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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

固有宇宙シリーズ

神王と世界巨人、それから生命の王

作者: ネツアッハ=ソフ

これはかつての物語。不変の友情を描いた英雄譚・・・

 それは遥か昔、世界が神代と呼ばれていた時代の事・・・神王デウスの物語(ストーリー)


 神王デウスは世界を旅していた。それこそ一つの世界ではなく、各異世界を転々としていた。それは単純に人類という生命体を知る為に他ならない。デウスは人類(ヒト)を知る為、自ら世界を旅しているのだ。


 それは何故か?それは、つい最近の事。原初の地母神(ドラゴン)との戦争で感じた違和感が原因だ。彼女の起こした反乱は神王の胸の奥に深く刺さり、これまでの神々の価値観に(かげ)を落とす結果となった。それ故、神王自ら世界を旅する結果となったのである。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 神王(デウス)は考える。本当に、自分達の考えは正しかったのか?


 本当に、人類から自意識を奪う必要があるのだろうか?本当に?


 悪とは何か?正義とは何か?


 考えれば考える程、解らなくなってくる。思考が底なしの(ぬま)に沈んでゆく。


 それだけが、神王の脳内を堂々巡りする。神王は解らなくなっていた。本当に、自分が絶対に正しく正義と呼べる存在なのかを。本当に、原初の地母神が間違いだったのかを。


 そればかりが、神王の頭を(よぎ)っていた。故に、確かめる。世界を旅しながら・・・答えを求めて。


 しかし、未だに神王の納得出来る答えは見つからない。神王の疑問は膨れ上がるばかりだ。


 膨れ上がり、増大するばかりだ・・・


 神王は全知全能と呼ばれる存在だ。故に、これまで悩む事など無かった。これまで深く考える必要がそもそも存在しなかったのだ。故に、その疑問に戸惑いを覚える。これは一体どういう感情なのか?


 そもそも、疑問(しこう)とは一体何だ?


(わか)らない・・・。っ⁉」


 言って、デウスは驚愕した。


 それは、神王をして初めての事だ。神王は全知全能故に、知らないという事がなかった。そもそも知らないという事を知らないのである。故に、此処まで深く(なや)んだ事は初めての事だった。


 そもそも知る必要性すら無い。悩む必要性すら無いのだ。


 故に、神王は思考の(うず)に没入していく。解らないという事に解らなくなってゆく。そして一体どうすれば良いのかが解らなくなってゆく。まさしく悪循環(あくじゅんかん)だろう。ある意味、デウスにとって新鮮極まりない事ではあるのだろうが。デウスはこれを不気味(ぶきみ)に感じていた。


 それは、云わば全知全能の存在としてのアイデンティティの崩壊(ほうかい)に近い。


 これはいけない。早急(さっきゅう)に何とかしなければ、そう考えていた時———


「ふむ、何とも驚くべきものを見たというべきか?愉快愉快」


「っ⁉」


 突然、背後から聞こえた声。神王は驚愕して振り返る。


 振り返った先には、巨大な(かべ)があった。否、違う・・・これは壁では断じてない。


 果たして、何時から其処に居たのか?それは、巨大としても余りあるほどの巨人(きょじん)だった。神王からしてあまりにも巨大な生命体だった。そして、すぐにデウスはその正体(しょうたい)を察する。


 全知全能故に、デウスはその正体をすぐに察した。すぐに理解した。


「世界創造の元。犠牲(ぎせい)の獣、世界巨人か・・・」


「おうよ、我こそは世界巨人。名はウロボロスという」


 世界巨人、ウロボロスと名乗ったその巨人は鷹揚(おうよう)に笑った。それは、余りにも明るい。


 心底愉しげな感情の籠もった笑い声だった。それは、世界創造の犠牲となってきたこれまでの獣達とは全く異なる物だろうとデウスは感じた。何故なら、彼らは世界創造の為の犠牲になる運命(いんが)を持つ故。


 そう、彼らは正真正銘犠牲の獣なのだ。それ故、これ程愉しげに笑う世界巨人を怪訝(けげん)に思う。


 犠牲の獣とは、即ち世界創造の為の聖なる生贄(いけにえ)を差す。それは牛の姿をしていたり巨人、或いは卵であるなど多様な姿をしている。しかし、そんな犠牲の獣達にも共通項がある。


 それは、様々な世界観(せかいかん)をその身一つに内包している事だ・・・


 時として異界法則と呼ばれるそれを内包している獣達は、云わば獣の姿をした世界そのものだ。その身に内包した全ての概念量、質量、そして生命はあらゆる生命体を凌駕(りょうが)する。


 世界創造の為の犠牲。聖なる生贄。その為に生まれてきた者。その為だけに存在する者。


 しかし、デウスは即座にその思考(しこう)を切った。そんな思考に意味など無いからだ。


「・・・ともかく、世界巨人が出現した以上はすぐに世界の創造に取り掛かる。それが、我ら神霊種としての役目だろうが。すまないが、許せよ?」


 言って、再びデウスは疑問(ぎもん)に思う。何故、今自分は謝ったのか?


 彼は犠牲の獣だ。云わば世界創造の為の生贄でしかない。神霊種にとっては新たな世界を創造する為の聖なる犠牲に過ぎない筈だ。なのに、その(もと)に対して何故謝るのか?


 しかし、それを感じ取った世界巨人はむしろ(たの)しげに笑う。


「はははっ、これは愉快。実に愉快極まる。神々の王もついに悩む時が来たか・・・」


「むっ、それは聞き捨てならぬな・・・」


 デウスは神々の王。全知全能の王だ。故に、悩むなどアイデンティティの崩壊に等しい。


 だからこそ、デウスは万感の怒りを世界巨人に向ける。今の放言(ほうげん)を取り消すよう求める。


 が、それに対しウロボロスが取ったのは———極大の戦意(せんい)だった。


 周辺一帯に、極大の重力異常が発生する程の戦意。世界巨人の威圧(いあつ)だ。


「取り消して()しくば、どうすれば良いか解るだろう?神王殿?」


「ふんっ、所詮は世界創造の為の聖なる生贄。これよりすぐに世界の創造(そうぞう)に入る」


 そう言い、神王デウスは神雷(しんらい)を槍のように構えた。対して世界巨人はその拳を握り締める。


 直後、世界崩壊級の衝撃が周囲一帯に(はし)った。


          ・・・・・・・・・


 神王と世界巨人の戦闘は七日七晩続いた。流石に神王や世界巨人と言えど疲労は溜まるらしく、息を切らせて片膝を着いている。しかし、その中で明らかに異常(イレギュラー)な存在があった。否、居た。


 それは・・・


「・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・・・・っ」


「・・・っ、ふぅ・・・ふぅ・・・・・・」


「何だ?もう終わりか?存外息が上がるのが早いな二人共」


 何故か、知らない人間が二者の戦闘に()ざっていた。それも、何時の間にか。神王や世界巨人ですら気付かない内にである。しかも二者がかなり息を(みだ)しているにも関わらず、人間は息一つ乱していない。


 少なからず、二人はショックを受けた。いや、正直かなりショックを受けた。


 ありえない。異常(いじょう)だ。どうかしている・・・


 人間は恐らく、18~19くらいの青年だろう。そんな青年が、神王や世界巨人と互角に戦った。


 いや、途中からはほぼ二対一という状況であったにも関わらず、青年は息一つ乱さなかった。息一つ乱さずに神王や世界巨人を相手に立ちまわっていたのである。むしろ、その状況を楽しんですらいた。


 本来、ありえない事だ。異常事態と言えるだろう。しかし、そんな事は青年はお構いなしだ。実に楽しげに朗らかに笑っている。それもまた、異常な光景(すがた)ではある。


 だからこそ、神王は問うた。このような不可思議な存在が居る筈がないという意味を籠めて。そのありえない存在に対して問う。その額から冷や汗を流しながら。


 ———貴様(きさま)は一体何者か?と・・・


「貴様・・・一体何者か?普通の人間(にんげん)ではあるまい?」


 本来、全知全能たる神王からしてそれはありえない事象だ。神王の知らない事象(モノ)が存在するなど。


 そんな事、これまで観測(かんそく)されてはいなかったのだから。故に、神王はこれを不気味に思う。


 そして、その質問には世界巨人もとりあえずは耳を(かたむ)ける。彼も気にはなっていた所だ。


 しかし、その質問に対する返答は意外(いがい)なものだった。


「うん?そんなもの、知らないぞ?俺の正体なんて、俺が一番知りたい事だが?」


「・・・は?」


 その返答に、神王は怪訝な表情をする。世界巨人もだ。自身の正体を知らない?それは一体どういう事だと彼らは一瞬疑問に思った。しかし、その疑問は本当に一瞬で氷解する。


 ・・・そう、次の一言で。


「俺、記憶喪失(きおくそうしつ)らしいんだよ。まあ、あんまり実感が無いけどな」


「何と・・・」


「っ・・・」


 その返答は、あまりにも意外な物だった。記憶を失っているにしては、かなり明るかったから。それ故少しだけこの青年が(うそ)を言っているのではと疑った。しかし、それは違うとも思った。


 神王は全知全能だ。故に、嘘を吐いているか否かは一目で解る。全知全能としての全てが、この青年は一切の嘘偽りをしていないと告げている。そう、本能(ほんのう)で理解出来た。


 故に、理解出来ない。何故、この青年は此処まで明るいのかを・・・


「貴様は、辛くはないのか?一切の記憶(きおく)を失って。一切の記憶を無く世界に放り出されて・・・」


「いや、別に?だから何だという感じだが・・・」


 それは、あまりにもあっけらかんとした返答(へんとう)だった。


 その返事に、神王と世界巨人は呆然とした。人とは此処まで気楽(きらく)に生きられる物なのかと。そして同時にこうも思うのだ。何故、此処まで根が明るく(つよ)い人間が記憶を失ったのかと。


 そう、不思議に思った。


「まあ、そんな事はどうでも良いじゃないか。喧嘩(けんか)なんか其処までにしてさ、一緒に呑もうぜ?」


 そう言って、何処から取り出したのか酒を取り出して青年は言った。何処までも(ほが)らかに笑い。


 記憶が無いなど、そんな事信じられないような明るい笑顔と共に。


 ・・・そして、そんな事は些末事(さまつごと)であるかのように。


          ・・・・・・・・・


 そうして、ひと月が過ぎた。神王は未だ、世界を(たび)している。何故か、その旅に世界巨人と青年も一緒に付いてきているが、それは今は良い。共に居る内に、神王と世界巨人、そして青年との間に一種の友情(ゆうじょう)のようなものが芽生えてきたのである。


 最初こそその感情に戸惑いはしたものの、ひと月も()てばそれも慣れた。と、言うよりも次第に神王自身も不思議とその感情を心地良く思うようになってきたというべきか?


 青年———神王自らセイメイと名付けた彼は、一言で言えば宇宙(うちゅう)を宿していた。


 人間の形を取った単一宇宙。それが、セイメイという人間の正体だった。神王と世界巨人はこれを固有宇宙と命名する事にした。人類で最初の固有宇宙覚醒者である。


 何故、セイメイが覚醒(かくせい)したのか。そもそも固有宇宙とは何なのか。それは、一切解らない。


 しかし、それでも解る事はある。それは、彼だからこそ固有宇宙に覚醒した事。


 そして、例え覚醒者であったとしても彼は彼である事だ。神王も世界巨人も、セイメイと過ごす毎日をとても心地良いと感じていた。だからこそ、そんな事は本当に些細(ささい)な事だった。


 そして、彼と過ごす内に彼が真に固有宇宙に覚醒した理由を知ったから。


 彼は、人の身で宇宙を感じさせる程の巨大すぎる精神力(こころ)を有していたのだ。それこそ、精神生命体である神王ですら比較にならない程の破格の精神力だ。まさに、彼は人の形をした宇宙(ソラ)だった。


 故に、彼が固有宇宙に覚醒したのはむしろ当然の事だと二人は深く納得(なっとく)したのだ。


 神王にとって、心地の良い日常は()ぎ去ってゆく・・・


 しかし———そんな中、心地良い日々は唐突に失われる。


 ・・・神王は珍しく(あせ)っていた。何故か?それは、副王であるソウイルから邪神が誕生し暴れ始めたという報告を受けたからである。神王は焦ってその現場である世界へと転移する。


 果たして、其処には———崩壊(ほうかい)した宇宙が広がっていた。


 星々が崩壊し、空間の所々に亀裂(ヒビ)が入り、荒廃(こうはい)した宇宙が広がるのみ。


 もはや、この宇宙は駄目だ。再生(さいせい)すらままならず滅びるのみだろう。そう、神王は理解した。


「っ、これ・・・は・・・・・・」


 目の前には、未だ暴れ回る邪神(ヤミ)の姿が。その姿は、まるで黒いドラゴンのよう。しかし、その生命体としての本質はまるで異なるだろう。あれは、精神生命体だった。


 ・・・つまり、神霊種だ。あまりにも醜悪で(いびつ)だが、確かに神霊種だった。


 竜種とは、元を辿れば精神生命体であり神霊種である原初の地母神を始祖(しそ)としている。しかし、原初の地母神が神霊種として堕落(だらく)し歪に受肉(じゅにく)した結果が竜種だ。故に、竜種とは半精神生命と呼べるだろう。


 しかし、今現在目の前に存在するドラゴンの姿をした存在はまさしく邪神。即ち完全な精神生命。


 ・・・最悪(さいあく)だった。


「っ、これより神域(しんいき)に入る‼誰も邪魔をする事は(ゆる)さない‼」


 そう叫ぶと、神王は神域の扉を開いた。瞬間、邪神と神王は神域に呑み込まれた。


 そして、間もなくその宇宙は完全に崩壊した。一柱の邪神により、宇宙が崩壊し(ほろび)た瞬間だった。


          ・・・・・・・・・


 神域での戦いは熾烈(しれつ)を極めた。しかし、それでも戦いは終始一方的だった。神王デウスは彼にのみ許された戦装束に身を包み、最上位の神話武具である神槍(しんそう)を以って戦った。しかし、それでも勝てない。


 それでも、神王デウスでは邪神たるヤミには届かない。彼は世界から(こぼ)れ落ちた邪悪そのもの、人類総ての負の側面を凝縮した悪性存在。即ち、世界の(やみ)そのものだ。


 精神生命体として有する魂の総質量は神王とすら比べ物にならない。神王ですら敵わない。


 全ての人類が有する全ての負の感情。怒り、憎しみ、嫉妬(しっと)、増長、絶望・・・


 それ等の負の側面が凝縮した世界の闇。何処までもどす黒い醜悪に煮えたぎる心炎(しんえん)があった。


 故に、この結果は目に見えていた。しかし・・・


「だが・・・まだ諦める訳にはいかない‼‼‼」


 そう、まだ諦める訳にはいかない。諦めたら、其処で世界に未来(さき)は無くなるから。人類と神霊の未来は完全に断たれてしまうから。故に、まだ諦める訳にはいかなかった。


 否、例え全ての手段が(つい)えたとしても諦める事だけは出来なかった。それは神王として、神々の王として絶対にしてはならない事だと理解(りかい)していたから・・・


 故に、デウスは全知全能たる自身の力の全てを解放(かいほう)し、不屈の瞳でヤミを睨んだ。


 だが、その不屈の精神をヤミは嘲笑う。その邪神の顎が、醜悪な笑みを形作る。


 そのあまりの醜悪さに、神王は背筋を凍り付かせた。その刹那(せつな)・・・


『ギイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼‼‼』


 そして、その顎から星々を砕き、銀河すらも呑み込む閃光(ひかり)が放たれる。デウスがこれに耐えられる術など保有している筈がない。故に、手詰まりだ。


 デウスは銀河すら砕く破壊の閃光に呑み込まれ———る事はなかった。


「・・・・・・何?」


 破壊の閃光は、直後間に割って入った二名によって(ふせ)がれた。


 ありえない。そんな馬鹿な。これは一体どういう事だ?デウスの脳裏を、疑問が埋め尽くす。


 しかし、答えなど出ない。そもそも、此処にその二人が居る筈がないのだ。神域は現在、神王の命令により封鎖されている筈だ。故に、部外者である二人が侵入してくるなど不可能な筈。


「何故、お前達が此処(ここ)に?・・・セイメイ、ウロボロス」


 其処に居たのは、固有宇宙の青年と世界巨人の二名だった。何故と問うデウスに、二人は静かに笑みを返し何ともないような声音で(こた)えた。


 まるで、大した理由など無いと言わんばかりに・・・


「何故って、俺達は友達(ともだち)だろう?友達は本気で困っていたら助ける物だろう?」


「故に、お前を助けに来た———神王デウスよ」


 二人のその言葉に、デウスは困惑(こんわく)の表情を浮かべる。友達などと、そんな事を言われたのは神王をして初めての経験だろう。故に、それを中々(しん)じる事が出来なかった。


 例え、全知全能たる神王デウスであろうと狼狽える。


「いや、しかしお前達どうやって神域に入った?現在、神域は神々によって封鎖(ふうさ)されている筈」


「そんな物、他の神々に(たの)んだに決まっているじゃないか・・・」


 さも何でもないという風にそう言ったのは、セイメイだった。そう、二人が現在此処に居るのは神王の部下たる他の神々の手引きを受けての事だ。即ち、神々の命令違反だ。


 それを聞いたデウスは、思わず目を見開いて別の次元に居る神々を()た。そして理解した。


 自身が、自身の思っている以上に部下に慕われていた事実を。それ故、例え命令違反を(おか)したとしても二人を神域に招いたのだという事を。理解し、デウスは自身の無知を恥じた・・・


 そして、決意を籠めた(ひとみ)で神王は世界巨人と固有宇宙覚醒者に()げた。


「これより、邪神の討伐を開始する。どうか、二人にはそれを手伝って欲しい・・・」


「「おうっ‼」」


 一瞬の迷いも無く、二人はそれに応えた。それは、決して揺るがない信頼の証だ。


 永い時を経ても決して揺るがず風化(ふうか)する事のない友情が、其処には存在した。


 そうして、邪神との決戦(たたかい)が幕を開く———


          ・・・・・・・・・


 神域全土が、大きく震撼(しんかん)する。それは、未だかつてない巨大な力の発露だった。


 天地を揺るがす轟雷(ごうらい)がヤミを襲う。その轟雷は、一撃で星々(てん)を融解し砕く程の威力がある。


 だが、そんな物は一顧(いっこ)だにせずヤミは突撃してくる。事実、ヤミにはその程度は効かない。


 ・・・しかし、それをあらかじめ読んでいたかのように、その轟雷を越えた先に巨大な灼熱の閃光が天から降り注いでくる。それは、世界巨人ウロボロスの行使する術であり、太陽光収束レーザーだ。


 その灼熱の閃光は、優に千度は超えるだろう。並の生命体なら、これだけで死に絶える。だが、それでもヤミは平然と向かってくる。何故なら、彼は精神生命体だからだ。


 精神生命体は物質体(マテリアル)に依存しない。物質界に干渉するには物質体が不可欠だが、精神生命としての彼は云わば精神こそが主体だ。故に、彼を殺すには本体である精神体(スピリチュアル)を砕かねばならない。


 しかし、その精神体を砕くのも至難の(わざ)だ。それは何故か?


 ———それは、神王すらも超える超質量をヤミの精神体(ほんたい)は有するからである。


 ヤミの精神体を砕きたければ、それこそ宇宙開闢(はじまり)終焉(おわり)に匹敵する威力が必要である。それこそ神王であれど並大抵の威力(いりょく)ではないだろう。しかし、それを可能とする者が一人居る。一人だけ、居る。


 その者は・・・


「セイメイっっ‼‼‼」


「おうっ‼」


 その瞬間、ヤミを宇宙開闢に匹敵する閃光の大爆発が襲った。その閃光が、ヤミの肉体を焼く。


 生命大爆発———生命の固有宇宙が有する最強の攻撃技である。その威力は、ビッグバンの倍。


 例え、宇宙の原罪(げんざい)を司るヤミであろうと耐えられる物ではないだろう。


 その損傷は、物質体を貫き精神体すらも()いてゆく。その激痛に、ヤミが絶叫を上げる。それを勝機と判断してセイメイは更に力を籠める。しかし、ヤミも只ではやられない・・・


 只でやられてはくれない・・・


「ギイイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼‼‼」


 ヤミは苦し紛れに、銀河(ぎんが)すらも砕く閃光を放つ。その閃光は、真っ直ぐにセイメイに向かう。


「あっ・・・・・・」


 死んだ・・・


 そう、セイメイは刹那の内に思った。心の中を、諦念が過る。心の奥を、走馬燈(そうまとう)が走ってゆく。それは彼がかつて普通の人間だった頃の記憶も含まれる。そう、彼が固有宇宙に覚醒する前の———


(ああ、そうか・・・。そうだったな・・・)


 彼は、かつて一人の牧童(ぼくどう)だった。何の取り柄も無く、異能も才能(さいのう)も無い只の人間だった———


 只、非日常(ひにちじょう)に憧れるだけの普通の人間だった———


 全てを思い出し、全てを諦めたようにセイメイは苦笑して・・・その刹那(いっしゅん)———


 セイメイの前に、誰かが立ち塞がった。それは、世界巨人のウロボロスだった。


 その姿に、セイメイが目を大きく見開く。それは、神王とて同じだ。世界巨人は、閃光に身体を焼かれながらそれでも(たの)しげに笑っている。それは、まるでこの状況下でまだ楽しんでいるかのよう。


「今の内に・・・さっさと敵を()てっ!セイメイっっ‼」


「っっ!おうっ‼」


 そうして、更に腕に力を籠める。その生命力の爆発に、ついにヤミは力尽き倒れた。


 世界の闇、邪神ヤミを討伐(とうばつ)した瞬間だった・・・


          ・・・・・・・・・


 静寂が神域を満たす。戦いは、神王達の勝利で終結した。しかし、神王達に勝利の充足は無い。勝利したというには余りにも後味(あとあじ)が悪すぎるからだ。それというのも・・・


「ウロボロス・・・」


 神王が呟く。その目の前には、世界巨人であるウロボロスが横たわっていた。その姿は、余りにも無残で痛ましい姿だった。その姿に、神王とセイメイは思わず顔をしかめる。


 しかし、そんな痛ましい姿であってもウロボロスは笑っていた。実に楽しげに、晴れやかに。ウロボロスは笑みを浮かべていた・・・まるで、全てに満足(まんぞく)しているかのように。


 そして、晴れやかな笑みを浮かべながら言った。


「ははっ・・・、どうやら此処までのようだ。神王よ、(たの)みがあるのだが聞いてくれるか?」


「っ、何だ・・・?」


 もう、ウロボロスは保たない。そう理解し覚悟(かくご)を決めたデウス。


 その返事に、満足そうに頷いたウロボロスは僅かに表情を引き締めて言う。恐らく、最後になるだろう頼みという物を友に(たく)す。その覚悟(おもい)の丈は、セイメイにも余さず伝わった。


 だからこそ、セイメイは何も言えずに唇を強く()み締めた。血の味が、口内に広がる。


「我が肉体を使い・・・一つの世界を創造せよ。そして、創造した世界のリソースを使い邪神ヤミに永久封印を施すのだ。良いな・・・?」


「っ・・・」


「それは・・・」


 その言葉に、デウスとセイメイの二者は息を()んだ。それは即ち、友に己を殺し世界創造の犠牲に使えとそう伝えているのだ。それは、犠牲の獣としては正しい判断だろう。しかし・・・


 それは、友としては余りにも残酷な提案(ていあん)だろう。つまり、友に己を殺せと言っているのだから。


「ヤミは最上位の精神生命だ。このまま放置しておけば、何れ再び復活(ふっかつ)するぞ」


「しかし・・・。いや、だが・・・・・・しかし・・・・・・っ」


 デウスはそれでも躊躇(ためら)う。そんなデウスの瞳を、じっとウロボロスは見詰める。


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 しばらく視線を交わす神王と世界巨人。やがて、デウスの方が溜息(ためいき)を吐いた・・・


 その目は、諦めの感情を宿していた。全ては、もはや(おそ)かった。もう、間に合わない。


 ならば、少しでも可能性のある方に()けるしかない。


「解った、これより世界創造の()を執り行う・・・」


 そう言い、デウスは世界創造の権能(けんのう)を行使した。その顔は、悔恨の表情を浮かべて・・・


 ———済まないな、我が(とも)よ。


 最後に、そんな言葉が聞こえた気がした。聞こえた、気がした・・・


          ・・・・・・・・・


 そうして、神造世界ウロボロスは誕生した。そして、神大陸の地下監獄タルタロスの最奥に邪神ヤミは永久封印される事となる。それは、世界巨人との約定(やくてい)通りだった。


 神王デウスは神大陸を()べる王となり、セイメイはあらゆる異世界を放浪し旅する事にした。


 それから、遥か(なが)い時が流れて・・・


 その世界に一つの命が生まれ落ちる。世界はその少年を中心に新たな覚醒(じだい)を迎える事となる。


 だが、それはまた(べつ)の話だ・・・

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