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1.あまりにもリアルな夢

「何、これ……」

 目も眩むような光に包まれたかと思うと、次に目の前に飛び込んできたのは非現実的とでもいうべき光景だった。


 一般的な小学校の体育館の五〜六倍はあるだろう広さのその空間は、まるで中世ヨーロッパの広間のような内装で、つい先程までくつろいでいた八畳の自室とは似ても似つかない。

 私を取り囲むように描かれている円形の模様は、アニメなんかで見たことのある〈魔法陣〉に似ていて、それがぼんやりと青白く光っているものだから、この光景の現実味のなさを加速させている。

 ……きっと夢を見ているに違いない。けれども、部屋着ごしに感じる床の冷たさは本物で、やけにリアルな夢だなあと思ったりもした。


 そんな不思議な空間で、私は中世ヨーロッパの貴族を思い起こさせるような、煌びやかな衣装で身を包んだ大勢の人に取り囲まれている。

 一時期はまっていた夢占いによると、「たくさんの人間に見られている夢はストレスを感じている暗示」だとされていたけれど、これといったストレスを抱えている自覚もない。ちなみに、「中世ヨーロッパの貴族風の人々が出てくる夢」が何を暗示するかについては知らない。

 けれども、日常生活ではまずお目にかかれないほどに着飾った人々が、皆一様に信じられないものを見るような目で私を注視している姿は、なんだか少し滑稽だった。

 これは一体、どういう状況なんだろう?


 とにかくあちら側からの反応を待とうと、「動物園で飼育されている動物って、こんな気持ちなのかな」なんていう、どうでもいいことを考えている時だった。

「聖女様……!」

 人だかりの中から、そんな声が聞こえてきた。その発言を皮切りに、広がり出したざわめきは徐々に力を増し、大きな歓声になるまでに時間はほとんどかからなかった。


「聖女……?」

 おそらく状況から、彼らが「聖女だ」と崇めているのは私のことなのだろう。これはいよいよ、まずいかもしれない。


 私は、どこにでもいる平凡な人間だ。それなりに充実した学生生活を過ごした後、二年前にはそれなりに名の知れた企業に入社し、そしてそれなりに満足のいく生活を送っている……と思っていた。

 けれども心の奥底では、こうやって大勢の人から注目を浴びたいと、大勢の人から崇められたいと、そんなふうに思っていたのではなかろうか。そんな深層心理が働いて、衆人環視の元で「聖女」だなんて言われる夢を見てしまっているのではなかろうか。

「なんてこと……」

 所詮は夢の中の出来事なのだから、私が言わなければ誰に知られることもない。けれども、私はあまりの恥ずかしさから、その場で頭を抱えてうずくまるほかなかった。


「皆様、お静かに。聖女様が戸惑っておられるでしょう」

 ……もう嫌だ、これ以上恥の上塗りはしたくない。

 次は一体どんな深層心理が暴かれるのだろうかという恐怖を感じるけれども、しかし無視する訳にもいかない。勇気を振り絞って声がした方向へと顔を向けると、そこには一人の男性が立っていた。

 モデルのようにすらりとした長身その人は、青みがかった黒髪を襟足の辺りで一つに束ねており、「これはまた個性の強いのが登場しちゃったよ……」と、絶望的な気持ちになった。


「はじめまして、聖女様。私、この国の宰相補佐官を務めております、ヘンリーと申します。お見知りおきください」

 そう言って私の目の前に跪くその人は、どこかで見たことがあるような顔つきをしている。見たことがあるということは、記憶として自分の頭の中に存在するということだ。

「やっぱり私の夢じゃんかよお……」

「戸惑われるのも無理はありません。急にお呼び立てして申し訳ありません」

「いや、どっちかというと私が呼んだんでしょ。あなたが誰だか思い出せないけど、こんな訳のわからない夢に登場させて、本当にごめんねえ」

 そう言ってべそべそとなく私の背中を、ヘンリーは宥めるように上下にさすった。


「少し混乱していらっしゃるようですね。詳しい話は部屋にお連れしてからにいたしましょう」

 その言葉に促されて、私はその場に立ち上がる。すると、自分が先程まで部屋で着ていたのと同じ、学生時代から愛用しているよれよれのTシャツを着用していることに気がついて、ますます気持ちが暗くなる。

「夢の中でそこまで忠実に再現しなくてもいいじゃんかあ」

 裾の部分が少しほつれてしまっているところまで現実に忠実で、この夢は私を一体どうしたいのかと、腹が立ってきたほどだ。


「急なお呼び出しでしたから、仕方がありません。聖女様がお気になさるのであれば、着替えも用意させましょう」

「ほんとにやめて。聖女様って呼ばないで」

「ですが……」

「これ以上私に恥をかかせるのはやめて!」

 私がそう言うと、ヘンリーは困ったように微笑みながら、私に向けて手を差し出してきた。


「お手をどうぞ。ご案内いたします」

「歩くくらい一人でできるわよ」

 しかし私の思いとは裏腹に、痺れた足には力が入らず、私はよろけて床に膝をぶつけてしまった。

「いったあ……」

 思った以上に強くぶつけてしまったようで、じんじんと痛む膝はおそらく痣になってしまうだろう。


 そんな私の様子を見て、ヘンリーは「はあ」とわざとらしく溜息を吐いて、私の背中と膝裏に腕を差し込んだ。

「さあ、行きますよ」

 そう声を掛けられるや否や、私の身体が持ち上げられる。

「はえっ!? ちょっと、おろして!」

「お静かに。落としてしまうでしょう」

 そう言ってヘンリーはさらに力を籠めるものだから、私の頭はもはやパンク寸前だ。けれども、続くヘンリーの言葉に、私は既視感を覚える。


「悪いようにはいたしません。私のことを信じてください」


 ……この場面、なんか知ってる。

 横抱きにされた状態から見上げるこの角度からのヘンリー、中世ヨーロッパを思わせるようなこの背景、そして「私を信じて」というこの言葉。

 しかしどう考えても、高身長イケメン貴族風男性とこのように密着するような機会が、私の人生にあったはずがない。


「……ねえ、ヘンリー?」

「はい。なんでしょう、聖女様?」

「聖女様はやめてってば! 怜にして」

「では、レイ様」

「私、あなたとどこで出会ったんだっけ?」

 私が尋ねると、ヘンリーは不思議そうな顔をした。

「どこで、とは? つい先程、広間でお会いしたばかりですが?」

 そんなことを聞いているんじゃないと言いたいところだけれど、ヘンリーの表情はあまりに真剣で、私はそれ以上何も言うことができなくなってしまう。


 ……まあ、どうせならもう少し身を任せてみてもいいのかもしれない。

 そう考えてヘンリーの胸元に耳を当てると、とくとくという鼓動と共に、じんわりとした体温が伝わってくるのだった。

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