特別階級と不穏な魔界
様々なことを学び、さらに自らを高めようと思わせてくれた模擬戦から一夜が明け、俺は下界にやって来てから初めて快眠というものを知った気がした。
今まで経験したどの目覚めよりも心地よく、スッキリとした目覚めであった。
二段ベッドの上に寝ていた俺は下に寝ているはずのノアが起きているかどうかを確認するため下を覗いた。当然のことながらこの一室には俺とノアの男二人である。ノアのことだからもう既に起きていて自主トレでもしているかもしれない。
が、俺の目がとらえたのはまるで俺が上から見ると知っていたかのように同じくこちらを見ているノアの目だった。
「なんだ貴様。ようやく起きたと思ったら......俺の寝顔でも拝もうとしているのか? あいにくだが俺にそういう趣味はないんだが?」
なぜこいつはこうもすんなり用意していたかのように言葉がすらすら出てくるんだ。そして先に言っておくが俺だってそんな趣味は持ち合わせていない。
「いや、ノアはもう起きてるかなーって思って、確認しただけだから。そっちこそ起きてるのにまだ布団を被って寝転んでいるなんて、まるで寝顔を誰かに見せようとしているようにとられてもおかしくないぞ」
俺も言われっぱなしでは神の面目に関わる。これでも沙喜なら簡単に論破できるぐらいには口はうまい。敵わないだろうが精一杯の抵抗を試みる。
「フン。笑わせるな俺は今の今まで瞑想をしていた。そこに物音が聞こえてくれば止めざるを得ないだろう。万が一のためにな」
「いやいやいや。ここそんなに物騒じゃないでしょ! 仮にも雪の家だよ? 雪以外は簡単には家に入れないぜ?」
さすがのノアでも言い訳が苦しくなってきたか? もしやこのままいけばノアを口で負かすことができるかもしれない? ......ってそんなことはどうでもいい。
「まさか雪が何か俺たちに危害を加えるとでも言いたいのか?」
「そのまさかだ。悪いが俺は雪を少しばかり警戒している。昨日も言った通りやはりあの動きは不自然だ」
そこまで気にすることか? まぁ、確かに気にはなるが。何かだんだん話がややこしくなってきたぞ?
「それに俺が物音で起きるのは仕事柄仕方がないことでな......」
ノアが何か小声で呟いたが俺には聞き取れなかった。
「え? 何? 何て言った?」
「あ、いや、何でもない。ただの独り言だ。気にするな」
そう言って起き上がり逃げる素振りを見せた。
これは何かありそうだぞ。
「えー。何か言ったんだから言えよ」
「気にするな。しつこいやつは嫌われるぞ」
中々吐かないな。ますます気になる。もう一押しだな。
俺がさらに問い詰めようとしたときもう聞きなれてきた声が聞こえてきた。
「おーい! 二人ともー。ミルカ特製の朝御飯が冷めちゃうぞー!」
ミルカか。タイミングが悪いよ。まったく。
「もうそろそろ朝飯を食べないと学校に遅れるな。ほら、行くぞ」
俺が動き始める前にノアは既に部屋を出ていた。
上手く切り抜けられてしまったー! くそ、今日のところはこれで勘弁してやる。次こそは必ず尻尾をつかんでみせる!
俺たちはミルカが雪の家のキッチンを借りて作ったであろう特製朝食を食べてから学校に向かった。味は雪には劣るもののそこそこ旨かった。
学校に着くとやけに校門の辺りが騒がしい。なにやら皆で何かに群がっているようだ。
「何だ? あの人だかりは」
誰にともなく俺は呟く。
「大方クラス分けの表を張り出しているといったところか」
そういえばそんなこと言ってたな。昨日の騒動のせいで全く頭になかった。
「どうする? あの人混みの中に入るのは面倒だよな」
立ち止まって振り返りノアや沙喜達に相談する。
「そうですね。もう少しすいてから誰か一人が行くのが妥当かと思いますけど」
沙喜の提案により俺たちはしばらく待つことにした。
が、一分と経たないうちに数人の声が聞こえてきた。
「あれって略君だよね? 特別階級の」
「え!? あっちは沙喜ちゃんと雪ちゃんだよ!」
その声が挙がるや否や俺、沙喜、雪の三人は大勢にとりかこまれ、動きを封じられた挙げ句様々な声を浴びせられた。
サインだの、握手だの、こっち見てだの。
結局ライル先生が騒ぎを聞きつけて止めに入るまでの十数分間俺たち三人は身動きがとれないままだった。
騒ぎが収まった後も近づこうとする生徒が絶えないためライル先生に連れられ職員室に通された。
「とりあえず謝っておく。すまなかった」
唐突に先生から頭を下げられ呆気にとられてしまう。
「あれは先生のせいじゃありませんよ。俺も何が起こったのかまだ把握できてませんが」
「そうだな。簡単に言えばお前たちのファンみたいなものだな。お前たちの模擬戦での戦いは素晴らしいものだったからな」
まぁ、大体そんなことだと思ったよ。やっぱり目立ちすぎたか。
「あの表に詳しいことが書いてあるんだがお前たちは見ていないだろうから説明しておこう。クラスを分けるのは知っていると思うが大きく分けると三段階に別れている」
ライル先生は話が長くなるのか椅子に腰を下ろし、真剣な眼差しで話し始めた。
「上から“アドバンス”、“スタンダード”、“エントリー”の三つだ。もちろんお前たち三人は“アドバンス”に属するわけだがそのなかでも実力がずば抜けている生徒は特別階級と呼ばれている。そして“アドバンス”に属する生徒は来たるべき魔界軍との戦に学徒出陣令が王より出された際に出陣するのだが、特別階級の者は最前線で戦うことを許される。そのためそれ相応の実力を持った生徒でないと選ばれない。例年一人出ればいい方なのだが今年は三人も出たからな。だからあんな騒ぎになったのだろう」
何かとてつもなく目立つんじゃないのか? 特別階級ってのは。これからどうしたものか。
にしても神と悪魔の戦が始まるにはまだ早すぎやしないか?
「だが、これからの成長ぶりによっては例年のように“アドバンス”の中から特別階級に上がる者もいることだろう」
ほっ、よかった。これから増えるなら俺の存在も少しずつ薄れていくだろう。そう思ったのもつかの間、ライル先生の話には続きがあった。
「例年は時間がある。しかし今は時間が無くなってきている。だからこの学校も急ピッチで勇者の育成をしている」
いや、時間はあるはずだぞ? 前回の戦からまだ百年ちょっとしか経っていないはずだ。
「先生。まだ悪魔が結界を破れる年ではありませんが」
「ん? よく知っているな。さすがは特別階級」
やっべー! ついつい神の知識を存分に披露してしまった。特別階級とやらじゃなかったら完全に怪しまれてたな。
「それはだな。私にも原因は把握できていない。風の噂に聞いた話でにわかに信じがたくはあるが悪魔たちの魔力が大幅に増え、結界を破れるまでになりつつあるらしい」
何? そんな話俺でも聞いてないぞ! 何でそんなときに下界の調査なんかさせるかなー? ったくあの上司は。
「そんな悪魔がこの地上に攻め込もうとしている。我々は再び神の力を借り、神と共に悪魔に打ち勝たなければならない。ここまで話しておいて悪いがこの事は決して漏らさないようにしてくれ」
ライル先生の説明が終わった後教室に戻ってみると先ほどと同様に視線は感じるが誰かに注意されたのか皆襲いかかっては来なかった。そんな中喋りかけてくる輩がいた。
「あー! 沙喜ちゃんたちさっきは大変だったね? それでどこ行ってたの?」
ミルカがそう話しながらアンと共にこちらへ歩み寄ってくる。ノアは時折ちらちらとこちらの様子を伺ってはいたがこちらへは来なかった。
俺は二人に事の顛末を話すわけにはいかないので特別階級になったことだけ伝えておいた。二人はクラスの数人から聞いていたようでさほど驚きはしなかったが、やはり誉められた。
どうやらこの下界の調査はかなり厄介なことになってきそうだ。ある意味この日々生まれる謎の数々を解き明かすことが上司からの指示であるかに思えた。