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2.夢ではない……のかもしれない

「はじめまして、聖女様。私がこれから聖女様の身の回りのお手伝いをさせていただきます、執事のルークです!」

 部屋に着いた途端、そんな言葉と共に私を出迎えたのは、これまた高身長イケメン貴族風の青年だった。ルークの髪色はピンクブロンドとでも言うのだろうか。こちらもかなり目立つ髪色であることに違いはない。

 そしてヘンリー同様に、なんだかどこかで見たことがあるようなないような、そんな人物だ。


「執事?」

「そうです。聖女様の教育係も兼任していますので、わからないことがあれば、なんでも聞いてくださいね!」

 執事という言葉から想像するよりもはるかに気安い態度のルークは、私よりも少し年上かなとは思うものの、なんだか大型犬のようだった。

 そんなルークの淹れてくれた紅茶は、今まで口にしたどんな飲み物よりも美味しくて、「なるほど、さすが聖女の執事になるだけの人物だ」と思わされた。


「それでは、何かあればルークにお申しつけください。私は一度席を外させていただきまして、後ほど改めてご挨拶にまいります」

 そう言って扉から出て行くヘンリーを見送り、私はふうっと息を吐く。

「聖女様、お疲れですか? いきなりこんなところに連れてこられたんですから、無理もありません」

「……申し訳ないんだけど、聖女様って呼ぶのはやめてもらっていいかな? なんていうか、恥ずかしくって。そもそも〝聖女〟ってなんなの?」

 私がそう尋ねると、ルークは目を丸くした。


「ヘンリー様から、聞かされていませんか?」

 ルークによると、私のように別の世界から呼び寄せられた人のことを、この世界では〝聖女〟と呼んでいるという。聖女を呼び出す儀式は、国になんらかの危機が訪れている際に行われるらしく、前回聖女が召喚されたのはおよそ百年前だと記録されているとのことだ。

 ……なんとなく、どこかで聞いたことがあるような話だと、そう思った。


「ってことは、その〝国の危機〟を解決するために、私はこの世界に連れてこられたってこと? そんな力、私にないんだけど」

 いくら夢の中だといえども、スケールが大きすぎる。聖女だなんて呼ばれているけれど、特別な能力があるわけでもなければ、信仰心が深いこともない。

 しかし私の言葉を聞いて、ルークはにこりと微笑んだ。


「そんなこと、誰も望んでませんよ」

「え?」

「聖女様は、そこに存在しているだけでいいのです」

 おおう……。大勢の人物に崇め讃えられるのみならず、「そこに存在するだけでいい」ときたか。一体、どこまで都合の良い夢なのか。

 あまりにも強欲な設定に、自分自身でも戸惑いを隠せず、とにかく一度落ち着かなければならないと、テーブルに置かれた焼き菓子に手をつける。今までに見たことのない形状をしたそれは、上品な甘味と共にほんのりと洋酒の香りを感じる、大人な味がした。


「けれど、この世界の人達と違って、私は魔法も使えないわよ? 大丈夫?」

「魔法……ですか? そんなもの、僕達だって使えませんよ」

「じゃあ、どうやって私はこの世界に呼ばれたの?」

「原理や仕組みの話をされているのであれば、『わからない』としか。ただ、一定の条件が揃った時に、あの模様が描かれたあの場所で待つようにと、本には記されているようです」

 その辺りはえらくいい加減なんだなと思わないこともなかったけれど、それを言うとさすがに失礼にあたるだろうから、口にするのはぐっと堪えた。

 夢の中の人物に対してもそんなふうに気を使うところが、友人達から「真面目だ」と評される所以なのだろう。


 いくら質問を重ねても心配事は尽きることはなく、そんな私の気持ちがおそらく漏れ出ていたのだろう。それに気づいたルークが、私の顔を覗き込んでへにゃりと笑った。

「ところで、先程〝聖女様〟は嫌だとおっしゃってましたよね? では、なんとお呼びしましょう?」

「元いた世界では、怜と呼ばれてたわ」

「では、僕もレイ様とお呼びしますね」

 改めてよろしくお願いします、と言いながら、こちらが不快にならない程度のギリギリの馴れ馴れしさを醸し出す彼は、人との距離感を測るのが上手なのだろう。素晴らしい才能だ。


 そんな会話をしていると、部屋の扉をノックする音が響いた。

「レイ様、失礼いたします」

 そう言いながら姿を現したのは、ヘンリーだった。

「改めてご挨拶にまいりました。今後レイ様と関わることが多くなるであろう方達もお連れいたしました」

 その言葉と共にヘンリーが手で示した三名の男性を見て、私は雷に打たれたかのような衝撃を受ける。

「『イセオト』……」

 

 私の呟きは、おそらく聞こえなかったのだろう。何事もなかったかのように、ヘンリーが言葉を続ける。

「向かって右側の方からご紹介いたします。この国の王太子であられるリチャード殿下。相談役のノア様。そして、近衛兵のウィリアム様です」

 ヘンリーの紹介を聞きながら、やはりそうだと確信を得る。……この世界は、以前私がプレイしたことのある乙女ゲーム『王子様と異世界の乙女』、通称『イセオト』の世界なのだ。


 ヘンリーから紹介された三人に、執事であるルークが加わって、この四人が『イセオト』の攻略対象者だった。そして、ナビゲーターとしてゲームの進行をサポートしてくれるのが、今もつらつらと彼らのことを紹介するヘンリーだ。

 あの世界のヒロインは、確か〝転移〟で『イセオト』の世界にやってきたはず。そして「聖女様」と呼ばれていた。そう、今の私と同じように。

 脳の奥底へと沈み込んでいた記憶が次々に呼び起こされる感覚に、頭がくらくらとしてくる。


 それと同時に、先程から感じていたモヤモヤとした違和感の正体に、私はようやく思い至った。夢の中だと断言するには、あまりにも五感が鮮明すぎるのだ。

 床の冷たさやヘンリーの体温、ぶつけた膝の痛み、紅茶や焼き菓子の美味しさ。それら全てが、夢の中の出来事として片付けるにはあまりにもリアルだった。

 そういえば、先程ヘンリーに感じた既視感も、あれはゲーム内のスチルの一つだった気がする。


「夢だ夢だ」と自身に言い聞かせてきたけれど、こんなにもリアルな夢を、私は今まで見たことがない。「乙女ゲームの世界にヒロインとして転移した」だなんて、あまりにも突飛な考えではあるけれど、その可能性を感じさせる程にこの世界には質感がある。

「夢じゃない……の?」

 そう呟く私の背中を、冷たい汗が伝うのだった。

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