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神が勇者になってみた  作者: The crank only knows
3/15

神は初日でダウンしない


 俺たちには解決すべき問題が二つほどにある。その内の一つはこれからじっくりと腰を据えて取り組めばいいものだ。しかし、もう一方は早急に打開策を考えださねばならないだろう。体のつくり的にほとんど人間になってしまった俺たちは、当然ながら衣食住が必要不可欠である。そして、今現在俺たちには、そのどれもが不足しているのだ!


「……雪の聖霊に関しては追々調査していくとして、今日はどこに泊まる? もう暗くなっちゃたよ」

 俺は薄暗いをとうに通り越して真っ暗な街の外れで、同じく暗い顔をした沙喜にアイディアを求めた。

「宿に泊まるのが妥当でしょうが……お金がありませんね」

 沙喜はテール・スカートにくるまれた足を抱え込んで、寒さを凌ごうとしている。

「この世界では、討伐指定の魔物を倒せば報奨金がギルドから支給されるそうだ」

 いわゆる冒険者という職業の人々はそれで生活しているらしい。

「明日からはそうしましょう。でも今夜はもうギルドが閉まってしまっています……」

 だから困っているのだ。

「火属性の魔法が使えたらなぁ」

「ホントですよ。なんで使えないんですか」

 そういう沙喜も使えていないではないか……。ってそんなことはどうでもいい。それより今夜だ。真冬じゃなかっただけありがたいが、ようやく春になったばっかりの空気は想像以上に冷たい。どうにかしなければ、低体温症にでもなってしまいそうだ。

「先輩、くっついてもいいですか?」

 沙喜の目には若干の下心が見え隠れしたしたような気がしないでもないが、こっちとしてももはやそんなことを言っていられる状況ではなかった。

「ああ頼む。そうしてくれ」

 沙喜は民家の塀にもたれかかっている俺に四つん這いで近づき、横にぴったりとくっついた。

「あぁ、先輩に抱かれてこの世を去れるなら満足です……」

 とろけるようなまなざしを向けた後、沙喜は静かに目を閉じた。

「おい! まて、俺たちは神だぞ。初日でダウンとかありえないだろ!!」

 なんて、実際のところ俺も瞼が過去最高級に重かったのだが。

 懐かしい天界での日々。所かまわずくっついてきた沙喜を思い出す。すぐ近くで今まさにくっついている沙喜の香りがそれを思い起こさせるのだろう。

 そんな、意識だけが半ば天界に帰りかけていた時だった……!


「何やってんだ? お前たち」

 それは俺らが入ったクラスの担任の教師だった。長く艶のある黒髪は女性のそれを思わせる。年齢は三十台半ばといった所だろうか。髪の印象に反して整っていながらもどこか険しく、そして厳しいその顔立ちは歴戦の戦士を感じさせた。

「「ライル先生!」」

 俺たちは人間というものの暖かさを、この時初めて知ったのかもしれない。

「よかったら、今晩はうちで泊まるか?」

 ライル先生は俺たちを目で観察しながらそう言った。その表情は常に変わらず、今も驚きもしていない。

「……お願いします」

 ライル先生は俺の言葉を聞くと、塀の中にある簡易なレンガ造りの建物を指さしてただ一言

「ついてこい」

 と言った。


「ここライル先生の家だったんですね……」

 沙喜は家の温もりの幸せをかみしめつつ、幸運な偶然に感慨深げに言葉を漏らした。

「お前たちはここで寝ろ。浄化魔法の札を置いといた、これで体でも清めておけ」

 疲れている俺たちを見て、気を使ってくれたのだろう。事情は明日学校で聞くと言ってくれた。

 ただ最後に……

「部屋は一つしかないからな。変な気を起こしてくれるなよ、五坂」

 この言葉で、沙喜は顔を真っ赤に染めてしまった。今日見た夕日のように……。


 そして、凍えることのないまま俺たちは朝を迎えることができた。ちなみに、変な気を起こすまでもなく深い眠りに落ちてしまったのは言うまでもない。

 朝、ライル先生は二人分の簡単なパンとスープを残して、もう家を出てしまっていた。仕事熱心な人だ。

 もちろん、俺たちはそれらをおいしく頂き、キチンと皿を洗った後、二日目の学校に向けて歩き出した。


 魔法に適正のある少年少女を育成し、将来的に魔王軍に対する戦力となる人材を生み出すことを目的としてつくられた英雄門。別名、王立特別魔法師学院。つい二年ほど前に建てられたこの学院は冬に行われる筆記試験に合格すれば次の春に入学を許される。筆記試験で問われるのは、数学や歴史などの魔法に関係のない科目三つと魔法史。そして様々な魔法の知識に関することだ。

 とはいっても、魔法の才能にも当然ながら個人差があり、実技指導は習熟度別のクラスに分かれる。その為の模擬戦が入学してから二日後、つまり今日に行われるのだが……


「先輩、どうします? このままだと私たち、生徒どころかライル先生以外のほとんどの教師にも圧勝しちゃいますよ」

 ライル先生が例外なのは、昨日俺たちが間近でその圧倒的とも言える迫力を感じてきたからだ。気になって他の教師も観察してみたが、ライル先生が例外らしかった。

 俺たちは朝礼の後、模擬戦のために闘技場に行くよう言われたので、一旦校舎を離れ、向かい側にある円形闘技場に向かった。ここの闘技場は広く、一周約四百メートルもあるそうだ。

「どうしますって……雪くらいに合わせればいいんじゃね?」

 雪はおそらく生徒の中でも抜きんでて強いだろう。“聖霊”を持っているため魔法の強さも最強クラス。それに加えて剣の達人ときた。もはやなんでこの学院に入ったか分からない。それほどまでに圧倒的な魔法の才能を雪は持っていた。

「雪さんレベルだと強すぎて目立ち過ぎません?」

 沙喜の疑問はもっともだ。しかし、

「ある程度の地位がないと情報は入ってこないだろう。教師に注目されないと」

 おそらくは、一部の限られた人にしか公開していない資料や情報が山ほどあるだろう。

「なるほど、分かりました先輩。それにライル先生みたいなのがいることですしあまり目立たないかもですしね」

「そうだな」


 ――魔法で強化された石材によって造られているこの円形闘技場は、ちょっとやそっとの攻撃では崩れないだろう。正方形の石が敷き詰められている戦う場所となるフィールドの地面も、それをぐるりと取り囲む三メートルほどの壁も見るからに頑丈そうだった。


「お前たちは、今からここで戦ってもらう。対戦相手はこちらが勝手に決めるので、自分の番になるまでそこにある観客席で待機していてくれ」

 フィールドの隅、二か所ある出入り口のすぐそばに整列した生徒にライル先生はこれから始まる模擬戦について説明している。観客席は壁の向こう側に階段状になっている場所のことだろう。

「先生、模擬戦は武器の使用も可能だそうですが、危なくないんですか?」

 クラスメートの一人が、不安そうな顔で質問する。多くの人が同じ不安を抱えていたようで、ライル先生の返答に注目が集まった。

「心配ない。武器は木造の稽古用の物を用い、ダメージ軽減魔法も常時展開する。万が一ケガをしても治癒魔法を発動させる。もし危なくなったら私が止めるので問題ない」

 先生の視線で、生徒たちの注目を出入り口に向ける。すると、そこから魔術師と思われる若い男性が現れた。白いローブを着た彼は生徒の前まで歩いてきて一礼すると、

「私は魔術師でこの学院の教師、オリヴェルです。皆さんの安全は私が保証します」

 彼はさわやかな笑顔で生徒の心をつかんだようだ。クラスメートの顔から不安は消え、「この学院の先生なら安心だね」といった声が聞こえる。

 まぁ、こいつなら大丈夫かな? 一応先生な訳だからある程度は止められるだろ。ライル先生には及ばないけど。

「……と、言うことだ。まず初戦は五坂とノアでやってもらう三十分後に開始だ。以上」



「初戦ですか……どうします、先輩?」

 フィールで準備体操をしている俺に話しかけてきたのは沙喜だった。

「お前、他人がいないとこでは『先輩』って呼ぶんだな」

 疑問に対する答えになっていない。自分でもわかってて言ったことだが。

「そんなことはどうでもいいじゃないですか。そんなことより雪さんの試合が見れませんね」

 より具体的になった懸念に、俺は単純な答えを返す。

「ノアってやつがどんな奴かは知らないけど、雪より強いってことはまずないだろうから、とりあえず勝てばいいと思う」

 この模擬戦はトーナメント形式だそうだ。その目的は実力の判断とそれをもとにしたクラス分けだ。一クラス三十五人の内、上位三人を特進クラスに入れる。クラスは他に二クラスあるから合計で九人が特進クラスに集まる。その他、体術部門なんかでもクラス分けするらしい。

「そろそろ時間ですね。私は観客席で応援してます」

 沙喜は笑顔で出入り口に向かって走っていった。


 闘技場の真ん中で、俺はノアと対峙した。切れ長の目で金髪の彼は右手に木製のロングソード、左手には五角形の盾という姿。対して俺は木製のロングソード一本のみ。実は素手で試合に臨もうとしたが、一応剣術の評価もあるらしいので持ってきた。

「君ー、僕にぼこぼこにされても泣かないでね? そういうやつ嫌いなんだよね」

 ノアは王族に仕える相当位の高い貴族の息子らしくプライドが高い、というか生意気だった。口調は貴族らしからぬが。先程から挑発的な言動を繰り返している彼は観客の冷めた視線に気づかない。

「どうせ僕には勝てないんだから降参してよー。体力がもったいない」

 あぁ、その通りだ。お前と戦うのは体力がもったいない。イラついてきたので、一気に片付けようかと思った。が、クラスメートは彼の身分を考慮してか、彼のやることに口を出そうとはしなかった。つまりは、ここで叩きのめすと後でいろいろと厄介なことになることは容易に想像がついた。ここは競り合ったうえで勝つというのが妥当ではないか。

 だが、そんなことを考えているとは露知らず、彼は続ける。

「ほらほらー、今なら地面に頭つけるだけで許してあげるよ。ギャハハハ 何か言いなよー! ん?」

 黙っていれば調子に乗りやがって......。さすがにここまで神をこけにされたらキレる!! 神の力、見せてやるよ。

「お前は地面に頭つけるだけで許すかも知れないが、俺は許さないよ?」

 不気味な笑みを浮かべる略にさすがにノアも数歩たじろぐ。

 こうなってしまっては略を止めるのは難しい。

 沙喜のため息が聞こえてきそうだった。


 


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