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夜、人事

同夜 芝生城 御政所・奥座敷にて


母との会話を終えたその夜。

城の奥、普段は政の相談に使われる小座敷に、三好長慶が招いた三人が集っていた。


──康長。

三好宗家の叔父にして、教育係でもある男。


──三好長逸。

一族の重鎮であり、讃岐・淡路をにらむ地方豪族との関係調整役。


──松永久秀。

まだ若いが、兵法と策略に通じ、長慶の小姓として仕えている男。


座についた長慶は、一同に向かって深く頭を下げた。


「康長叔父上。まずは、京の講和の件について、改めて礼を申し上げます。」


康長は静かに頷いた。


「長慶様の思慮があってこその講和でございます。……我らは、ただ後をついて行くだけ。」


「叔父上、謙遜がすぎます。皆の働きあってのことです。」


長慶はそう言ってから、一呼吸置いて切り出した。


「──本日は、兄弟それぞれに任を与えるにあたり、各人にお力添えをお願いしたく、この場を設けました。」


全員が静かに頷いた。

それは、12歳の少年を当主として認めている証でもあった。


「まず、実休には康長叔父上についていただきたく思います。

阿波にて政の差配を学ばせ、いざという時、私が欠けても宗家を繋げるよう……力をお貸しください。」


康長は神妙にうなずいた。


「かしこまりました。実休殿は才も性も穏やか。宗家の骨として育つ器にございます。」


「ありがとうございます。」


長慶は次に長逸に目を向けた。


「そして一存には、長逸様を。武に優れた弟ですが、血気にはやるところもあり、道を誤らぬよう……

また、讃岐は地続きゆえ、いざとなれば阿波本家を守る最前線にもなります。」


長逸は、低く落ち着いた声で返した。


「一存殿は若き勢いが魅力。粗を整えるには鍛錬が必要にございますな。

私が責任をもって導きましょう。」


長慶はうなずいた後、ふっと目を伏せた。


そして──


「……冬康には……一族の者は、誰もつけませぬ。」


空気が、わずかに張り詰めた。


康長が言葉を探すように、長逸は眉をひそめた。

久秀は表情を変えず、ただ静かに見ている。


「……あの子は、安宅家への養子。淡路の水軍を繋ぐために、大義のある配置です。」


言葉に力はあったが、どこか揺れていた。


「だが……それは、表の理屈にすぎませぬ。実際は──体のいい人質です。

我が三好の血を継ぎながら、他家に置くというのは……」


声が一瞬、詰まった。


「……安宅には、淡路にはいつか裏切られるやもしれぬ。あの地域は勢力が入り乱れすぎております。」


長慶の手が、膝の上でわずかに握られた。


「宗家として、血の繋がった弟をも出しており信頼をしているというのを見せねばならぬのです。その結果見殺しになっても。」


康長は、深く一礼した。


「それが、当主の器にございます。……長慶様。よくぞ、そこまで考えなされた。」


「……ありがとうございます。」


一瞬の沈黙ののち、久秀が口を開いた。


「して、長慶様ご自身は、どのように?」


「堺へ出る。

一向一揆の中でも講和に反対している強硬派が、河内から泉州方面へと拡がっております。

松永兄弟や本拠の新しい手練れの者を連れ、征伐に向かうつもりです。」


久秀は微笑を浮かべた。


「……敵地に出向かれるとは、ずいぶんと攻めの姿勢ですな。」


長慶はふっと息を吐いた。


「──今の混乱は、小勢力が“親類どうし”“身内どうし”で潰し合うことが原因です。

細川・三好・一向・法華・土豪……それぞれが枝のように分かれて、誰も木の幹を見ていない。」


「……それを、整えると?」


「はい。敵であれ味方であれ、数えるほどの大勢力に整頓する。

乱世を“減らす”のではなく、“並べる”のです。私の代で、畿内を──数個の勢力に整理する。それが目標です。」


その言葉に、一同は沈黙した。


12歳の少年が描く天下の構想。

それは夢物語ではなかった。既に行動と人事で、その基盤を築き始めている。


康長は、静かに頭を下げた。


「……三好、再び興るやもしれませぬな。」


長慶は答えず、ただ前を見据えていた。


──その目には、混乱の京すらも地図の一点に過ぎないような、

不思議な遠さと冷たさがあった。


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