第6話 新たなる脅威
『いやぁ~、流石のオレも今回の返り討ちに関しては同情しますよ』
「………………そうね。その同情に関しては、素直に受け取っておくわ」
『うーわ……こりゃ思ってた以上に重症だ』
電話越しの風見の声からは、心の底からの同情が滲みだしていた。
今の私にとってはその同情を「余計なお世話よ」なんて返せる余裕もない。
『オレに借りを作ってまで仕掛けたゲームで、逆に返り討ちにあったんですから、それも当然でしょうけどねぇ……』
「もう何をどう仕掛ければいいのか分からなくなってきたわ……」
『そんな面倒なことしてないで、素直に告白しちゃえばいいじゃないですか』
「無理よそんなの」
『理由は?』
「………………何回か試したけど、告白しようとするたびにドキドキし過ぎて、上手く言葉に出来ないんだもの」
『あ――――……それで拗れすぎてこうなっちゃったと』
こうなっちゃった、の部分にむっとしてしまったけれど、今はそれに対して言い返す気力もないので敢えて言葉を飲み込んだ。
「……いっそ、もう短期決戦はやめにして、ここはゆっくりと時間をかけてつめていこうと思うの。ここ最近攻めてみて分かったんだけど、やっぱり私たちって距離が近すぎると思うし。もう少し別行動の時間を増やしてみるとかね」
『まぁ、子供の頃からずっと一緒でしたしねぇ……確かに距離が近すぎるからこそ意識してもらえない、ってのはあるかもしれませんね。いいんじゃないですか? 懸念はありますけど』
「懸念?」
『うかうかしてると、他の子に持ってかれてしまうかも。たとえば、別行動してる間に大型新人泥棒猫に出くわしちゃう……とか?』
「大型新人泥棒猫? たとえば?」
『えーっと…………あ、今流れてるニュースってご存知です? 歌姫が来日したとかいう』
「ええ。前に彼女のコンサートを、うちの系列の会社が取り仕切ってたこともあるし……でもその歌姫様、今は確か活動を休止してなかったかしら」
『噂じゃあ、この街に来てるって話ですし、その歌姫様、ちょうどオレらと同い年らしいじゃないですか』
「…………影人がその歌姫様と出くわす可能性があるってこと? 中々に突飛な面白い冗談ね」
『ははは。ですよねー』
「………………………………」
『………………………………』
何とも言えない沈黙が流れた。どうやら風見も同じことを考えているらしい。
――――影人なら、あり得る。
『……ちなみに影人のやつは今日、何してます?』
「……お休みをあげて無理やり外に放り出したわ。休日も働こうとするから、こうでもしないと休まないのよ。……それに、意識してもらうためにも少し距離を置こうと思ってたところだったし」
『……そっすか』
「………………………………」
『………………………………』
再び何とも言えない沈黙が流れた。どうやら風見も同じことを考えているらしい。
――――もしかして、悪手だったのでは?
『ま、まあ。いくらなんでも、そう都合よく活動休止中の歌姫様と街中でばったり会うなんてことはないでしょうよ』
「そ、そうよね。いくらなんでも、ね…………」
私は通話を切ると、そのままスマホを操作し、すぐさま影人に通話をかけた。
別に心配しているわけじゃない。ただちょっと、影人の声がききたくなっただけだ。もし繋がったら、そうね。様子を聞いてみようかしら。会話はこうだ。もしもし影人、休日は堪能しているかしら? せっかく過ごしやすい気温なんだから、散歩でもしてゆっくり体を休めなさい。じゃあね。……うん。完璧。会話のシミュレーションに問題なし。あとは影人が通話に出れば……。
…………通話に……。
……………………出れば……。
………………………………おかしい。繋がらない。
いつもなら三コールもしないうちに出てくれるのに。
「………………………………」
私はスマホをしまうと、そのままクローゼットから服を引っ張り出して屋敷の使用人に呼びかけた。
「出かけるわ。車を出してちょうだい」
(お嬢にとっての)新たなる脅威