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三題噺もどき2

夏の体育

作者: 狐彪

三題噺もどき―さんびゃくろく。

 


 どこからか、セミの声が聞こえてきた。これなにゼミだろう。

 鳴き方でわかると聞いたことがあるが……さして詳しくもないので分からない。

 よく耳にするのは、ミンミンゼミとかクマゼミとかそのあたりだろうか。どっちがどう違うのか知らないし、興味もないが。

 まぁ、漆アという一点だけは共通している。

 あの鳴き声は彼らの、これからを繋げるための、必死な悲鳴だとは知っているが、それとこれは別なので。うるさいにはうるさい。

 本格的な夏が来たからって、そんな一斉に鳴かなくてもいいだろう……と思う。

 どこの木に止まっているのかは知らないが、少々黙っていただきたい。

 ただでさえ、熱に当てられて暑いのに、その声だけで暑さが嵩増しされていく。

「……っつ」

 首元の布を引っ張り、ぱたぱたと気休め程度に風を入れる。

 何の気休めにもならないが、しないよりはましだ。

 下着が触れていない肌のあたりに、汗が伝っていくのが分かって気持ち悪い。

 すぐにでも、冷えたタオルを突っ込んで全身の汗を拭きとりたい。許されるならシャワーを浴びたい。

「……」

 ……いいよな、アイツらは。

 こんな熱に脅かされることなく、冷たいプールの水の中でキャッキャとはしゃげて。

 羨ましくはないが、今日ばかりは少々憎たらしく思っても、許してほしい。

「……」

 頬にも汗が伝い、首筋にまで落ちてくる。

 普段汗はあまり書かない方なのだが、さすがにこう暑いと、滝のように流れる。

 汗をかかなさすぎるのもどうかと思うよと、母には言われるのだが、そんなのどうしようもないので、言われても……と思ってしまう。

 こういう時はしっかり汗かくからいんでは……?

 自分で言ってて、どういう理屈か全く分からないが。

「……」

 セミの声にまじって、水の跳ねる音がする。

 何だろう……教師の声は聞こえなかったが、自由時間にでもなったんだろうか。

 つい数分前とは比べ物にならないくらいのテンションの上がりようだ。元気いっぱいで羨ましいな。

 こちとら、汗が不愉快な上に、暑すぎる上に、体調が不調に向かいつつあるような感じがしていて、気が気でない。

「……」

 冬の体育は、寒すぎてしんどくなるが、夏の体育は暑くてダメになってしまうな。

 寒いのはなぁ、割とどうにでもなったりする。服を重ねたり、動いていたりしたら温まりはするし。冬の体育の寒さは、そう考えるとそこまで深刻でもないのかもしれない。

 夏はどうやっても、暑さから逃げられないし……。いやまぁ、プールに入っている分には涼しいし、むしろ寒いと思うぐらいの日もあるから、一概には言えないが。

 というかまぁ、こうやって見学にならない限りは、暑すぎるなんてことはそうそうなさそうだ。

「……」

 体調不良……というか、この性別である以上避けられない見学なので、月に1、2回は見学することになる……。

 その度思うが、なんでこんなにも見学者に対しての配慮というものが抜けているんだろうな。

「……」

 日陰ではあるが、普通に暑い。冷えた水に浸かっているわけでもないし、浴びているわけでもないので、ひたすらに熱がこもる。体内に徐々に溜まっていくのが分かる。

 ……去年の体育教師は、気遣ってか、こちらに水をためたバケツなんかを持ってきてくれていた。それにたまに、足を浸したりして、何とか涼をとっていたんだが。

「……」

 だけど、その教師は今年の三月には退職していった。

 で、新しく入ってきたのが、今、目の前のプールで生徒に混じって遊びほうけて居る教師。

 若いなぁ……楽しそうで何より。

 こっちは暑すぎて、何が何だか。

 暑いということしか分からなくなってきた。

「……っぇ―」

 ズキズキと痛み出した頭と、ジワジワと溢れる汗の気持ち悪さと、ひたすらに暑いと言うことに、思考を支配されていたら、突然声が漏れた。

 聞きようによっては、嗚咽のようにも聞こえなくはないが。

 別に泣いているわけでも何でもない。

 感覚的には、どちらかというと、えづいたという方が正しい。

「……んっ……」

 それに合わせるように、何かが体内を昇っているのを感じた。

 咄嗟に、開いていた右手で口元を抑え、昇ってきたそれを、ゴクリと飲み込む。

 うぇ……きもちわるいな……。

 今までも何度かこういう事があったが、今日は少々やばい気がする。

 ……ちなみに左手には、教師に渡されたバインダーを持っている。欠席確認と、記録記入用の名簿が挟まれているバインダー。見学するならこれをしてくれと渡された。

 まぁ、そこまで不調でもなかったからいいが。どうかとは思うよな。

「……っ……」

 あー本格的にやばくなってきたなぁ。

 呼びたいところだが、口を開いた瞬間中身が出る自信がある。

 絶対口を開いた勢いで流れでる。

 こっち気づかないかなー……。

 あーむりだな。ぜんぜん、みもしないじゃん。

 せんせーそれ、しょくむほーき……はいうそですなんにもおもってませーん。

「……」

 たてるかなこれ。

 力がはいらないようなきもするが。

 とりあえず、このめいぼをどっかにおこう。ぬれないところに。

 さいあくでたときに、かかったらめんどうだ。

 …………よし。

 ここならぬれんだろう。

 たてるかなー……。

 よし……。

 あしにちからはいっかなぁ……。




「      」


 ぁ、むりだこれ。






 お題:嗚咽・右手・冬の体育

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