三十四話 レイ
ベルティア様がやっと入学してきてくれた。
僕は嬉しくていつもベルティア様の側をまとわりついた。
他の男が近付かないようにと牽制にもなるだろうと思い。
学園に入れば他の男達と接する機会が増える。正直な話、気にくわない。自分以外の男と話しているのを見るだけで驚くくらい自分の中で醜い感情が湧き出てきた。
こないだもクラスの男と楽しそうに話していた。すぐに割り込んで追い払ったが。
学年が違うという関係でいつでも側にいられるわけではない。今だって生徒会の仕事でベルティア様の側にいられないのだ。
イライラする。
「レイ顔怖いよ」
「仕方がないじゃないか」
エドに注意されるがベルティア様の元へ行きたいのに行けないのだ。表情に出るのも仕方がないと思う。
そもそもなぜ生徒会に入らなくてはならなかったのか。
それは王太子であるヨハン殿下直々に「私の力になってほしい」と言われたからだ。
なんだかんだで臣下の一人になってしまったため断れなかった。
光と闇の特別な力を貸してほしいとのことだ。別に生徒会などに入らなくても良いのではないかと思ったが王太子は生徒会に入り人の上に立つことを学ばなくてはならないらしい。さらにその臣下も今から王太子と上手くやれるようにと入れされられるのだ。
僕の方はヨハン殿下の臣下にとナルファス家にも言われているし、ベルティア様を僕のものにしやすいだろうという事で了承したわけだがルミに関しては特に臣下になるつもりはないらしいので気の毒だ。
しかし、いざとなったら仕事を押し…頼めるため僕は助かるが。
「あー、ルミちゃん可愛い」
エドはルミが好きらしく僕がベルティア様に付きまとうようにルミにまとわりついている。
そのためベルティア様と二人きりになれる時間ができると喜んでいたのに最近邪魔なやつがいる。セルフィーナ・ファイス嬢だ。
ベルティア様がお願いと頼んできたから仕方がなく話しているというのに…。しかもベルティア様と話そうとすると邪魔までしてくる。目障りだ。
それに本当は知っている。あの令嬢をはじめとする他の者たちがベルティア様を悪く言っているのを。僕やルミに相応しくないとかなんとか言っている。馬鹿馬鹿しい。
そんな事他人に言われるようなことではない。それにベルティア様以上の方なんて僕にとってはいないのだ。
いっそ魔法でもなんでも使って酷い目に合わせてやろうか。
しかし僕はある事を思ってしまった。
あえて放置してベルティア様を孤立させる。そして僕やルミしか頼れる人間がいないという状況にするのだ。そうすれば僕たちに依存してくれるのではと。そしてそこから僕のことしか考えられなくする。少し試して見ることにした。
さらに少しでも意識してくれればとベルティア様の前でセルフィーナ・ファイスに笑いかけてみた。ベルティア様が忘れ物を取りに行くと嘘をついて僕たちを二人きりにしようとしたあの時だ。あんな奴に笑いかけるなんて反吐が出るがベルティア様に意識してもらえるかもと利用してやった。
そうとも気付かず嬉しそうに話すあの女は滑稽だった。
ただそれ以降馴れ馴れしくしてくるようになったのは失敗だったが。
それにしてもベルティア様は本当に可愛い。嘘がバレバレなのも、魔法に失敗して涙目になっているのも、問題が解けて嬉しそうに笑っているのも全て愛おしい。
「ねえ、レイ。聞いてる?」
「え、聞いてないけど」
ずっとエドが話しかけてきていたらしいが全く聞いていなかった。エドの話よりベルティア様の事を考えている方がよっぽど大事だ。
「ちょっとは聞いてよ」
「嫌だよ、面倒くさい」
「酷い…。ところでベルティアちゃん孤立してるみたいだけど大丈夫なの?」
エドも気付いていたようだ。しかしベルティアちゃんと呼ぶのは気にくわないが。
「知っているよ、少し様子見してる」
「…レイ、まさかとは思うけどわざと…?」
エドは頭の回転が速く感も鋭い。エドは僕の考えがあっという間にわかったようだ。おそらくルミも気が付いている。しかしルミも何も言わない。多分ルミもベルティア様に頼られるのは自分がいいと思っているのだろう。
なんとも歪んだ兄妹だと自嘲する。
ただ中々僕たちを頼りにしてくれないのが気になるが。作戦を変えた方がいいかもしれない。
「だから顔が怖いって」
「エド、レイ無駄話をせず手を動かせ」
ヨハン殿下の注意が飛んできた。しかし手が止まっているのはエドだけなのだが連帯責任というやつか。
「あ、ルミこれも頼む」
ヨハン殿下はルミに仕事を頼むとルミもわかりましたと受け取っていた。その姿を見てエドが呟く。
「ヨハンもルミちゃんの事好きだと思うんだけどどう思う?」
「さあ。でもルミはなんとも思ってなさそうだから頑張れば?」
ルミも大概ベルティア様のことしか考えていないが。
「ルミちゃんもベルティアちゃんの事ばっかだもんな」
絶対振り向かせてみせると意気込んでいる。僕はエドのそういう所は嫌いではない。一部の男もベルティア様に嫉妬して悪く言う奴がいるのだ。嫉妬するくらいならまずはルミに振り向いてもらえるように努力するべきなのに。まあ、そんなやつルミの目にとまることなどあり得ないだろうが。
「よし終わった」
「え、もう?俺のも手伝って」
「いやだよ」
そう答えたらヨハン殿下が僕に嫌な指示を出した。
「すまない。エドに頼んだのは急ぎでやってほしいと生徒会長から言われているんだ。手伝ってやってくれ」
「わかりました」
エドを睨むと一部の仕事を奪い取るように受け取る。早く終わらせたい、ベルティア様に会えるように。僕の世界はベルティア様中心で回っていると言っても過言ではない。
「終わった…!ありがとうレイ」
「次からは自分でやってよ」
外は薄暗くなってきた頃にようやく仕事が終わった。他のメンバーも終わったようで片付け始める。
今日はベルティア様を寮まで送りとどけられなかったとイラつく。
ルミは早く帰ってベルティア様の部屋に遊びに行こうなどと言っている。羨ましい。
そんな事を思いながらエドとルミ、ヨハン殿下と寮への帰路につく。
すると前からベルティア様のクラスメイトと思われる令嬢が近づいてきた。彼女はベルティア様に嫌がらせをしていない子の筈だ。
どうしたのだろうと思っていると令嬢が少し焦ったように口を開く。
「あの、ベルティア様はご一緒ではありませんか?寮に戻ってきていないんです」
「え?」
何だってと僕とルミは焦る。ベルティア様は基本的に魔法の訓練場以外に寄り道はしない。
「訓練場にもいないんですか?」
ルミが問うと令嬢は首を横にふる。
「一応確認してみましたが」
一体どこへ行ってしまったんだと必死に行きそうな場所を考えるがわからない。
急いで探しに行きたいが闇雲に探しても時間がかかるだけだろうと思い一つずつ考えようとする。
学園の外には出ていないはずだから行く先は限られる。
「ベルティアちゃんに何か変わった様子はなかった?」
「はい…あっ!」
「何かあったの!?」
僕は詰め寄ると令嬢が驚いたように後ずさる。エドに落ち着けと言われて深呼吸をしてもう一度冷静に聞く。
「ごめんね。何があったのか聞かせてくれる?」
「あっ、はい。ベルティア様というよりセルフィーナ様達なんですけど」
ベルティア様が魔法を使えるようになると宣言したようだがそんなことは絶対無理だろうと笑っていたそうだ。しかもベルティア様は手段なんて選ばないと言ってどこかへ向かっていったとセルフィーナ達が話していたらしい。
魔法が使えるようになるために手段を選ばないとはどういうことか。しかもどこかへ向かった。
魔法が特訓できそうな所を一通り思い浮かべるが二つしか出てこなかった。
魔法訓練場、そして…。
「魔の森か!」
まさか、魔法も使えないベルティア様がそんな場所にと思ったがベルティア様なら火事場の馬鹿力とかなんとか言って行きそうだと思った。ベルティア様のそういう少し残念な所も好きだが今回はそんな事を言っている場合ではない。
「魔の森だって!?」
「ベルティア様ならありそうです…」
エドは驚くがルミは同意する。
「すみません、僕見てきます。エドとヨハン殿下は一応いくつかある訓練場を見てきてもらっていいですか?」
「私も!いえ…私はベルティア様が戻ってくるかもしれないので寮で待機します」
四人で役割を決めてそれぞれ行動する。
まさか僕たちに頼ろうとせず一人でなんとかしてしまおうとするなんて。こんなことになるならベルティア様の側を離れなければよかった。
でもなんでそんなことに…いや、セルフィーナ達のせいか。あいつらがベルティア様に何か言ったのだろう。早くつぶしておけばよかったと後悔した。




