ドリームクラフト
最近、妻が隙間時間に手芸を始めた。色とりどりの毛糸玉を用い、鉤針で小さな人形というか、置物を作っている。それは星の形をしていたり、車の形をしていたり、あるいは蜘蛛の形をしていたり。
毎日毎日そんなものを黙々と作り続けている妻に、僕は訊いた。
「なあ、いつも何を作ってるんだ?」
妻は手を止めず、答える。
「これはねえ、夢を作ってるの」
「夢だって?」
「ええ。ほら、レザークラフトとかあるじゃない? そんな感じで今、夢を作るのが流行ってるのよ。ドリームクラフトっていうのかな」
言いながらも、妻は黙々と指先を動かして器用に毛糸を編み込んでいく。赤い毛糸が見る見るうちに丸い形になっていくのは見ていて面白かった。不意に妻が赤い毛糸をハサミで切ると、次いで緑色の毛糸を取り出してそれを丸い赤い何かに編み込み始めた。その作業が終わると、妻はそれを僕たちの間にあるテーブルに置いた。
見事な林檎だった。
「これも夢なのかい?」
「そうよ。枕の下に敷いて眠ると、美味しい林檎がたくさん食べられる夢を見られるのよ」
「へえ」
僕はテーブルの上の林檎を取り上げてしげしげと見つめた。ふむ、ただの林檎のあみぐるみだ。
テーブルに林檎を戻しながら、僕は言った。
「こんなものたくさん作って、どうするんだ?」
「通販で売るのよ。ハンドメイドアクセサリーとかあるじゃない? あんな感じでお小遣い稼ぎになるわ。欲しいお財布があるのよ」
「ふうん。お前、誕生日もう少しだったよな? 財布くらい買ってやるのに」
「ありがとう。でも、こうやって自分でお金を稼いで手に入れることに意味があるのよ」
僕は椅子の背もたれに体重を預け、腕を組んだ。
「そういうものなのか」
「そういうものなのよ。誕生日にはディナーにでも連れていって」
「ああ、わかった」
頷き返しながら「それにしても」と続ける。
「こんなもの……って言ったらお前に悪いけど、本当に需要があるのか? 置物としてならともかく、夢を見られるなんて」
「あら、本当に見られるわよ。特殊な毛糸で作っているから。それに、結構売れるのよねこれ」
「どんなものが売れるんだ?」
「基本的には夢でもいいからこんなことを体験してみたい、っていう素敵な夢の注文が多いわね」
「やっぱり悪夢は売れないんだな」
「そうでもないのよ。たまにだけど注文が入ることもあるわ」
「へえ、悪夢を見たい物好きもいるんだ」
「うーん……多分、買った人は自分で使うために買ったんじゃないんじゃないかしら。彼氏とか旦那とか、あるいは友達とか、そんな人に不満を持っている人がささやかな嫌がらせで使うんだと思うわ」
僕は顔をしかめた。
「僕には使わないでくれよ?」
「あら、どうかしら。あんまりわたしに構ってくれないと、魔が差しちゃうかもしれないわね」
そう言って妻が意地悪そうに笑った。
「勘弁してくれよ。……それにしても、最近は夢まで作れるのか」
「そうね、すごい時代になったものよね。あなたも使ってみる? まだ売れていない在庫が残ってるから」
「いいのか?」
妻が立ち上がり、タンスから剣の形をしたあみぐるみを取り出した。それを僕の方に差し出してきた。
「これは?」
「それはね、冒険ができるのよ。ゲームみたいな」
「いいね」
僕が剣のあみぐるみを手の中で弄んでいると、再び椅子に腰かけた妻が口を開いた。
「それにしても、こうやって夢を作れるようになっちゃったら、何が本当かわからなくなるわよね」
「……どういうことだ?」
妻が微苦笑を浮かべた。
「だって、今こうやってあなたと会話しているのも、誰かが作った夢なのかもしれないじゃない」