5.物は言いよう、嘘も方便
先程『イセオト』について、友情エンドを迎えた私は「国を救うことができなかった」と言った。でもじゃあ、友情エンドは国が滅びるバッドエンドなのかといえば、そういう訳でもない。
『さあ、共に手を取り合ってこの国の危機を乗り越えよう!』
友情ルートの最後は、攻略対象者のそのような言葉で結ばれていたような気がする。
つまり、悪く言えば「何も解決していない」のだけれども、良く言えば「希望は残されている」のだ。私は、攻略対象者と結ばれることは早々に諦め、この残された希望に賭けようと思う。
そうと決まれば行動あるのみ。私の「聖女として頑張る」発言を聞いて呆気にとられたような表情を浮かべるヘンリーに、さっそく質問を投げ掛ける。
「ところで、この国の危機とは、具体的にどういった?」
全てのルートで友情エンドを迎えてしまった衝撃が強すぎて、正直ゲームの内容はあまり覚えていないのだけれど、ゲーム内では恋愛面にフォーカスされており、彼らが言う〝国の危機〟の内容について触れられることはなかったように思う。
先程ルークは「魔法のない世界だ」と言っていたけれど、そうは言っても聖女が転移してくる世界なのだ。きっとファンタジックな危機に違いない。
少しワクワクしながら返答を待つ私に、ヘンリーはさらりと言葉を返す。
「ここ最近頻発する異常気象です」
「……気象をなんとかしろと?」
「まさか。異常気象のせいで今期の農作物の収穫量が例年の三割程度になる見込みなのです。このままではそれらを生業とする者達の生活が立ち行かなくなるので、我々はそうならないように対策を立てているところです」
あ、なんか思ってたより現実的な危機だった。
「……もっと、こう……魔獣が大暴れしているとか、そんなことだと思っていました」
「魔獣? レイ様がいらっしゃった世界には、魔獣が存在するのですか?」
「いや、存在しないけども」
「……? では魔獣という発想はどこから?」
なんだか私が突拍子もない発言をしたみたいな空気になっているけれど、これって私が悪いのかな!?
「ええっと、こほん。とにかく、わかりました。ちなみに、食糧自体は足りるのかしら?」
「ええ、それについては各領にも備蓄がありますので。それで足りなければ、近隣国からからも支援を受けられるようになっています」
ということは、目下の急務は農民達に収入源を用意する、ということになるのだろう。
私は社会に出たばかりの小娘にすぎず、国の政策を考えたことなどもちろんない。それどころか大学でも文学部だったし、失業者対策についてはまるで知識がない。
けれどもそういえば、昔読んだことのある漢文に、似たような状況で画期的な政策を行った人物の話があった気がする。あの話で為政者は、何をしたんだっけな……。
しかし、必死に記憶を辿る私をヘンリーが現実へと引き戻す。
「この国の危機の解決に向けて、レイ様が積極的に取り組もうとしてくださることは、ありがたく思います。ですが……」
ヘンリーはそこで言葉を区切ると、美しく微笑みながら私の腰辺りに視線を向けた。
「レイ様にはまず、身の回りを整えていただきましょう。聖女であるレイ様は、この国では王族と並ぶ身分であられるのですから」
その言葉を聞いて、自分が裾のほつれた部屋着のままであることを思い出し、私は赤面するほかなかった。
◇◇◇
「ねえ、ルーク? 少し相談に乗ってほしいんだけど」
攻略対象者達は早々に公務に戻った上に、ヘンリーは「仕立て屋を呼んでくる」と言って退室したため、部屋には私とルークが残された。ヘンリーが戻る前に、私はどうしてもルークに聞いておきたいことがあった。
「もちろんです、レイ様」
「今からここに来る仕立て屋さんって、忙しいのかな?」
私がそう尋ねると、ルークは質問の意図がわからないといったように少し首を傾げた。
「お忙しいとは思いますよ? ヘンリー様もおっしゃっていましたが、聖女であるレイ様は王族と同等の扱いになりますから、王族お抱えの仕立て屋が寄越されるはずですし……」
「じゃあ、その方達の仕事量は、異常気象には影響されていないということね?」
「そう……ですね。王族の方々が各国の要人とお会いする頻度は変わりませんので。ですが、直近でそういった予定はないので、レイ様の衣装を最優先させられるかと」
「私の服はいつでもいいんだけどね。この服だってほつれてるけど、別に着れない訳ではないし。でも……そうなのね、ありがとう」
そんな会話をしていると、ちょうどヘンリーが仕立て屋を連れて部屋へと戻って来た。それと共に部屋に運び込まれたドレス類はどれも煌びやかで豪勢で、思わず「うわあ……」と声が漏れてしまった。ちなみに、この「うわあ」はポジティブな「うわあ」ではなく、ネガティブな「うわあ」だ。
だって、あまりにも私に似合わなさそうすぎる。この世界の顔面キラキラ人間と違って、私は平凡な顔立ちの、地味な色合いの日本人なんだから。
「レイ様、お待たせいたしました。本当は全て一から仕立てるべきなのですが、なにせ時間がありません。いくつかは既成のものでご容赦ください」
私が嫌そうな顔をしてしまったからだろうか。ヘンリーは申し訳なさげにそう言うけれど、むしろ逆なのだ。こんなドレスに身を包まれて、私は普段通りに生活できる気がしない。
「これは、何かのパーティー用ですか?」
「いえ、普段着です」
「……私が着飾っていないと、何か問題がありますか?」
「いえ、特には。ですが、レイ様の意思を無視してこちらにお連れした訳ですから、これくらいのことはさせていただきます」
「なるほど」
つまり、これらのドレスは娯楽品に近いもので、私は別にこれらを着る必要はないということか。
「でしたら、今回ご用意していただく私の服は、最低限で構いません。できれば、あまり華美ではないワンピースを。後は城下で既製品をいくつか購入します。〝国の危機〟と聞かされて、さすがに自分だけこんな衣装を用意していただく訳にはいきません」
「しかし……。いえ、ご配慮ありがとうございます」
「人前に出る時のために、一着だけきちんとした服を仕立てていただいてもいいですか?」
「一着? ですが、聖女であるレイ様が同じ服を着回すというのは……」
ヘンリーはそう言って渋い顔をするけれど、自身の結婚式にしか着ないだろうというレベルのドレスなんて、そう何着も欲しくない。着るのにだって気を使う。
「私の元いた世界では、制服というものがありました。慶事も弔事もそれ一着で良しとされるような、万能な服です。……もう二度と戻ることができないかもしれない故郷との繋がりを、ほんの僅かにでも感じていたいのです」
さすがに大人になると「慶事も弔事も一着で」という訳にはいかなかったけれど。まあ、完全なる嘘でもないから許してもらおう。服装にこだわりのない私にとってはその方が気楽でいいし、この国の今後を考えると私の衣服にお金を掛けすぎるべきではない。
それくらいの軽い気持ちで申し出た提案に、しかしヘンリーは深刻な表情で答えた。
「そう……ですね。こちらの考えが足りませんでした。レイ様の祖国の文化を蔑ろにするような発言をしてしまったこと、心よりお詫び申しあげます」
恭しく頭を下げるヘンリーに対して、申し訳ない気持ちが湧かないこともないけれど、私の服飾費が抑えられるのはこの国にとっても悪い話ではないだろうし、真面目な顔で頷いておいた。
こうして、私は片時も寛ぐことができなさそうな豪奢なドレスでの生活を回避し、ある程度リラックスができるワンピースでの生活を勝ち取ったのだった。