4. わがまま
馬車はゆっくりと進み、変わり映えのしない景色が続いていく。
「うちはいいところよね。気候も穏やかで、野菜もたくさんとれる」
「でも、それしかないじゃないか」
「王都にはいろいろな物であふれて人もたくさんいるけど、わたしは今のままで十分だって思ってたんだ」
「なんか意外だな。オレはてっきり、こんな田舎にいたくないって飛び出すかと思ってたよ。前にも屋敷から抜け出すの手伝わされたよな」
「だって、あんたが楽しそうに町のこと話すもんだから、見にいかなきゃ損したみたいじゃない!」
太陽が最も高く昇ったころ、馬車を道の端に止め一息つけようとした。
真っ先に降りたのは少女だった。
「おい、そんなに走らなくてもいいだろ」
「急がないと逃げるかもしれないじゃない」
スカートの裾を揺らして走り出した彼女の後を追うと、むせかえるような花の匂いに包まれた。
幾千もの白い花弁の上を蝶が舞い踊り、風が吹くたびに花弁を揺らす。
「……すごい」
一面の白の中で少女がくるりと振り返る。その顔は自慢げであった。
「ねっ、やっぱりステキな場所があったでしょう。この前通り過ぎたときに見えてね、来てみたいって思ってたのよ」
二人でならんで花畑のそばに座る。出がけに昼食にと渡されたランチボックスを開く。スクランブルエッグとマヨネーズの甘い匂いにレタスの新鮮な青さが食欲を刺激した。
景色に見とれながらサンドイッチを口に運ぶ。
ひとつ食べ終わると余計に腹がすいてきて、さらにもうひとつに手を伸ばす。
綺麗な風景を見ながら気心の知れた相手と一緒にいるということは、食事を楽しくさせる。
少女も同じようにおいしそうに平らげていくが、口の横にソースがついていた。黙って口を指差しハンカチを差し出すと、恥ずかしそうに口元をぬぐった。
「学園だったら、マナーがなってないと叱責が飛んでくるところね。あの方々は咀嚼の仕方にまで注文をつけてくるのだから」
マナー教師たちに監視されながらナイフとフォークを動かすなんて食事を味わうなんて雰囲気ではない、といって少女は大げさにため息をついてみせる。
「そうだ、あれ飲ませてよ」
少女が指差す先には酒瓶があった。度数が高いことで有名なブランデーのラベルが貼られている。風に当たる御者席で冷えた体を温めるためにと、少年が持ってきたものであった。
「アリシアはだめ」
「なんでよー、わたしも御者席に座ってるんだから飲む権利はあるはずよ。ずるいわよ、一人でちびちびのんでて」
「寒くなったら客席に引っ込んでるくせに」
食べ終えると草むらの上に両足を投げ出して、二人は並んで満足そうに空を見上げていた。
いまここには自分たちの自由にできる時間があった。
風が少女の髪をやさしくなでて、特に言葉を交わさずに心地よい沈黙が流れていく。
ふと見た彼女の横顔に陰りが見えた。
「どうした? 食べすぎか?」
からかいの言葉に、少女は「ちがうわよ」とすねた顔を見せるがすぐに元の表情に戻る。
少女は何かを押さえつけるように胸の上に手を置いた。
しばらく無言だったアリシアが振り返り、ぽつりと口にした言葉は「もう少しここにいたい」というものだった。
そろそろ太陽が落ち始める時間帯となり、宿のある町まで向かわなければならなかった。それは彼女にもわかっているだろう。
「そんなに困った顔しないでよ、やっぱさっきのはなし! 馬車の上だとお尻が痛くてしょうがないわ。柔らかいベッドで寝たいわね」
「いいですよ、お嬢様のわがままを聞くのは使用人の役目ですから」
「言ってくれるじゃないのよ。じゃあ、次はどんなことをお願いしようかしら」
少年の冗談めかした言い方に少女の顔には微笑が浮かべ、胸を押さえていた手をそっと下ろした。