第14話 逆鱗
もうすぐ女子の方の最初の試合が終わった頃合いだろうか。
お嬢を応援したかったのだが、残念ながら「応援は不要よ。結果だけを楽しみにしていなさい」と事前に釘を刺されてしまっていたので断念せざるを得なかった。
お嬢のことだから最初の試合ぐらいはきっと勝っていることだろう。
放課後はあれだけ練習されていたことだし、相手チームのメンバーには申し訳ないけれど、戦力差的に負けることはあり得ない。
「おっ、影人。中庭ところに居たのか。探したぜ」
「雪道か……試合が近いのか?」
「そういうこと。お前は時間に正確だから心配ないだろうが、一応な。万が一にも遅刻したらチームの士気にも関わる」
「お嬢たちだけじゃなくて、お前も今回の球技大会にはやる気だよな」
「フッ。当たり前だろ? 男子高校生たるもの、勉学だけではなく運動にも真面目に打ち込み、清く正しい汗を流して健全な青春を謳歌することが――――」
「で、本音は?」
「優勝賞品のワンダーフェスティバルランド特別招待券を手に入れてモテモテになりたい」
「素直でよろしい」
球技大会の優勝賞品はなんと学年ごとに異なるものが与えられる。
一年は、ワンダーフェスティバルランド……今、話題になっている大人気テーマパークの特別招待券だ。ネットでは高額で取り引きされており、入手は困難とされている。
ちなみにこのワンダーフェスティバルランドは天堂グループ傘下の会社が主体として事業を営んでいるし、いくつかのアトラクションはお嬢のアドバイスを元に改良を加えた結果、売り上げと評判が大幅に向上した。
「お前はともかくとして、テーマパークのチケット一枚でよくもまあウチのクラスの男子たちも盛り上がれるよな」
「ワンダーフェスティバルランドの特別招待券って言やぁ、持ってるだけで女の子からお声がかかりまくる文字通り魔法のチケットなんだぜ? そりゃ、やる気も出るってもんだろ……つーか、お前な。オレの前だからいいけど、他の男子の前で絶対にそんなこと言うなよ」
「別にわざわざそんなことを言うつもりもないけど……なんでだ?」
「なんでもだ。命が惜しければ口を閉じとけ」
そりゃ命は惜しい。なぜなら死ねばお嬢に仕えることが出来ないからだ。
「さっきの一年A組の女子バスケ、凄かったなぁ」
「ああ。正直ビビったぜ」
ふと、耳に入ってきたのはそんな男子生徒たちの会話だ。
「D組に圧勝だったもんな」
「これなら優勝確実って言われてるC組にも勝っちまうんじゃないか?」
流石はお嬢だ。やはり試合の方は何の問題もなく勝利したらしい。
「おいおい、お前ら。なぁに真面目にバスケとか見ちゃってんだよ。そこじゃねーだろ? 注目すんのは」
お嬢たちの試合に感心している生徒たちの会話に、大柄な男子生徒が加わった。彼はどこかニタニタとした下卑た顔つきを浮かべている。
「じゃあ、お前は何を見てんだよ」
「決まってるだろ。天堂のあのエロい体つきとか」
☆
「男子と女子で別々なのが残念だよなぁ。いっそ放課後とかにバスケに誘ってさ、どさくさに紛れてあのデケー胸に触ったりとかしてみてー」
「うわっ。お前いまの最低だぞ」
「いい子ぶるなって。なんならお前らも来るか? あわよくば揉めるかもしれねーぞ」
「んなわけねーだろ。アホだなー、お前は」
大柄な男子生徒の薄汚い笑い声は徐々に遠ざかっていく。
その声が欠片ほども聞こえなくなるまで、風見雪道は影人の顔をまともに見ることが出来なかった。
影人本人は、身体を石のように固くしてその場を微動だにしない。そうでもしなければ殺気の一つでも飛ばしてしまうからだろうし、それを本人もよく分かっているからだろう。
そもそも影人は普段から、ご主人様である天堂星音に仕える者として相応しい人間にならなければと心がけている。自分のような捨て子が天堂星音の汚点となってはならない。迷惑をかけてはならない。だから、『立派な主に相応しい善き人間』であろうとしているのだ。
……まァ、そう心掛けているが故に各地にフラグを建築することになっているのだから、天堂さん本人としても色々と複雑だろう。
兎にも角にも、だからこそ今も、余計なトラブルを起こしてご主人様に迷惑をかけないようにしているのだろう…………ま、怒りのオーラ的なものはめちゃくちゃ伝わってくるけどな。
「……………………雪道。今の男、確か一年E組だったよな?」
「お、おぉ……そうだな。つーか、よく知ってたな」
「お嬢の通う学園だからな。全校生徒の面と名前と在籍クラス程度は全部頭に叩き込んでる……で、あいつら、球技大会は何の競技に出てるんだ」
「……確か、サッカーだったかな。次にオレらのクラスと試合をするチームだ」
「そうか。それは丁度良かった」
影人の顔は表面的にはニコニコとしていたものの、迸る暗黒オーラ的なものが、オレの目にはハッキリと映っていた。怖すぎてコイツが敵じゃないことに感謝するほどだ。
「男子高校生たるもの、勉学だけではなく運動にも真面目に打ち込み、清く正しい汗を流して健全な青春を謳歌しなきゃな……悪い虫が、くだらねーことを考えられなくなるぐらいに」
正直言って、次のE組との試合が一番の難関だとオレは思っていた。
なぜなら先ほど影人の逆鱗に触れるを通り越して踏み抜いていったあの大柄な男子生徒を含めたサッカー部員たちは、一年でも上位の実力者が揃っていたからだ。…………が、もはや次の試合を心配する必要はなくなった。
影人のやる気はもはや、オレたちのチームの誰よりも高い。むしろ敵の方を心配した方がよさそうだ。
何しろこれはあくまで球技大会。ただのサッカーだ。
普通に試合をしている分には、何の問題もない。
たとえば、そう……サッカー部員としてのプライドがへし折られ、放課後に何かをする気力すらなくなるほどボコボコに負けたとしても、それはあくまでもルールの範囲内だ。
「これはアレだな――――合掌」
特に面識もないあの大柄なサッカー部員に、オレは心の中で手を合わせた。
ちなみにだが、オレたち一年A組はかつてないほどの圧勝を成し遂げて優勝賞品であるワンダーフェスティバルランドの特別招待券を手に入れた。