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神が勇者になってみた  作者: The crank only knows
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精霊歌

 担任の教師が今日の授業の終わりと解散を告げると、またクラスがグループごとに別れていく。

 結局、ここがどんな学校で、何をしているところなのかは今日一日じゃ理解出来なかった。人に話を聞くのが最も楽なのだが、自分が入る場所のことも知らないのはあまりにも不自然である。

 俺が熟考していると、沙喜に手招きされ教室の端まで移動する。

 歩く度に響く金属音。俺はこれが――冷たい金属の教室が――あまり好きではない。



「分かったよ。略」

「は? 何が」

 どうせ又くだらないことを言うんだろ。

 俺は半ば呆れた風に聞き返す。

「何がって、そりゃこの学校のことに決まってるじゃないですか」

「何だと?」

 この短時間で俺よりも早く情報を集めるだと?

 普段の行動からは考えられない。

「この学校は勇者を育成する学校らしいですね。しかも、かなり最近に出来たみたいで。勇者の育成を急いでるんじゃないかーって言われています」

「勇者? 何のために? 魔王の復活はまだ先だろ?」

 つまり、この世界に何らかの敵が突然出現し、それに対抗すべく、早急に勇者の育成を始めたといったところか。

「そこは良く分からなかったんだけどね。あと、ここでは主に魔法を教えているみたい」

「ここにいる以上俺たちも勇者になる可能性があるわけだ」



 魔法か......。俺たち神の使う“神聖魔法”は人間の使う“七曜魔法”とは種類が異なるのである。

 そもそも、魔法はこの世界に満ちている魔力を一人一人に宿っている“精霊”を介して自らの力に変えることで魔法を使えるのである。その精霊の種類が神と人間で違うため魔法の種類も変わってくる。

 つまり、神聖魔法を使った時点で下界の人間ではないことがすぐにバレてしまうのだ。もっとも、神聖魔法は使う機会がないだろうが。

 魔法については他にも色々あるのだが詳しいことは沙喜の方が知っている。



 さて、この学校のことは分かりかけてきたが、次はあの雪とかいうやつだな。

 あの“新しい友達と仲良くなろうの会”とやらで何か分かるかもしれない。

 今日の放課後って言ってたな。

 とりあえず行ってみっか。

 場所、時間、人数、等々何も聞かされていないんだが......。

 俺は沙喜と合流し、会場を目指した。



 結局のところ、会場というのはミルカの屋敷だった。彼女はいわゆる上流階級らしく、玄関先で素朴な感じのメイド服を着た――つまりメイド――に出迎えられ、教室ほどの広さの部屋に案内された。そこにはお茶とお菓子が置かれた小さな円形のテーブルがあり、羽毛を使った柔らかく幅の広い椅子が置かれている。応接室だろうか。

 

「ねえ、みんなで精霊歌を歌わない?」

 こんなことをアンが言い出したのは、談笑もひと段落した夕暮れ時。沙喜が自慢の“宝笛ほうてき”を見せびらかしたことが発端だった。それで曲を奏でて俺たちが交互に歌うということらしい。精霊歌とは、相手と親交を深めるとともに相手の宿す精霊に挨拶をする手段である。こういった場でこういった流れになるのは自然だ。魔法を志す者の会なのだからむしろ必然といえる。

 

 はっきりとした自我のない下位精霊への語りかけと交流を目的とした精霊歌は地域によって大きな差があると聞く。天界では魔法の詠唱の文言のもとになったほどに重要なものだ。七曜魔法では精霊歌の位置づけがどのようなものなのか興味があった。


 ……しかし、それは期待に反しておよそ精霊を無視しているとまで言える代物だった。これは歌であって精霊歌ではない! 精霊への祈りや感謝のプロセスが全くと言っていいほど無い。

 他のやつは平気どころか真面目にその歌を賞賛する始末。この世界における精霊歌とはこんな粗末なものなのだろうか。――なんて、俺が“仲良くなる会”にふさわしくない顔をしていると、アンが不思議そうな顔をしてこちらを見て、

「なにしけた面してんだよリャックン。あんたもなんか歌いなよ。あたしたちばっかり歌って疲れた」

 だそうだ。しけた面になっているのはアン、お前の歌のせいだ! 

「そうだよ。私もリャックンの歌、聞いてみたいな」

 と、今度はミルカ。俺は本物の精霊歌以外歌えない……って、歌わない理由もないな!


 俺は、本物の歌を教えてやろうと、とある大魔法の詠唱のもとになった歌を選択した。

 それは、情熱的すぎるほど情熱的な詩人よりも情熱的に。それは、わが子を愛でる母よりも情愛を込めて。

 しかしながら、俺の熱唱に反応を見せたのは彼女らの内にいる精霊のみだった。精霊の活動が活発になったのに対して彼女たち本人の顔は引きつっている。なぜ、拍手がないんだ? アンやミルカの時にはあれほどあった拍手が。

 拍手をしているのはただ二人、沙喜と雪だけであった。二人は感動したようにずっと拍手をしていた。


 ここまできて俺は地上の魔法使いの弱さの一因に気づくことができた。というか知った。人間は精霊との心の通わせ方を知らないらしい。だから、自分の精霊の動きも分からない。“娯楽のみを目的にした歌”が彼らの歌ならば天界の歌はさぞかし奇妙なものに聞こえたことだろう。どうやら歌の評価の基準が天界と下界では大きく違うようだ。現に沙喜と雪しか拍手をしていなかった。

 ん? 何で雪が拍手したんだ? 精霊の歌を知らない人間が? どういうことだろうか。

 まさか独学で精霊を理解したとでもいうのだろうか。だとすれば彼女の精霊を感じ取る力は神に匹敵するといっていい。神は上位精霊を宿し、人は下位精霊を宿している。種類の違いとはそういうことで、意外かもしれないが神と人間の差はそれだけだ。しかしながら、精霊の対する感性は神のほうが圧倒的に上だ。ようするに、何が言いたいのかというと、雪冷花は普通の人間ではなさそうだということである。


 

 そんなこんなで“新しい友達と仲良くなろうの会”は最後こそ静まり返ったが、無事に終了した。

 これで解散のはず。狙うなら解散して人が減ってからだな。

 雪と同じ方向に歩きだし、人が減るのを待つ。



「じゃあ、私たちこっちだから。ばいばーい」

「私はアンさんたちを送ってきますね」

 沙喜も離れこの場に残ったのは俺と雪だけ。よし今だな。

 俺が話しかけようとしたその時。

「あなたは帰らなくて良いのですか? 五坂略」

 おっと、そっちから話しかけてくるとはな。

「俺は別に大丈夫。ちょっと雪さんに聞きたいことがあってね」

 なんか冷たくないか? 明らかに警戒してるな。

「それは丁度良かった。私もあなたに聞きたいことが」

 こいつやっぱり他のやつとは何か違う。

「何かな。そちらから先にどうぞ」

 こいつからは何か殺気のようなものを感じる。名前の通り冷たく、それは刃のようだ。

「私は実はもともとこの世界の住人ではないようです。転生したようなのですが生前の記憶を鮮明に覚えているのです」

 転生された? しかも記憶があるまま? 今、神界ではトラブルが起こってるからな。その影響か?

「そうなのか」

「やはり、あまり驚かない。あなたは何か知っているのではないですか?」

 なっ! やられた。驚くのが自然だったな。

「生前、私は神を嫌っていました。ですが、死ぬ直前にその考えが変わりました。神に助けられたのだから」

 あっ! 思い出したぞ! 俺が以前下界に来たときに助けたやつか? 正確にいえば助けられなかったのだが......。

 でも、あのときは顔は見せなかったんだけどな。

「その表情。やはりあなたがあのときの神なのですね」

 何でバレたんだ! 何も怪しいことはしてないはず。

「でも、どうしてわかったんだ?」

「あなたはその時の神に雰囲気が同じだった」

 そんなことでバレるのかよ。どうしたもんかな。これで俺を手玉にとろうとしてんのか? ここまできたら仕方ないな。

「安心してください。誰にも告げ口はしませんから」

 そうなのか? 何でだ?

「どうしてだ? 何を企んでいる?」

「言ったはずです。嫌いなのは変わったのです。今度はあなたの力になりたい」

 分からない。俺はあいつを助けられなかったのに、力になりたいだって? 俺は感謝されるどころか恨まれるぐらいなのに。

 まぁ、そこは置いといて、こっちも聞きたいことがあるんだ。

「こっちもいいか? 何で皆が拍手しない中、お前だけ拍手してたんだ?」

「それが分からないんです。転生する前と後では特に何も変化はなかったのですが、人の声や歌などが聞くに耐えないのです。ですが、今日のあなたの歌だけはとても良い歌だと思えたのです」

 どうしてだ? そんなことがあるのか?

 沙喜の時には拍手してなかったよな? あいつは単に下手なだけか。

「そうだ。前にも言ったと思うけどそのかしこまったのはよしてくれよ」

「分かりました。略さん」

 あんま変わってねー。

 というか、沙喜のことは気づいてないみたいだな。とりあえず隠しとくか。



 雪と別れた俺は、沙喜と再び合流すべく歩き出した。雪については沙喜にも相談するべきだろう。沙喜の方が俺よりそういったことに詳しいしな。なんて、あたりがうすら寒くなりだしたころ、俺は沙喜と合流した。沙喜は俺の前を三歩ほど先に進んで、振り返りつつこう言った。

「聖霊持ちなんて、雪さんとんでもないですね!」

「精霊なんてみんな持ってるじゃないか。俺も確かに雪は普通じゃないと思ったけど」

 何を言い出すんだこいつは。精霊は人間といえどもほとんどの人がその身に宿している。

「精霊じゃなくて聖霊ですよ。聖なる、神が遣わした精霊の管理者。その聖霊です」

「は? あれは世界に数えるほどしかいない上に人に宿るもんじゃないだろ?」

 精霊には下位精霊と上位精霊がいる。それらを統率するのが管理者たる聖霊。神によって力を与えられた特別な精霊。彼らは管理者であるがゆえに人に宿ることはしない。


「ですから、それがすごいと言っているんです!!」

 沈みかけの夕日を背に、世界の常識を覆す言葉を沙喜は笑顔で告げた。


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