1. 御者台に座る令嬢
まっすぐに伸びた街道を一台の馬車が通る。
御者台ではまだ少年といっていい年若い男が手綱をにぎっている。
彼はとある男爵家に仕える使用人であり、その仕事は男爵家の令嬢を王都まで送り届けることであった。
「いい天気ね~」
そういって、気持ちよさそうに太陽の光の下で伸びをするのはドレス姿の少女。
「あの……お嬢様、どうして御者台に?」
「いいじゃないの、こんないい天気に客室に引きこもってるなんてもったいないわ!」
「お嬢様、もうすこし令嬢らくし振舞ったほうがよろしいのでは。今後に差し支えますよ」
少年はあきらめたようにため息をつきながら、少女の突然の行動を思い出す。
屋敷から離れ人目がなくなった頃合を見計らったように客室から「止めて」という声が聞こえ、少女は使用人の横に腰を下ろしたのであった。
「ところで、あんたもその畏まった口調やめたら。屋敷であんたにお嬢様って呼ばれる度に笑いこらえてるんだから」
「しょうがないだろ、旦那様の前で呼び捨てにするわけにいかないし」
二人きりになるといつもそうしていたように、少年の口調は砕けたものとなる。
二人の出会いは5年前、男爵家に勤める父に伴われて屋敷に向かったときのことだった。
代々使えている家でありいずれ仕える息子を男爵に紹介しようとしたところ、娘と年も近いということで男爵が少年に興味持った。
少年が屋敷に入ることは初めてで、キョロキョロと視線が落ち着かない。ことさら華美といわけではないが歴史と厳粛さを感じさせ、少年を緊張させた。
「坊主、おまえがジョージの息子のレイオットだな。娘の話し相手になってくれないか」
「はじめまして、アリシアと申します」
品よくお辞儀をする少女を目にして、ぼーっとする少年の背中を父が小突く。
「おい、レイオット、ちゃんと返事をせぬか」
「え、はい、よろしく……です」
雑多な人間が暮らす町で育った少年にとって彼女は別世界の人間に見えた。
艶やかなピンクブロンドの髪と肌理細やかな白い肌に、少なからず心の平静を失った。
ふんわりと笑いかけてくる桜色の唇を見ていると、頭に血が上りほおが熱くほてるのを今にも失笑されるのではないかと気が気ではなかった。
貴族である彼女が何を喜ぶかわからないままとにかく何か話そうと、町でのできごとや友人を話題にしてみると楽しげに聞いてくれた。それは、少年にとって楽しいひと時であった。