13.モブキャラクター(※幼馴染)の気掛かり
「言ってくれないとわかんないし、聞いてくれないとわかんないでしょ!?」
その言葉は、今思い出しても意味不明だ。
私としては「言ってくれないとあなたの考えはわからないし、聞いてくれないと私の考えだってわからないでしょう?」と言いたかったのだ。
けれども当時の私はまだ幼くて、苛立ちと悲しみでぐちゃぐちゃになった状態で、自分の思いをきちんと説明することができなかった。
どうしてそんな言葉を発するに至ったのか、細かいことは覚えていない。
多分、私のなんらかの言動に対して、幼馴染である彼が辛辣な言葉を放ったことが原因だったんだろう。私達は、しょっちゅうそんなことが原因で喧嘩をしていたから。
「なんでそんなこと言うのよ!?」
「……わかんねぇならもういい」
その日もいつものように、そんなやりとりがあったんだろうな、とは思う。
いつもと違ったのは、私が折れなかったというところ。いつもなら「何よそれ」で終わらせることを、私が責め立てたというところ。
けれどもまさか、これが私達の最後の会話になってしまうなんて、その時の私は考えてもいなかった。きっと翌日にはいつものように、彼が隣にいるものだと思い込んでいた。当時の私は彼のことが好きだったし、おそらく彼もそうだったから。
しかし、彼はそれ以来私を避けるようになり、私達の関係はそこで途切れてしまった。
彼はその後、彼が小さい頃から目標としていた王宮兵団へと入団した。
私はそんな大切なことすら、お互いの親を通して知らされたのだった。
あれから十数年が経ち、彼は王宮兵団の中でもエリートと称される近衛兵として活躍しているという。日雇いの仕事でなんとか日々食い繋いでいる私とは雲泥の差だ。
彼との共通の友人から聞いたところによると、彼は聖女様と婚約を結んだらしい。友人は、彼本人から直接報告を受けたと言っていた。
『初めて言葉を交わした際、聖女様に対して酷いことを言ってしまったんだ。だが、彼女はそれに怒るでもなく、その後も何事もなかったかのように接してくれたんだ』
彼は、そんなことを言ったらしい。
『言い過ぎてしまうこともあるが、彼女はどんな時でも黙って俺を支え続けてくれている。彼女だけが、俺のことを理解してくれるんだ』
彼がそんなふうに惚気たという話を聞いて、「気持ちが昂ると言い過ぎてしまうところは、今も変わらないんだな」と、懐かしい気持ちになったものだ。
きっと彼にとって、聖女様の隣は居心地が良いのだろう。自分の気持ちを伝えるのが、そして相手の気持ちを読み取るのが苦手な彼にとって、ありのままの自分を黙って受け入れてくれる聖女様は、理想的な女性なのだろう。
……でも、本当にそれでいいのだろうか?
つい先日、彼を遠目で見る機会があった。隣国との戦争に勝利したことを祝う、軍事パレードの場だった。
二年前に発生した異常気象を発端に経済が停滞し、国力が低下した我が国に対して、あちら側から仕掛けられたその戦争において、本来ならば近衛兵である彼が前線に立つ必要などなかったはずだ。
けれどもきっと、「より多くを救いたい」と彼が自ら志願したんだろうな、と思う。仲間がバタバタと倒れる中で、自分だけが王宮内で待っていることなど、彼にはできないはずだから。
喜ぶべき場だった。半年間に渡って続いた戦争が、民間人に大きな被害を及ぼすことなく終結したのだから。
しかし私は、兵隊ごとの塊で通り過ぎていく彼と彼の仲間の姿を見て、胃の辺りがきゅうっと痛くなるのを感じた。
その時、私の目には彼の周りにだけ壁があるように見えたのだ。邪険に扱われている訳ではないけれど、怯えられているというかなんというか、とにかく、その中で彼だけが仲間の輪の中に入れていないように見えたのだ。
もしかすると、それは私の勘違いだったのかもしれない。そうであってほしいと思っている。
けれども、そんなことがあったから、私は彼の婚約を手放しで喜ぶことができない。
「どんな時にも黙って付き従う聖女様がお相手で、本当にあなたは幸せになれるの……?」
余計なお節介だということくらい、百も承知だ。
けれども私は、おそらくあの頃から変わっていないのであろう彼の姿を思い浮かべながら、そんなふうに考えてしまうのだった。
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懐かしい夢を見た。長年顔を合わしてもいない、幼馴染が出てきた。
内容は覚えていないけれど、おめでたい夢だったと思う。夢の中の私は、なんだか複雑な気持ちを抱えていたような気もするけど。
しかし夢の内容なんて目が覚めればすぐに忘れてしまうもので、一日を終えて職場を出た頃には、すでに私の頭の中に夢の記憶は残っていなかった。
「今日もよく働いた、頑張った!」と自分自身を労いながら職場を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
庶民に向けた〝ちょっとしたお出掛け着〟を販売している私の職場は、つい数ヶ月前まで閑古鳥が鳴いていたのだが、異世界から召喚された聖女様のおかげで状況は一変した。
このままでは首を切られるのも時間の問題だろうな……と諦めかけていたのが嘘のように、私は毎日忙しく働いている。本当に、聖女様には感謝してもしきれない。
一度家に戻ってから、美味しいものでも食べに行こう。
すっかり売り上げが回復したということで、今日は店主からこれまでの苦境を耐えたことに対する報奨金が配られた。ちょっとくらい贅沢したっていいだろう。
そんなことを考えながら家への道を急いでいると、岩のように大きな影が佇んでいるのが目に入った。
そんな岩のような塊がのそりと動くものだから、私は叫び出しそうになったのだけれど、街頭の光が届くところまで移動したその塊は、当然ながら岩ではなかった。それは十数年ぶりに顔を見る、私の幼馴染だった。
「……ウィリアム?」
私がそう問い掛けると、彼はぴたりと歩みを止めた。
「ああ。……久しぶり」
「え、なんで?」
「急に、おまえに会いたくなったんだ」
薄暗い街灯の光の下では、彼がどんな表情でそんなことを言っているのか、はっきりと知ることはできない。
けれどもその声は真剣そのもので、「本当に私に会いに来たんだなあ」と、疑いようもなく納得させられた。
驚きと、そしてそれにも勝る喜びが私を襲う。
予想外の再会に言葉を詰まらせる私の目の前で、彼が腰を折る。背筋がぴんと伸びた、深々としたお辞儀だった。
「……悪かった」
「何に対する謝罪なの?」
「おまえを怒らせた後、避け続けて。あんなに怒らせるとは思ってなかったから、どうしたらいいかわからなかったんだ」
「……ウィリアムだけのせいじゃないよ」
私達の仲が拗れたのは、彼のせいだけじゃない。会いに行かなかったのは、私も同じなのだから。
私よりも低い位置にある彼の頭をするりと撫でると、ウィリアムは僅かに肩を揺らした。そのままゆっくりと頭を上げるウィリアムの薄青の瞳は、あの頃と同じく少年のように澄んでいる。
「これ、おまえにと思って」
彼はそう言って、先程から不自然に身体の後ろに回されたままだった左手を私の目の前へと突き出した。その手の中には、赤ん坊の顔くらいの大きさの花束が握られている。
「花?」
どれほどの力で握りしめていたのだろうか。花屋できれいにラッピングしてもらったのであろうその花束は、包装紙がやけにしわくちゃになっている。
岩のような大男が自信なさげな表情で、小さな花束を握りしめている様は、なんだか少し滑稽だった。けれどもその滑稽さが、どうしようもなく愛おしく感じられた。
「どうして、花?」
「あの時……おまえと直接話した最後の日、言ってたろ? 『花束って素敵』だって。俺が『あんなもんのどこがいいんだ』って言ったせいで、怒らせてしまったけど」
「そうだったっけ?」
「ああ」
言われてみれば、そうだった気もする。私は今まですっかり忘れていたけれど、彼はずっと気にしていてくれたんだ。そう思うと、鼻の奥がツンとした。
「俺は『いずれ枯れちまうなら、形が残る他のものの方がいい』と思ったんだ。けれど、おまえにとってはそうじゃないんだろ?」
そんなことを言われて、当時の記憶が蘇る。
「……お呼ばれした結婚式で、花嫁さんが持っていたブーケが素敵だったから」
〝ブーケが〟というよりは、〝ブーケの由来が〟だったんだけど。けれども、「花束と共にプロポーズされるなんて素敵だと思った」なんてことは、さすがに恥ずかしくて口にでになかった。
家まで送ると言われた私は、彼と並んで帰路につく。私よりも足の長い彼が歩幅を合わせて歩いてくれていることに気づいて、いつもよりわざとゆっくりと歩いた。
歩きながら「美味しいものを食べに行くのはまた今度にしよう」と思った。彼との再会の喜びを、他の感情で邪魔されたくはなかった。
「また、会いに来てもいいか?」
いつもより時間をかけて辿り着いた家の前で、彼は去り際にそう言った。
「もちろん」
「俺は、おまえとまた仲良くしたいと思ってる。おまえは?」
「……なんか、変わったね。そんなこと言うタイプだったっけ?」
茶化しながらそう言うと、彼は困った顔をした。
「言わないと伝わらないと、聞かないとわからないと叱られたんだ。あの時のおまえも、そう言いたかったんだろう?」
「やっと気づいたの?」
「遅くなってすまなかった」
「……私も、言葉足らずだった」
本当に、二人とも言葉足らずだった。きちんと話をしていれば、私達の間の〝空白の十数年〟は生まれていなかったかもしれない。
でも、それでよかったのかもしれない、とも思う。そのことにきちんと気づくためには、きっとこの空白が必要だったのだろう、とも。
「……なんか、王子様みたいだね」
彼の手の中で皺になった花束や、おそらく任務後急いで駆けつけたと思われる乱れた髪型、訓練で硬くなった手のひらの皮膚。それら彼を構成するもの全部全部、お伽話に出てくる王子様とは、掛け離れている。
けれども、私にとって彼は王子様のように見えた。
「いや、俺は近衛兵だ」
「私にはそう見えるの」
「……なんだそれ」
そう言うと彼は眉を顰めてぷいと横を向いたけれど、髪の隙間から覗く耳は真っ赤に染まっていたのだった。




