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21.モブキャラクター(※元恋人)の気掛かり

「表面的にしかあなたを見てない人間にモテることに、意味なんてあるのかしら?」

 その時私が発した言葉は、紛れもない私の本心だった。

 彼が女性から人気があることなんて、昔からわかっていたことだけれど、彼に近寄る女性の中には〝見目麗しい官僚〟あるいは〝元王族〟である彼を求めている人間が一定数いるように思えたのだ。


 当時彼と付き合っていた私は、そういう理由で彼に擦り寄る女性のことを苦々しく感じていた。

 もちろん、嫉妬している部分もあったのだとは思う。けれどもそれ以上に「彼を見くびるな」と、私は腹を立てていた。「彼の良さはそんな表面的な部分ではなく、もっと本質的なところにあるのだから」と、そう思っていた。


 しかしどうやらその言葉は正しく伝わらず、彼のプライドを大きく傷つけてしまったらしい。

「……おまえから見たら無意味なことなんだろうな。だが、俺にはこれしかねえんだよ」

 彼は吐き捨てるようにそう言うと、そのまま私に背を向けた。叫ぶように口にした「違う、誤解だ」「私の話を聞いてほしい」という言葉は、彼を引き留める役には立たなかった。

 そしてその会話が、彼と交わした最後の会話になってしまった。


 もちろん、いくら王宮が広いとはいえ、官僚である彼と文官にすぎない私とで仕事上の接点がないとはいえ、全く出会わないことなどありえない。

 普通にしていればすれ違うことくらいあるし、話をするきっかけを作ることだってできる。

 しかしそれらが全くないとなると、いろいろと察するしかない。


 現に、そんな会話をした翌週に、彼とすれ違いそうになったことはある。

 その時、王宮内の長い廊下の行く先に彼がいたのだけれど、彼は私の姿を確認するや否や、くるりと踵を返して元来た道を帰って行った。

「ああ、避けられているんだな」

 彼の不自然な行動から、彼の気持ちに気づいた私は、それ以上彼と話をするのを諦めた。そしてそのまま、彼への恋心をそっと封印したのだった。


 あれから二年が経過し、私は今日も業務をこなしている。とにかく必死に、粛々と。

 私を取り巻く環境は、正直言ってかなり厳しい。私以外の家族が職を失っていて、そして新しい雇用先の目処も立たない状態で、私一人が家計を担うしかないのだから。

 休みたいとは思うものの、休んでなどいられない。そうやって身体に鞭を打って働き続ける私の耳に届いたのは、かつての恋人が聖女様と婚約を結んだらしい、という噂だった。


 文官の女性からも人気の高い彼の噂は、嫌でも耳に入ってきた。

『聖女様といると、自分が特別な人間になれたような気がするんだ』

 彼は誇らしげな表情で、そう言ったという。

『女性関係をとやかく言われないか、だって? ……聖女様は、「それも含めてあなたの魅力だ」って受け入れてくれているんだ。俺が愛しているのは聖女様だけだし、彼女もそれをわかってくれている』

 怖いもの知らずな女の子が「今後は遊べなくなるんですか?」と聞いた時には、そんな言葉が返ってきたと、女の子本人が言っていた。

 元彼女が聞いている場でそんな話をしないでよと思わないでもないけれど、私達が交際していたことを知っている人間などいないに等しいので、これは完全に私の八つ当たりだ。


 きっと彼にとって、聖女様の隣は居心地が良いのだろう。自分の自尊心を満たしてくれる女性達との関係を制限することなく、その上で自分の丸ごとを肯定してくれる聖女様は、理想的な女性なのだろう。

 ……でも、本当にそれでいいのだろうか?


 つい先日、私は数ヶ月ぶりに彼とすれ違った。城下に住む両親に、生活費を渡しに行った帰り道のことだった。

 その時の彼は、両脇に綺麗な女性を連れていた。彼は、「こんなに若いのに官僚だなんてすごい!」「見た目もとっても私好み!」なんていう薄っぺらい賛辞を受けながら、へらへらとした笑みを浮かべていた。


 おそらくそれは、彼が望んでいたことだったのだろう。だって彼は、〝女性からモテる自分〟に誇りを持っていたのだから。

 しかし私は、その時の彼の表情を見て、胃の辺りがきゅうっと痛くなるのを感じた。

 その時の彼は、全く楽しそうには見えなかった。口元には笑みを浮かべているものの、その目には光がなく、決して満ち足りているようには見えなかったのだ。


 もしかすると、それは私の勘違いだったのかもしれない。そうであってほしいと思っている。

 けれども、そんなことがあったから、私は彼の婚約を手放しで喜ぶことができない。


「あなたの魅力は、異性から人気があることではないでしょう? もっと他に、誇るべきところがあるでしょう?」

 すでに別れた私にそんなことを言う権利がないことなど、百も承知だ。

 けれども私は、どこか空虚な表情で女性を引き連れていた彼の姿を思い出しながら、そんなふうに考えてしまうのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


 久しぶりに夢を見た。一年程前に別れた、元恋人が出てきた。

 内容は覚えていないけれど、おめでたい夢だったと思う。夢の中の私は、なんだか複雑な気持ちを抱えていたような気もするけど。

 しかし夢の内容をずっと覚えていられる訳などもちろんなく、必死に業務をこなしているうちに、夢のことはすっかり忘れてしまっていた。


 異世界から召喚された聖女様が、立て続けに雇用や経済に関する政策を提案されている影響で、文官である私達は毎日忙しく働いている。

 けれどもそれに対して文句を言う者など一人もいない。むしろ聖女様にはみんな感謝している。

 というのも、文官には庶民出身者が数多く含まれており、聖女様の提案した政策によって家族が失職を免れた者も少なくないからだ。


 それは私も例外ではなく、家族で農業を営んでいた私の両親と弟は、今は教会の建立に関わる仕事によって収入を得ている。聖女様がいなければ、おそらく彼らに収入を得る手立てはなく、私の収入のみで家計を担うことになっていただろう。

 だから、私や私の家族が、慎ましくも心穏やかに生活できているのは、聖女様のおかげと言っても過言ではない。


 ここ最近ずっと忙しくしていたから、今日は早く帰ろうかな。

 少し前に弟が「新しい職場で初めての給与をもらった」と言っていたことを思い出し、私はそんなことを考える。

「姉ちゃんが忙しいのは知ってるけどさ、みんなで何か食べに行こうよ」

 そう言っていた弟の姿を思い出しながら、今日中に終わらせなければならない業務を頭の中でリストアップする。


「あれとあれが残っているから、先にあっちから片付けてしまおう……」

 今日一日の動きを考えつつ、ぶつぶつと呟きながら廊下を歩く私は、どう考えてもかなり不審だったたろう。

 しかしそんな私に対して、誰かが「なあ」と声を掛けた。その声はとても懐かしくて、胸がきゅっと握りしめられるような心地がした。


「……ノア?」

「ああ、久しぶりだな」

「うん、ずっと避けられてたからね」

 気まずそうな表情を浮かべる彼を見て、なんだか意地悪な気持ちになった私は、そんなふうに答える。すると彼は僅かに顔を顰めて「気づいてたのか」と言った。

 あんなにあからさまに避けられていたのに、気がつかない訳ないじゃないか。そう思うと、なんだか少しおかしくなった。


「それで、今になってどうしたの? 何かあった?」

 私がそう尋ねると、彼は顔を俯けながら呟くように言葉を発した。

「……謝りたいと思ってな」

「何に対して?」

「『誤解だ』って言ってたのに、話も聞かずに避け続けて。おまえがわざと人を傷つけるような発言をするはずがないとはわかっていたが、それでも話を聞くのが怖かったんだ」

 普段は自信満々に、飄々としているように見える彼が、バツが悪そうにぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。その内容が一年も前の出来事に対する謝罪であることが、なんだかむず痒く感じられる。


「……私も、言い方が悪かったと思ってる。それに、会話を諦めたのは私も同じだから」

 彼の瞳を覗き込みながら「ごめんね?」と伝えると、唇をきゅっと引き結びながら「いいや」と答えた。

「俺は、おまえに劣等感を抱いていたんだ。平民であるにも関わらず、実力を認められて文官として働いているおまえに。だからあの時、俺が唯一誇れる部分を否定されて、自分の存在意義がわからなくなってしまったんだ」

 彼は苦しげな表情で笑った後、「馬鹿みたいだろ」と言った。彼の言葉を聞いて、私は無言で何度も首を横に振った。


「あの日……おまえときちんと話をしたあの日、何を言おうとしていたのか、教えてもらえないか?」

「……表面的にしかあなたを見てない人間にモテることに、意味はないでしょって言いたかったの。だってあなたの誇るべきところは、その内側にあるんだもの」

 一年前、彼に聞いてほしかったことをようやく伝えられて、胸にじんわりと喜びが広がる。私の言葉を聞いて、彼が嬉しそうに目元を緩めるものだから、余計に。


 目の前の彼の様子を見ながら、私は「家族で食事に行くのはまた今後日にしよう」と思った。

 彼に一年前の言葉の真意を伝えられたことで、私はもう胸が一杯だ。嬉しい出来事を、一日のうちにそう何個も消費すべきではない。

 

 そんなことを考える私に向かって彼は歩を進め、そしてそのまま私の右手にそっと触れた。私に触れた彼の手は思っていた以上に冷たくて、そして小刻みに震えていた。

「都合が良いことを言っているのはわかっている。『何をいまさら』と思われるかもしれない。だが、もう一度チャンスをくれないか?」

 彼は、縋るような声でそう言った。

「思えばおまえは、いつも俺自身を見てくれていた。相談役でも元王族でもない、ただの俺として」

 今にも泣きだしそうなその表情は、一般的に見ると格好悪いものなのだろう。けれども私には、私のことで必死になっている彼が愛おしく感じられた。


 一年前の私達なら、人が通る可能性のある廊下の真ん中で、手を握り合うことなどしなかっただろう。特に理由はないけれど、お互いが「職場恋愛って気まずいよね」という認識だったから。

 けれども今は、彼の手を放したくないなと思った。


「……うん。こちらこそ、よろしくお願いします」

 そう言って右手に力を込めると、彼の方がぴくりと震えるのがわかった。彼はそのまま私の手を持ち上げると、上目で私の様子を窺いながら、私の右手にそっと口づけた。

「……なんか、王子様みたいだね」

 私の言葉を聞いて、彼は「ははっ」と短く笑った。

「まあ、歴史がほんの少し違えば、俺は王子だろうからな」

 いつもの調子で軽口をたたく彼の目は、しかし薄っすらと涙の膜で覆われていた。私はそれを指摘することなく、「そうだね」と言って彼の身体に腕を回したのだった。

お盆期間は更新をお休みします。

次話は8/19(月)に更新予定です。

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