STORIES 001:ウォーカーのショートブレッド
STORIES 001
僕はウォーカーのショートブレッドが好きだ。
赤いタータンチェックのパッケージ。
ホットミルク、あるいはカフェオレとともに。
ほのかな甘い香り。
それを教えてくれたのは、20歳だった彼女。
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池袋の街を歩く。
シェーキーズやゲームセンターの前を過ぎる。
サンシャインシティのなかを進む。
輸入菓子が並ぶバラエティ・ショップ。
コレが一番好きなの、と彼女は2つ手にとった。
ミルクと一緒に食べるんだよ。
東京育ちなんだな、と思った。
なんとなくだけど。
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ウォーカーのショートブレッドを買う。
いまでは、田舎でもちょっと気の利いたスーパーなら置いている。
買おうと思えば難しいことじゃない。
でも、何か物足りない。
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自分で焼いてみたこともある。
不恰好だけど、味は近い感じに出来た。
バターの香りが口の中に広がる。
でもそれは、もちろん別物だ。
全く違う。
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ウォーカーのショートブレッドを食べたい。
地下鉄に乗って、山手線に乗り換えて。
東口から駅を出る。
ティッシュ配りを避けながら、足早に。
そしてキラキラした通路を抜けてゆく。
小さな袋を、いや箱のほうを選ぼうか。
あの頃と同じ店で買えるだろうか。
そう遠くでもない。
その気にさえなれば。
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でも、僕にはわかっている。
本当は…
ウォーカーのショートブレッドが欲しいわけじゃない。
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迷うことなく、それを2つ手にとる。
僕の持つカゴにそっと入れる。
コレが一番好きなの、と20歳の彼女が笑う。
そうだね。帰ったらホットミルクをいれよう。
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48歳になったあなたは
いまでもまだ好きなままでいるのだろうか。
僕の好きな、ウォーカーのショートブレッド。