3. 遠い存在と感じた日
「あ、そうだ。王都についたらわたしが案内してあげるわよ。すごいわよー、建物もおっきくて、人もたくさんいて目を回しそうになるから」
「へー、それは楽しみだな。前にアリシアから聞いた場所とか行ってみたいと思ってたんだ」
ひさしぶりに帰ってきた少女が少年を見る反応はどこかぎこちなかった。1年ぶりで、王都でも色々と経験してきたのだからしょうがないと少年は思っていた。
二人になると、1年間のお互いの時間を埋めていった。しかし、田舎の男爵領ではさして変化はなく、少年はもっぱら聞き役に回ることになった。
初めての王都で見聞きことを話す少女の口調は明るい。見たこともない大きな建物が立ち並び、住んでいた町の何倍もある人々が行きかう日常について身振り手振りで話し、話題は学園生活や社交界でのできごととなる。
少年にとってそんなことを話す彼女がどこか遠くに感じられた。ずっとそばにいると思っていた友人が、本当は全然別の世界の人間なのだと理解した瞬間であった。
平民である少年にとって、貴族同士の婚姻は縁のない話であった。
それでも、何故―――と聞きたかった。
王太子殿下であれば、高位貴族との間に縁組を設けるというのはよく聞く話だった。
それが、なぜ片田舎に領地を持つ男爵令嬢であるアリシアであるのか。
断る、という選択肢はないのだろう。
王家と片田舎の男爵家、その力の差は歴然であった。
男爵家は振って沸いたもろもろの雑事に追われるようになり、朝でかけて夕方帰ってきた男爵は疲れた顔を見せていた。屋敷内の雰囲気も落ち着かないものとなった。
少年が少女と過ごした日々は5年と少し。
それを短いと見るか長いと見るかはそれぞれによるだろう。
今日はきっと神様がくれたおまけの日なのだろうと、馬車の上でゆっくりと雲が流れる空を見上げると、白い羽をぴんと張った鳥が通り過ぎていった。