
私がそう尋ねると、店主は「そういったことは行っておりませんが……」と言った後、少し考える仕草をして、奥から若い女性を呼んだ。仕立てを担当しているというその女性は、先程の私の問いに対して「それほど難しくはありません」と答えた。
「じゃあ、スカートの丈を変えることはどうですか?」
「短いものを長くすることはできませんが、長いものを短くする分には可能です」
「それは、このお店のスタッフが特別優秀だからですか?」
私がそう問い掛けると、女性はふっと表情を和らげた。
「はい……と言いたいところですが、その程度のことであれば、王都の店であればどこででもできるかと」
女性の応えを聞いて「なるほど」と頷く私の隣で、ルークが困惑しているのが目に入ったが、とりあえず今は放っておこう。ごめんね、ルーク。
最後にこれだけは聞いておかねばと、店主に視線を移すと、店主がじいっとこちらを凝視しているのに気がついた。その表情は、私の次の言葉を待っているかのように思われた。
「……最後に、一つだけ。店主であるあなたはこの状況に対して、どう思っていらっしゃいますか?」
「〝この〟と言いますと、商品の売れ行きが良くない現状、ということでしょうか?」
「ええ」
「それはもちろん、早く元に戻ってほしいと思いますよ。この店の売り上げで私や従業員の家族は生活していますから。それに、せっかく作った商品がずっと棚に並んだままというのは、随分と寂しいものなのですよ」
そう言ってうっすらとした笑みを浮かべる店主を見て、私は「まずはここからやってみよう」と心に決めるのだった。