6. 王都まであと一歩
伸びていく道の先に見たこともない大きな街が広がっていた。
しかし、はしゃぐ声もあげず少年はうめきながら頭を抑えていた。
「隠れて夜に一人で飲んでたバチが当たったのよ。そんな調子でちゃんと手綱にぎれているんでしょうね?」
「……だいじょうぶだよ、あとは一本道だし。王都の近くで危険なこともないだろ」
「本当にだいじょうぶ~? どうせなら、引き返してさっきの町でもう一日休んでいきましょうか?」
少女がいたずらっぽい笑みを浮かべながら提案すると、少年が馬車を止めた。まさか本当に引き返すのかと驚く少女に届いたのは、少年の硬い声だった。
「アリシア、そろそろ王都だから、約束通り客席に移ってほしい」
「……もう王都かぁ。おもったよりも早かったわね。もう少し寄り道していかない? いっそのこと、このままずっと旅を続けるってのもいいかもね」
「お嬢様、お願いします」
会話の流れを断ち切り、静かな口調で再度客席への移動を促した。
王妃となる人間の外聞のためにも、これ以上は御者台に乗せているわけにはいかなかった。
少女は停止した馬車の御者台の上で、不機嫌そうに膝の上で頬杖をついたままだった。
「いいじゃない別に……。それなら、そのままわたし付きの使用人ってことでついてきなさいよ。王都の案内もしてあげるわよ」
少年は彼女の言葉にどうやって答えればいいかわからなかった。そんなことは無理だと言うことができず、沈黙を答えとした。
「いいでしょ、ね?」
「できない」ということは簡単だった。ただ、その事実を突きつけたことで、少女の気持ちを傷つけるような悲しい別れになることを恐れた。
「まったく、ずっとついてきてくれなんて、まるでオレのことが好きみたいじゃないか」
肩をすくめて精一杯快活を装った。「馬鹿じゃないの」と少女が怒り出し、自分がそれをなだめるいつものやりとりを待った。
「うん、そうよ」
「え……?」
少女がまっすぐに見つめている。日の光を背に長い髪が風に揺られる。
「そばにいなさいよ。しわくちゃのばあさんとじいさんになるまで一緒に世界を見ていきましょう」
少年にとって少女はあこがれの対象であった。
子供だけが使える魔法、成長すれば解けてしまう。
彼女へ会いに屋敷に向かうときはいつも早足になっていた。
帰るときの歩みはゆっくりとしたものである。振り返ると、部屋の窓からこちらを見ていた彼女と視線が合う。振り返って引き返したい気持ちになったことは一度ではなかった。
胸の奥が締め付けられて、搾り出されたものが腹の底にたまっていく感覚。どうしようもなく切ない感情が心を刻んだ。
「レイオット」
少女からの呼びかけを受けて、少年の口から浅く長い吐息がもれていった。
「あーもう、わかったよ。どこへでもついていってやるよ」
「なによう、その投げやりな言い方は。まるでわたしがわがままな子供みたいじゃないのよ」
「事実そうだろう。おまえのわがままに付き合わされたことは両手じゃ足りない」
「あんたの言い分はちゃあんと聞いたでしょ。ただ言うことを聞かなかっただけで。それじゃあ、出発よ!」
上機嫌なまま御者台に座った少女を見ながら、この調子で王宮でやっていけるのかと不安になった。
しかし、その不安は王太子を尻にしいてる少女の姿に変化してクスリと笑みがこぼれる。
そんな少年を不思議そうに見ていた少女の瞳が、道の先に固定される。
最初に耳に届いたのは地面を蹴立てる蹄の音。それらは重なって聞こえ、王都を背にいくつもの影が見えた。
地面を揺らしながら、それはまっすぐ二人に近づいてきていた。