第3話
その日、学校から帰ると廣野家の門の前で廣野君とバッタリ出くわした。
「あ・・・山本」
気まずそうな廣野君。
そういえば、今日学校休んでたな。なんだ、ズル休みだったのか。
私はそう解釈した。
でも。
お屋敷の方を見た。
いつもと変わらない堂々たる門構え。
怖そうな門番達。
延々と続く土壁。
でも。
何かが違う。
何が・・・ってうまく説明できない。
でも何かが違う。
あえて言うなら、空気、かな。
「・・・何かあったの?」
「え?なんで?」
「なんとなく・・・」
廣野君は私に近づき、そっと耳打ちした。
こんな近くに男の人がいるなんて初めてで、手が汗ばむ。
「ちょっとゴタゴタがあって。迷惑掛けないようにはするけど気をつけてな」
「ゴタゴタ・・・?『出入り』ってやつ?」
「ふっ。なんでそんな古いヤクザ用語知ってんだよ」
廣野君とこんなまともに会話するなんて初めてかも。
ううん、そもそも話したことなんてあったっけ?
「あ・・・小説とかで・・・」
「ふーん」
「・・・ご、ごめんなさい」
「何が?」
「小説だなんて・・・。廣野君にとっては現実のことなのに」
「いいよ。確かに普通の人にとっちゃ、小説並みの世界だよな」
廣野君が自嘲気味に笑う。
そして更に声を低めて言った。
「昨日、1人殺された」
「え・・・?」
「どこの組がやったのかわからないけど。うちに脅迫電話とかも最近かかってきてるんだ」
「・・・そうえば、昨日の夜中、なんかバンって音が」
「銃声だろうな。心臓打ち抜かれてたから」
まさに小説の世界だ。
でも、廣野君はそこで生きてる。
「ほんと、悪いんだけど気をつけてな」
そう言うと廣野君は門から家へ入っていった。
拳銃、人殺し、抗争・・・
そう言われても、ピンとこない。
いくら目と鼻の先で起こったこととはいえ、現実味が全くない。
だからその夜も、別にいつもより戸締りを厳重にする、とかいうこともなく、
いつも通り玄関の鍵を閉め、
いつも通りご飯を食べて、
いつも通りベッドに入った。
そして、
いつも通り朝を迎える、
はずだった。
バタン!ガシャン!
真夜中、家の中で何か音がした。
なんだろう?
私はパジャマの上にカーディガンを羽織ってベッドから出た。
まだ9月とはいえ、夜は冷える。
「お母さん・・・?」
そう言ってドアを開けた瞬間、目の前が真っ暗になった。
再び目が覚めた時、あれは夢だったんじゃないかと思った。
でも、頭が痛い。
それに・・・なんだか手足が動かない。
よく見ると手も足も縛られて床に転がされていた。
なんだ。
まだ夢の中か。
そう思ってもう一度目を閉じようとしたとき、
頭の上から声がした。
「起きたか」
はっと目を開け見上げると、男が一人私の目の前に立っていた。
誰だろう?
見たことがあるような・・・。
ぼんやりする私などお構いなしに、その男は乱暴に私を座らせた。
「い、痛い」
「わりーな。あんたにはなんの罪もねーのに。まあ、あるとすれば廣野の息子の女だってことか」
男はニヤニヤしながらそう話す。
何を言ってるの、この人?
首だけ動かして周りを見回すとそこは小さな部屋だった。
そして大きくて頑丈な扉・・・明らかに防音扉だ。
ということは騒いでも外には聞こえないってことか。
妙に頭が冷静で、そんなことを考えていた。
だって、ありえない。
なんで私が縛られて閉じ込められてるの?
さっき、この人、「廣野の息子の女」って言ったけど、
私のこと廣野君の彼女と勘違いしてるんだろうか。
どこをどう取ったらそんな勘違いができるんだろう。
廣野君とまともに話したのなんて、昨日が初めてって言ってもいいくらいなのに。
・・・え、
もしかして、昨日のアレを見ていて勘違いしたの?
一体どこで見てたんだろう。
今のこの状況よりそっちの方が怖かった。